マチルダ騎士団は本拠地をロックアックスに戻しているが、デュナン城にも常駐している。だから、日常的に青騎士や赤騎士が歩く姿を見かけることができる。
午前中には遠くからでも打ち合いの声を聞くことができるが、午後はどうだろうか。少人数でも稽古していれば少し見学をしてみたい。そんな思いから、道場へ足を運んでみることにした。
開いている窓から道場内を覗き込んでみると、数人が稽古をしていた。昔、マイクロトフやカミュ―の動きを見ては美しいと思ったが、団長クラスでなくとも騎士同士の試合は十分に美しさを感じさせる。

ふと騎士のひとりと目が合った。彼とは城内で時折すれ違うこともあり、一応顔見知りだ。周囲の人たちの邪魔にならないように声はかけずにぺこりと会釈だけ送っておく。
すると彼は少しこちらを見つめたあと、隣の騎士に何事か耳打ちをした。なんだなんだと思う間もなく、彼は立ちあがり僕の方へと近づいてくる。ひょっとして覗いてはいけなかったのだろうかとビクビクして待っていると、にこりと笑って「手合わせをしませんか」と誘いの言葉をかけられた。

「手合わせって、僕が騎士の人たちと?や、僕の剣はめちゃくちゃですから相手が務まるかどうか」
「ご謙遜を。陛下との試合で勝たれたと聞いていますよ。陛下の腕の確かさは存じております」

僕は僕自身が相手ですから、とは言えない。

「あー。僕はトンファー使いに慣れてるんだ、だからだよ」
「それを言うなら、陛下は剣を使う者との手合いには慣れていますよ」

それはそうかと思ったところに、「それに」と続く。

「正直言いますと、騎士以外の者との手合わせをしてみたいのです。特に経験の浅い者は、型破りな動きには弱いものですし。少し我々に刺激をいただけませんか」

そう言われてしまうと断る理由はなかった。本当は僕も、騎士と試合ができるなんて願ったりなのだから。
練習用の剣を借りることにし、備えつけの簡単な防具を身につける。

「貴方が陛下との手合いで勝ったと知って、皆が貴方と試合をしたがっていますよ」
「うわぁ、ハードルを上げないでください。お手柔らかにお願いします」
「はは。こちらこそ」

そんな風に和やかな空気の中、手合わせは始まった。まず、僕の力を見るためでもあるだろう、僕よりも少し若い騎士が相手をしてくれた。
何度か剣を合わせてみてわかる。なるほど、こういってはなんだが、そこそこ僕の剣も通用するようだ。美しさはあるが、決定的に経験が足りないといった感じか。開始よりほどなくして、相手騎士の剣を落とすことができた。周囲に俄かにどよめきが起こる。
腐っても元軍主ということにしてもらおう。昔の話だが、一応マイクロトフやカミュ―に指導をもらったこともあるのだ。そして、お世辞だったのかもしれないが良い腕筋だと褒めてもらえたことを僕は今でも密かに誇りに思っている。
続いて、僕よりも少し年上の騎士。今度は構えを見てわかる、先ほどの騎士よりもレベルは上だが勝てる相手だ。知らず口元に笑みが浮かぶ。身体をもっともっと動かしたい。始め、の声に先制攻撃を仕掛けた。

「……さて。もう一試合してもいい?」

ふっ、と息を吐き出して僕から提案する。練習試合を始めて2時間程度が経ち、僕は休憩を挟みながらも数人と手合わせをすることができていた。そろそろ休憩したいという思いと、もう一試合したいという思いとがあり、せっかくの騎士との手合わせの機会なのだからと後者を選択した。
米神に流れ落ちてくる汗をぐいと腕で拭う。疲れはあるが身体に心地よく、何より楽しい。

「大丈夫ですか?お疲れでは」
「疲れてもいるけど、身体をもう少し動かしたい、かな」

すると彼は、では遠慮なく、と誰かの名前を呼んだ。そうして前に出てきた人物を見て、一瞬ドキリとする。顔は全然似ていない。けれど、淡いまっすぐの金髪にジョウイを思い出した。「よろしくお願いします」と頭を下げると、後ろでひとつにくくった長い髪がサラリと落ちた。
なんとなくマズイと思った予感はあたり、僕は本日一番の苦戦を強いられることとなったのだった。




風呂で試合後の汗を流し、廊下へ出たところでラウが待ち受けていた。

「聞いたよ。マチルダ騎士と手合わせして全勝したんだって?」

もうラウのところまで話が行っていることに驚く。

「すごい情報網を持ってるんだね」
「まさか。違うよ、皆が口ぐちに噂してるから自然と耳に入ってきたんだ」

俄かに信じがたいが、広いようで狭い城内での出来事だからあながち嘘でもないのかもしれない。
ラウの腕が頭の上にかけっぱなしになっているタオルへ伸びてきて、そのままわしゃわしゃと髪を拭かれた。髪を触られるのは嫌いじゃないのでされるがままにしていると、やがて水分を吸ったタオルが頭の上から離れていく。最後に手グシというよりも髪を散らすような動きが加えられ終了した。瞑っていた目を開けると、ラウがにこっと笑う。

