僕らはその後、部屋の外へ出ていった。夕食と、そして滞在時間を有効に使うために。
この村を拠点に調査を行うなんてことはできない。だが、人の集まる場所は情報の集まる場でもある。時間を有効に使う、つまりは情報を仕入れに行ったのだ。
そもそも食堂や酒場といった場所では自然と情報交換がなされるので気負わなくても次々に耳に入ってくる。デマも、噂も、真実も。どこに注目するかはそれぞれ持った感覚がものを言うことになるだろう。
しかし僕とラウはともかく、ユウリは残念ながら未成年にしか見えない。酒場に入り浸るには不自然さが目につくため、食事後は二手に別れることにした。ラウとユウリは宿、そして僕は酒場だ。ユウリは僕とラウが酒場へ行くべきだと粘ったが、やっぱり仮にも王をひとりにするのは良くないという意見に落ち着いた。




「あ。おかえりー」
「ただいまー」

ラウたちと別れて約3時間後、僕らは宿の部屋で再開した。
彼らはもう風呂も済ませたのだろう、くつろいだ格好でめいめいに荷物の整理をしていた。

「酒場ではなにかいい情報はあった?」
「ぼちぼちかな。先にお湯浴びてきていい?あとお茶が飲みたいなあ」
「はいはい、下でもらってくるよ。自分なのに扱いが悪いったら」
「自分だから使うんじゃないか」

というより、ラウにはさせられない。僕からすればトランの英雄であるラウにものを頼むほうが抵抗あるってものだ。
ラウの視線がこちらに向けられていることに気付く。目が合うと「赤いね」と言われた。

「けっこう飲んできたのかな」
「えっ、顔赤い?そんな飲んでないけど」

飲むこと自体が目的だったわけではないし、酒場にいる理由として手元に酒が欲しかっただけだ。周囲の人と言葉を交わしたりはしたが、基本的にはひとりで飲んでいたため3杯ほどをゆっくりと飲んで時間を稼いでいた。
また、僕はかなり飲める方らしくて3杯では酔ったと感じたことがない。酔いを自覚したときも顔にはほとんど出ていないと言われたことがある。
首を傾げたところ、ラウの手が伸びてきて頬に当てられた。ごく自然な動きに思わず拒否も忘れる。

「……随分と冷えてる。酔いじゃなくて、外が寒かったのかな」
「あ、うん。風も吹いてたし」

あたたまっておいで、と微笑まれた。僕は「ああ」とか「うん」とか曖昧に答えて、彼らに背を向けた。
扉の外に出て、息を吐き出す。いまだにラウと対面するのは緊張する。彼の僕に対する態度はどこかただの友人に対するものではなくて、何か含みがあるわけではないのだろうが僕としては慣れない扱いに戸惑うばかりだ。
それともあれはラウ=マクドールの基本なんだろうか。
僕は思わず合掌したい気分になった。
誰になんてわかりきったことを。もう一人の僕しかいない。




ラウとユウリは宿の主人や宿泊客らと会話を交わすことができたらしい。

「宿のおじさんはハルモニアからの人が増えて、収入も増えたって喜んでたよ。まぁこの村としては純粋に収益が上がっていいことずくめってとこだよね」
「わかりやすいハルモニア側の動きっていったらこれくらいだったけど。それでも来た甲斐はあったかな」

人の動きが盛んにあるということ自体が注目すべき点だ。人の流れには理由が伴う。
何を目的として人が行き交うのか。

この村で栽培した葉で作られたいうお茶を口に含んだ。少し苦みがきつめだが、僕は濃いお茶が好みなので十分美味しいと思える範囲内だ。
喉を潤すというよりは苦みを楽しんでから口を開く。

「酒場にも僕らみたいな旅人が何組もいたよ。それって逆に怪しいよね」

僕たちは純粋な旅人ではない。それにこの場所は旅のルートとしてはそれほどメジャーではない上、そもそも利便性が悪いため通過するメリットがほとんどない。それこそ他に行きようがなかったとか、自分たちのように何かの意図で寄らない限りは。
ユウリが頷き、続ける。

「それに商人がたくさん泊ってるよ。酒場もそうだった?」
「うん。南方から来てるって言ってたけど、訛りからすると北方に長くいるんだろうって人もいたし。あー、皆怪しく見えるって感じ」

