どこから湧いてきた。
そんな表現がぴったりだった。

「へえ。告白されたんだ」
「おー、ラウ!」

このタイミングで現れるか。
勿論バッドタイミングの方だ。助けて欲しかったのはあの時であって今じゃない。今ならむしろ知られたくなかった。いじられるに決まってる。
シーナにだけだったらまだしも、ラウに知られてしまうなんて恥ずかしい。そしてきっと自動的にユウリにも隠せなくなった。

「いつから聞いてたのさ……」

視界の開けた庭に僕らはいたのに、ラウに気付かなかった。つまり気配を消して近づいたということだろう。

「ちょっと前から。シーナとユウリとがいて、シーナが君を一方的に言い負かしているなんて普通じゃないなぁと思って」
「待て待て、俺らの普通は逆ってか。……で?なんて返事したんだよ」
「え。えっと、その。少し時間をくださいと」
「おまっ、ホントばかだな!なんでそんな中途半端な返事なんだよ!」
「だ、だって。僕だってわけがわからなくて、もういっぱいいっぱいだったんだよ……」

がっくりと項垂れる僕の頭上に、ラウの苦笑する声とシーナの深いため息が降りてくる。

「お前……ダメすぎるだろう」
「うう、面目ない……」

恥ずかしいやら情けないやらで、僕はしばらく顔をあげることができなかった。




「いいなぁー。告白」
「いいなってね、君」

ユウリの一言にラウが突っ込む。僕も同意見だ。
予想通りにユウリにまで順調に話が届き、僕は現在針のムシロ状態だ。こんな時逃げ場所となってくれるクラウスは今日は仕事で城には帰ってこない。

「それでどうするの?もう答えは出たんでしょ」
「……僕は元の世界に戻るんだよ。無理だよ」

そりゃそうか、とユウリが至極当然の如く頷いた。
するとシーナが横から反論を唱えてきた。

「えー、なんでだよ。付き合っちゃえばいいじゃん」
「そっちこそなんでさ。別れる前提で付き合うとかナイよ」
「はぁ?なんで別れる前提なんだよ。別れなくたっていいだろ。人生何が起こるわかんないぜ?大体お前、いつ元の世界に戻れるとか決まってないくせに。戻れるとして、彼女と別れるかどうかなんてその時の双方の気持ち次第じゃねえ?」

何てこと言うんだー!とユウリの鉄拳がシーナに飛ぶ。
僕はといえば、シーナの発言に唖然としていた。
シーナの提案は僕にとってあり得ない。あり得ないけれど、心底驚いた。別れる別れないはさておき、付き合うという選択があるということに。僕は、元の世界に戻る、だから付き合えないと思っていた。
人生何が起こるかわからない。それは今までにだって何度も遭遇してきたことで、身に染みるほどわかっていたはずだ。

「ユウリ!気にしないように!絶対君は戻れるんだからね」
「う、うん」

シーナを殴った拳をそのままの形に、僕へ向き直って力強く言ってくれるユウリに僕は曖昧に応えた。
僕は元の世界に戻りたい、戻れると思っている。けれど、確かに戻れるという保障などどこにもない。戻れないという未来だって、可能性としてはある。

僕は、ナナミとジョウイと3人で旅を続ける。
一緒に旅をしていた時も、こっちの世界に来てからも、ずっとそう願っている。
違う未来を思い描くのは、僕にとってとても困難なことだ。
何故だろうと思って、すぐに答えは出る。何故なら、それを僕を含めて誰も望んでいないからだ。誰も望んでいない未来についてなんて真剣に考えることはできないだろう。
ありえない。
そうとしか思えないのだから。

「シーナ、意地悪だ」
「なんでだよ!ぐだぐだ先のことは思い悩むなってナイスアドバイスじゃんかっ」

シーナに意地悪をしているつもりはなく、それこそ本気でナイスアドバイスなのだと思っているのだろう。
でも僕にとっては考えたくないことを突き付けられることになるのだから、やはり意地悪としか思えない。

「複雑だなぁ」

突然ラウがぽつりと溢した言葉に、僕とユウリ、シーナが振り向いた。

「あ、いや。複雑っていうのは僕の気持ちのことで」

一体なんの話をし出したのか。しかし幸いかな僕を含めて3人ともラウの突拍子もない話の始まりには慣れている。

「ユウリ、君たちはすごくナナミと幼馴染くんのことを大切にしているだろう。比べたってしょうがないことはわかってる。でも、君たちは彼らと僕とだったら、きっと彼らを選ぶんだろうなぁと思ってしまうんだ」
「ええ?なにそれ」

ユウリは明るく笑い飛ばす。ラウの言ったように、比べたってしょうがないことだ。今、ユウリにはラウがいるし、僕にはナナミとジョウイがいる。
それに、あの時だってラウは僕の傍にいた。けれど今僕の傍にはいない。それはナナミとジョウイと比べたからではない。だから、考えたところで意味がないことだ。
笑いながらユウリがラウの頭をよしよしと撫でている。ラウは「笑ってくれるんだね」と、ほんのりと微笑んだ。そして僕を見る。その瞳はどこか寂しそうに僕の目に映った。

「でも、君は違うよね?何よりも、元の世界の二人のところに戻ることを望んでいる。ずっと昔から一貫して、3人でいることを望んでいる」
「……うん」

僕はそう答えながらも、ラウの言っていることの何かにひっかかりを覚えた。
僕は何より2人のところに戻ることを望んでいる。3人でいることを望んでいる。確かにそうだ。しかし。
しかし、……次に続く言葉はなんだろう?
ひやりと胸の奥が冷える。
望んだって叶うかどうかわからない?ああ、そんなことはとうの昔にわかっている。今ひっかかったのはそこじゃなくて。

――――――何故、僕は

「ユウリ?頭がパンクって顔してるよ。大丈夫?」
「……えっ?あ、ああ。……うん。なんか、いっぱい」

ユウリに目の前で手をひらひらさせられて我に返った。
今僕は何を考えていたんだろうか。何故、のあとにどんな言葉を続けようとしていたのかもう思い出せない。
ラウが申し訳なさそうにこちらに手を合わせてきた。僕は首を横に振って平気と笑った。

忘れよう。思い煩う必要なんてない。
僕はナナミとジョウイと一緒にいるために元の世界に戻るのだ。そうでない未来なんて、望まない。
僕は、僕の望みを諦めない。




翌日、僕は城内で件の彼女を見つけて、なるべく丁寧に僕の気持ちを伝えた。
彼女は笑ってくれたけれど、きっととても傷付けただろう。

彼女との別れ際に思う。これは僕が望んだ選択の結果なんだと。

彼女も、僕も、皆も。全ての人が心から笑える選択なんて本当はきっと物凄く少ない。
ああ、難しいな。
悔しいだなんて傲慢なことは思わない。ただ、難しいと思う。誰だって、他人を傷つけたいわけじゃないのに。

また胸の奥が冷えるような感覚に、思わず胸のあたりをぎゅっと握り込んだ。
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