翌朝、僕は早々にラウ=マクドールの部屋を訪ねた。

「や、おはよう。調子はどう?」
「おはよう。全快です」

昨日は、と続けようとして、彼の後ろにもう一人の影を見つける。ラウ=マクドールの部屋に出入りする人間なんて、ひょっとすると王様の部屋を出入りする人間よりも少ないかもしれず、果たして軽い足音とともに想像通りの人物の顔が覗いた。

「おはようー。どうしたの、何かあったの?」
「ユウリ。おはよう。ううん、ちょっとえっと……」

ラウに口止めをしたというのに、自分で話すはめになるなんて間が抜けている。

「彼、風呂場でのぼせてたんだよ。たまたま僕が通りかかってね」
「そ、そうなんだ。ちょっとのぼせて休んでたところ見られちゃって」

ラウ、ナイスフォローです。
ユウリは「うちの風呂職人たち皆テツ直伝だから常に熱めなんだよね」と苦笑して、「じゃあね」と僕の脇をすり抜けて部屋を出て行った。

「ユウリはもう仕事なんだね。仕事の前にラウのとこに寄ってたの?」
「昨夜からいたよ、と言ったらどうする?」

言われて思わず拳が出てしまった。ちなみに腹部に一発だ。勿論力は加減したが、顔を避けたのはラウを通して僕の世界のラウ=マクドールを殴った気になりそうだったからだ。
それでも綺麗に鳩尾に入ったようで、ラウが身体を丸めるようにして苦しみに耐えている。涙目をこちらに向けて首を横に振った。

「じ、冗談だよ……」
「わかってます!」

部屋に入るよう促されるが、場所を変えようと鼻息荒く提案した。




「しかし効いた」

何のことかと思えば、まだ腹部を擦っている。さっき僕が殴った場所だ。

「悪い冗談を言うからだよ」
「そこで拳が出てくるとは思わなかったんだ。顔を赤くするとか慌てるとかそういう反応が返ってくることを期待してた」
「期待しないでください……」
「残念」

少しげんなりする。
ラウとこんなやりとりができること自体は嬉しくもある。が、こういう方面でのからかいは心底御免だ。

「でも、いい傾向じゃないかな」
「?」
「君、来た頃よりはマシになったけど、やっぱりあまり自分の意見を言ったり気持ちを表に出さないから」
「そ、う?えっ、そうかな。随分自由にさせてもらってるつもりだけど。それにラウに比べたら全然素直じゃないかな……、あっ」
「僕より、ね。まぁそこは僕も否定できないけど」

言いたいのはちょっと違う、と言う。

「最近話さなくなったと思って。当たり障りのないことしか話していないというか。まぁつまりは……君がわからないなぁと思っている」
「そんな」
「って思う?……君は悩みなんかがあっても人に相談することじゃないって思うんだろうね。重たいものを重たいと認識しない。重いと認識できたらできたで、それを人に話して重荷を分けあうことになるものも嫌なんだろうけど。要するに抱え込んでるように見えるってこと」
「……そんなことないよ」
「そうかな。じゃあ、こっちの世界の誰に一番相談してる?」

誰に。そりゃあユウリに……話していると言えば、してる。ラウにも思ったよりも話してる。シュウも文句言いながらも世話を焼いてくれるし、クラウスもなんやかやと親身になってくれる。
でも相談してるかと言われると困る。相談するほどのことを悩んでいるわけじゃないし、僕の今抱えている問題は相談して解決するようなことでもないように思う。

「ほら。出てこない」
「違うよ、今は僕自身の問題ばっかりだから。相談できることはしてるよ。こうやってラウだって話を聞いてくれるじゃないか」
「君が僕に相談できることってどれほどあるのかな。気付いてる?僕と君が話すとき、いつだって僕から話しかけていたんだ。君が僕に対して多少の遠慮があることを差し引いてもね、さっきみたく軽口をたたき合えるようになっても、やっぱり大事なことは話せない。……話したいと思わないんだよ、君は」

そう言って眉を下げて微笑んだ。
僕はどう言っていいかわからない。僕とラウはそもそも付き合いが短い。だから、というのは理由にならないのだろう。でも彼を頼りにしていることに嘘はない。必要以上の遠慮をしているつもりもない。

「意地悪なこと言ったね」
「ラウ。あの」
「いいんだ。……本当言うとね、さっきみたいな馬鹿な話をしてくれるだけで僕は嬉しいんだ。だからもっと話せとか言いたいわけじゃなくて。ただ、君が心配なだけ」

ラウは本当に僕のことを心配してくれているとわかる。きっと、ユウリやシュウたちもそうだ。僕はそれをちゃんと知っている。

「心配かけてごめんなさい。なんていうか……、僕は何を悩めばいいかもわからないだけなんだ。それがわかれば、話せることもあると思う」
「そう。いや、こっちこそごめん。困らせたかったわけじゃないんだ」
「うん。……あ」

聞いてみようか。今、ふと思い出したこと。

「何?」
「あの。答えにくいかもしれないこと、聞いてもいい?」
「僕に答えられることなら」
「ラウにとって守るってどういうこと?」

ラウがぱちりと瞬きをした。
僕の世界のラウ=マクドールはトラン解放戦争後に一度姿を消していると聞いたし、デュナン統一戦争後はまた旅に出るのだとラウ自身が話していた。そこには生と死を司る紋章が少なからず関係しているのだと感じた。
こちらのラウもきっと大なり小なり同様の想いを抱えているに違いないのだ。だからこそ、ユウリの傍に留まり彼のために働く彼を見ていて、時折思った。ラウはどう考えているのだろうかと。
それでも直接的に尋ねるのは憚られる。そしてラウにとって話せる範囲がどこまでかもわからない。だからわざと大きな意味での問いかけをした。
しかし僕の言葉の意図を寸分間違いなくくみ取ったラウは、「ユウリのことだね」と頷いた。

「……僕はユウリを何から守れるだろうか。何度も考えたよ。僕の宿す紋章の呪いの力から守れるかどうかはわからない。もう彼は僕にとって大切な存在になってしまっている。それを隠すことも騙すこともできない。離れることも。―――だから、僕が傍にいないことで起こりうる危険から守る。そう決めた。……結局、守りたいから彼の傍にいるというよりは、ただ傍にいたいっていう僕の我がままなんだろうけど。でも、彼もそう望んでいてくれるから、もう迷っていない。そういう守り方を選んだ。……君の答えになっているかな」

僕は頷き返す。
ラウは静かな表情のまま少し目を細めた。きっと、すごく考えて、そして導き出した答え。傍にいること。シンプルだが、彼にはそれしかないのだろう。他の人から見れば違う守り方もあるのかもしれない、けれどラウは『そういう守り方』を選んだ。
果たして僕はどうなのだろうか。僕とナナミとジョウイも互いに互いを必要とし、傍にいることを望んでいる。そして僕は彼らを守りたいと思っている。でも、2人の傍にいること、それが僕のできることの全てだろうか。こちらの世界に来てから何度となく考えていることだ。
僕にとっての彼らの守り方。僕にはまだ導き出していない答えが、ベストな答えが、あるような気がしていた。

ラウの言葉の内、一つが頭の中を再度巡る。
―――僕の我がまま。
けれど、何らかの選択をした場合、おそらくはそこに自分の望みが一切反映されていないということはない。いや、自分の望みが先にあるからこその選択なのだろうと思うのだ。
だから、近々僕が導き出す答えもまた『僕の我がまま』であるに違いないと確信に近い思いを抱く。
出来るなら、それが僕だけの望みだけでなく、皆にとっての望みであればいい。
例えばラウとユウリのように。
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