「うっそ、テレーズさん来てたのかよ!ニアミスじゃん、俺!」

もしかするとシュウたちがわざとシーナを呼ぶ時期をずらしたんじゃないかと僕は思ったがシーナのために黙っておく。時には優しい沈黙も必要に違いない。

「な、な、相変わらず綺麗だった?」
「うん。なんていうかさ、僕が知ってる彼女じゃなくなってたっていうと失礼だけど。綺麗なだけじゃなくて、威厳とか、強さを感じさせた。きっとすごく頑張ってるんだろうな」
「へえ、そりゃあ……。良かったな」
「?何が?」
「あ?ああ、あー、いや別になんにも」

妙な間と、シーナには珍しい優しい笑みだった。違和感を唱えれば、いつもの如くのらりくらりとかわされた。

「シーナもここんとこレパント大統領のお使いで忙しいんだね。まさかそっち方面の勉強でもしてるとか」
「俺はそんな気まったくねえよ。体よく使われてるだけだ。まぁもう少ししたら落ち着くだろ」
「ふうん」

詳しくは触れてほしくないのかもしれないと思い、素直に引き下がる。
話題を変えようとしたところ、シーナがこちらを見てきた。何と伺うと、ちらりと周囲を見、そして再び向き直った。
直前に投げやりな言葉で返したことが嘘のように、真剣な目だった。

「お前んとこ、さ。うまくいってんだよな?」
「え。何の話?」

僕がシーナの質問の意味を図りかねていると、だからぁと多少面倒くさそうに続け、でも少しだけ声のトーンを落とした。

「お前の世界のデュナンはうまくいってんのかって聞いてんの」
「って、どういう……」
「んんんー。……お前が国王じゃなくてもって意味」
「ああ。そういう……うん、そうだね。たぶん、としか言いようがないけど。でもなんで?」

シーナがデュナンのことを気にするなんて。しかも、こっちの世界じゃなく、僕の世界の。

「そっか。いや、そんならいいんだ」
「シーナ?」
「気にすんな。こっちの話だって」
「こっちってどっちだよ。シーナの話?それともこっちの世界って意味?」
「うーるせえなー。お前には関係ない話だよ」
「なんで僕に関係ない話なのに、僕の世界のことについて聞くのさ、変だよそれって……」

言って、ふと口を噤む。
シーナが最近になってレパント大統領のお使いで度々デュナンを訪れるようになった理由。
正式に手はずを踏み公に事を進めるのではなく、隠れて動く必要性とは。デュナンとトランは国と国の関係であり、そこに本来慣れ合いが存在してはいけない。そんなことはシュウもレパント大統領も先刻承知だろう。それでも内密に運ぼうとする理由。
そして、ほぼ同時期に重要な会議が開催された街。それまでほとんどは大都市ミューズで行われていたのに、グリンヒル市が選ばれた理由。そしてグリンヒルを離れたことのなかったテレーズがデュナン城に長期間滞在することになった理由。
彼女が僕に秘密にしてほしいと言った独り言。彼女の強い決意。
シーナが僕の世界のデュナンについて感心をもった理由。

ユウリとラウとの三人でハイイースト県への路で話したことを思い出す。
あの時、ユウリは退位後について話していて、僕は驚いたんだ。そんな未来があるのかと。

「デュナンのこれから……」

そうか、そういうことなのか。
きっともうずっと前から動き出していたのだろう。そして、この国はまた大きく変わろうとしているのだ。これから何年もかけて変わっていくのだろうけれど、僕はその始まりを見たんだ。
そして目の前のうっかり発言をした男に僕は噴き出した。

「シーナ、バカだなぁ」
「な、はぁ!?なんだよ、ソレ!」

何が、お前の世界のデュナンはうまくいってんのか、だよ?
それはきっとユウリたちが一番聞きたかったことだ。本当なら、僕の世界では誰が代表を務めているのか聞きたかったかもしれない。僕は僕の世界ではテレーズが初代大統領を務めていることを誰にも話していなかった。聞かれなかったせいもあるし、言う必要もないと思った。その気持ちは今も変わらない。言う必要なんてない。

きっとテレーズはこの世界でも素晴らしいデュナンの代表になる。




***




「好きです」




僕とシーナはなんとはなしに城下町へ繰り出していた。
暇なら遊べと命令口調で言ったシーナに、なんで命令されなきゃいけないんだと返したが、結局僕も暇人だ。
城の門をくぐって、一番賑わっている大通りに入ってしばらくしたところで、女性に名前を呼ばれたのだった。
どこかでお会いしましたかと尋ねれば、城に時折出入りしているのだという。そう言われれば見覚えがある。

声をかけてくれたきり黙りこんでしまった女性に僕は戸惑いシーナを見ると、シーナは肩を竦めて、「あとで教えろよな」とわけのわからないことを言って踵を返した。打開策を求めたのに逃げるだなんてあり得ない。覚えてろよと心の中で悪態をついた。

その時、女性が意を決したように顔をあげて、僕へ一言告げたのだった。

好きです、と。




……なにが?




「ああー!バッカ、こいつバカ!ほんとーにバカ!救いようのねえバカ!」
「……うるさいな、シーナ。バカバカ言うな」
「それ以外に何を言えと!俺が気をきかして席外してやったのに見事に無駄にしやがって、お前!」
「……あー。そういう意味だったんだ、あれ」

ほらみろ!馬鹿野郎!のこのこと帰ってきやがって!とシーナが騒ぎながら頭を抱えた。
頭を抱えたいのは僕も同じだった。




女性は、僕のことを城中でユウリやラウと一緒にいるのを見かけて知ったのだと言った。
なるほど。あんな有名人の傍に一般人の僕がいるのだ、逆に目立たないはずがなかった。どう考えても悪目立ちの方だが。
顔を真っ赤にして一生懸命に話す女性を見ながら、僕は不思議な思いでいっぱいだった。

「……ユウリやラウじゃなくて?」

思わず出た言葉に、女性は違いますと必死に顔を横に振った。泣きだしそうな顔に僕は無神経なことを言ったのだと気付き、頭をさげて謝ると、さらに彼女は顔を真っ赤にして顔を横に振った。
僕はどうにもこういう場面に慣れていない。彼女には申し訳なくて、でも何を言っていいのかわからない。気がきかなくて本当にごめんなさい。僕自身が心から残念すぎる。
シーナ助けて。
と思った直後、考え直した。違う。シーナじゃだめじゃないか。相当僕は慌てている。
こういうのに適任なのは彼だ。
助けて、ラウ。
47 ≪     ≫ 49