ラウとユウリから揃って苦笑が返ってきた。実際、僕らの集めた情報はそういう反応しか返しようがないことばかりだ。




「それと一応報告しとく」

僕は酒場であったひとつの出来事を話しておくことにした。

「自称紋章関連の商売人に声をかけられた」
「は?なにそれ」
「紋章を宿してるだろうって」

2人の顔が若干厳しいものに変化する。僕は違う違うと手を横に振った。

「真の紋章だなんてバレてないよ。ていうかバレるはずない。知識もあやふやな感じがしたから、付け焼刃かまだ商売し始めたばっかりっていう風な。しかも酔っ払い」

紋章球や紋章片なら道具屋でも取り扱いができるが、その商売人の口ぶりでは紋章関連の専売人でもあるかのようだった。思い返せば思い返すほどに、男の赤ら顔がちらつき、とても無理じゃなかろうかという気持ちでいっぱいになってしまう。

「酒場でアームカバーをしていたことが目についたみたい」

皮のグローブ装着は室内ではおかしいため外す必要があるが、やはり甲は人目に晒したくない。だから薄手の布製アームカバーを着用していた。しかも両手ということで、相当の使い手かと尋ねられたのだった。
紋章関連の商品を扱うというだけあって、言っていることは的を得ているかもしれない。
紋章を扱える人間は限られており、両手に紋章を宿せる者はさらに少ない。額に宿せる者に至ってはごく少数だ。僕らは額にも宿しているが髪でよくは見えないのであまり気にしてはいなかった。男も、額までは注目していなかっただろう。それこそ、まさか、と。

「それで、なんて返したの?」
「あんまり上手に使えないから隠してるんだって答えた」

使えないものを宿していることが恥ずかしいからということにしたのだ。

「ああ、なるほど」
「でも、それだけじゃ終わらなくて」
「まだ続きあるの!?」
「使えないなんて、上位の紋章でも宿してるんじゃないのか。だったら下位の紋章か紋章札と取り替えてやるってさ」
「……は〜、そうきたか」
「というより。そっち目的だったんだね。さっきから聞いてて何が目的なんだろうって思ってたんだよ」

え?とユウリが首を傾げ、ラウが教える。
つまり、僕に声をかけた目的とは紋章の買い取りだ。自分の持っていない、もしくは上位の紋章だったら上手いこと言って手に入れてしまえとでも思ったのだろう。
ユウリは説明を聞いて笑いだした。実際、僕はそう言われたとき一瞬ぽかんとしたが、次の瞬間には笑いだしそうになるのを堪えなくてはならなかったくらいだ。
それで?とラウとユウリが先を促してくる。

「残念だけど売れない。借り物だって答えておいた。そしたらさすがに諦めて離れてったよ」
「いやー。粘ったねえ」
「本当だよ。内心ちょっと焦ったもんね」

ラウが「へえ」と相槌を打つ。

「君でも焦るんだね」

どういう意味だ。僕がじとりと見れば、ラウは笑い返す。

「いやあ。君はこう、イザという時にどーんと構えてるとこがあるっていうか、肝が据わってるように見えるから」
「それは……あんまり深く考えてないだけだよ」

自分で言うのもなんだけど。
僕は結論に辿りつくのは早いから、傍から見ると迷いがないとも思われるらしい。
実際のところ、結論はすぐに出る。深く考えて答えを導きだすよりも、ほとんど直感で答えを出しているからだ。
そして、すべてが終わったあとにグルグルと考える。自分からすれば、どちらかと言えば悪い癖だと思っている部分だ。

「そう?それでも君の眼はいいところを見てるよ。あながち直感も間違いじゃないさ」

心の声を聞かれた気がして密かにドキリとする。

「じゃあ、その男がまた現れないように祈っとかなきゃ」

ユウリの軽い調子の言葉に僕はなんのことかと目を瞬かせた。
バフッと音をさせてもぐりこんだ布団から顔を覗かせて、ユウリは説明を付けた。

「君はなんとなく嫌だなって感じたから今僕らに話したわけでしょ。だからもう会いませんようにって」
「あはは、その通りだね」
「……なるほど。うん、会いたくないな」

そう頷き、僕はカップの中のお茶を飲み干した。
それを合図のように僕らはベッドへ入り就寝に付いた。




まぁわかりきっていたことと言うべきか。
僕らがこんな会話を交わした時点でまた会ってしまうなんてことは残念ながら予想が付いた。
そうして僕らの短い旅において、ただ一つのトラブルと言える出来事が発生した。つまり、男は僕の紋章を狙い再登場と相成ったのだ。
結論から言えば、その商人には痛い目に合ってもらい、僕らは無傷で帰ることとなる。

問題は、僕がまぬけにも落とし穴にはまったことでも、ユウリがあわてて真の紋章の力を使ってしまったことでもないと思う。

ユウリの白い顔と、ラウの一瞬の苦い表情が忘れられない。




僕は、僕のためにも、彼らのためにも、早く元の世界に戻らなくてはいけない。
44 ≪     ≫ 46