「今日は空気がカラッとしてるし、外に出てればすぐに乾くかな。全勝祝いに何か飲み物を奢ろう」

おいで、とラウはレストランのある方向へと歩き始めた。
ちょうど喉が渇いたと思っていたところで、僕はありがたく奢られることにしラウの後ろに続いた。

せっかく奢りなのだから一番高いものを頼んでみようと思ったが、ノンアルコールだとさして値段に差はなく、僕はバナナジュースを注文した。ラウは、「喉が渇いていて、なんでそのチョイス……」と理解ができないといった顔をしていたが気にしない。飲みたいものなんだからいいじゃないか。

「最後は少し苦戦したみたいだね。君はだいぶ疲れていたんだろうって話も聞いてるけど、その相手の騎士はちょっとした話題になっていたよ」

マドラーをくるくると回しながら、ラウが最後の試合について話題を振ってきた。

「ほんとに強かったんだよ。でも、……あー」

言いかけて、話し続けていいものかと考える。
ジョウイについての話は、ユウリにするときも一瞬躊躇するのだが、ラウにも話しづらいと感じるようになってきていた。それは最近、ラウが僕とユウリはジョウイたちを優先するだろうと言ってからのことだ。
ひょっとしてジョウイやナナミの話題はラウには結構ストレスなんじゃなかろうかと思うと、今も話していいのか躊躇う。

「なに。僕には言いづらいことでも?」

その通り。僕は隠しごとに向いてない。

「言いづらいというか、ラウが嫌な思いをするんじゃないかと思って」
「僕が?……ああ、ナナミか幼馴染くんに関すること?」

バレてるバレてる。隠すだけ無駄だ。観念して話を再開させる。

「最後の対戦相手がね、さらっさらの金髪でさ。ちょっとジョウイを思い出したんだ」
「それを引きずっちゃったのかい?それはなんというか……、君らしくないこともあるんだね」
「僕らしく、ない」
「君、本来そんなタマじゃないだろ。一瞬怯んだとしても、すぐに立て直すことができるタイプだ」

素直にすごいと思う。僕のことをよく知っている。
ラウの言うように、僕はジョウイを思い出して試合の最後まで相手とダブらせていたわけじゃあない。
では何かと問われると答えることができないのだが。
ラウの方を見れば、それでと言わんばかりに首を倒している。なんとか説明しようとしてみる。

「ジョウイと剣の組み合わせが嫌、なんだと思う」

なんて稚拙な答え。それでもラウは、ふぅんと相槌を打ってくれた。

「ジョウイ君は、今は剣を持っていないのかい」
「うん。あ、旅に出てからはずっと剣だったんだ。皇王時代には剣も握ってたけど、ジョウイが棍を使うことを知ってる人間は結構多かったから、それで」
「なるほど。剣士人口は他の武器に比べて圧倒的に多い。君が金環やトンファーを捨てたように、彼も素性を隠すために棍を捨てたと」
「ジョウイは髪も切ったんだ。紋章も絶対に見られないよう、気をつけていたし」
「うん」
「でも、一年前くらいかな、その頃からまた棍を持つようになったんだ。僕はなんだかすごく嬉しくて」
「昔のジョウイ君みたいで?」
「え」

ラウにそのつもりはないのだろうけど、いつだって僕のど真ん中に問いかけてくる。
僕はジョウイが棍を持つようになったとき、彼らしいって思った。でも。

「……違うよ、そうじゃない」

じゃあ、なんだ。その先がすぐに出てこない。
どうしてあんなに嬉しかったんだろう。
剣を持つジョウイの何が嫌だったんだろう。

「……」

ジョウイが剣から棍に変えた時。
彼らしいと思うと同時に、ホッとした。

ジョウイが初めに剣を選んだのは、ミューズでアナベルさんを暗殺しようとした時だった。
そして、ハイランドで剣を取り続け、皇王となり、黒き刃の紋章を酷使し続けたのだ。
それは、全て、彼の優しさからくる行為だった。でも、だからこそ。

「ジョウイには、似合わないんだ」

優しい君に刃は似合わない。
ずっとずっと、そう思っていた。

「ジョウイは優しいから。もう剣を握ってほしくなかった」

以前、ユウリと練習試合をした時に、僕が剣を使う理由を問われたことがあった。
その時は無意識にナナミとジョウイを守ろうとしたのだという結論に至った。

でも、それよりも、ただ単にジョウイに剣を手に取ってほしくなかったのかもしれない。
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