僕の告白に、ユウリが息をのみ、シュウの目が軽く見開かれる。ラウは僅かに目を細めるのみだった。
クラウスが身を乗り出すようにして僕へ話しかけてきた。シュウを置いて先に話す姿なんて少し珍しい。
「それはいつごろの話ですか」
「もう2〜3年くらい前。でも、この世界ではそんな動きはないんだよね?」
なんとなく救いの手が欲しくて目線をうろつかせるとユウリが頷いた。
「うん。ハルモニアは油断できないから北方への警戒は高いけど、そんな雰囲気すらまだ……」
ユウリがチラとシュウへ目配せし確認する。
「ええ。大丈夫です。……しかし」
その可能性は大いにあるということだ。実際に僕の世界ではすでに起こったこと。
そこでまた考える。僕の世界とこっちの世界。ハルモニアの対応と行動、その差はどこで生まれたのか。
まだこの世界ではユウリが行きたいなんて気軽に発言できる程度にはハルモニアとの国交がある。国交があれば、そう易々とそんな不穏な行動は取れないだろう。もしくはすぐに察知し、対応をすることができる。
では、僕の世界ではほとんど国交がなかったということだ。なぜ、なかった。なぜ、国交を結ぼうとしなかったか。もしくは、結べなかったか。
国交の結べなかった理由とは。
はっ、とした。
「……なに?」
ユウリが僕の様子に目ざとく気づいて伺ってくる。
そう。
僕だ。
「僕が、王であるか、王でないか」
ユウリとシュウが瞬時に顔を見合わせる。
通じた。
おそらく、真の紋章持ちであると大々的でなくとも知られているユウリの存在は、ハルモニアにとっても脅威なのだ。だから、国交を結び、お互いに監視するような関係を保っている。しかし、僕の世界で僕は国王ではなく、真の紋章持ちですらない。
胸の奥がほんの少し重たくなる。
僕の世界のデュナン国はハルモニアにとって恐れるものではないと位置づけられたのかもしれない。だから、3年も前に攻め入れられた。そう考えるのが一番理由としてわかりやすい。
僕は、統一戦争軍主という存在や真の紋章の及ぼす影響を過大評価しているとは思わない。
誰だって巨大で未知の力は恐ろしいと感じる。返り討ちに合うリスクを冒してまで攻め入るのはハルモニアにとっては得策ではない。なにも自国の領土にすることがベストだとは限らないということだ。友好状態もしくはそれに準ずる状態を保ち、動きを監視できればそれでいい。そこにいつか隙をついてという考えが隠れていたとしてもだ。また、英雄の存在は国民に安心感をもたらすだろう。その安心感が国をさらなる安定へと導く。
僕の世界で、デュナンはそれらを持っていなかった。
「でも、そっちのデュナンも大丈夫なんだね?」
ユウリの問いにハッとする。大切なことを言うのを忘れていた、あのままでは侵略されてしまったみたいだ。
「うん、勿論。大丈夫。ほどなくして撤退したって聞いてる」
僕の言葉に、クラウスとシュウが安堵の表情を浮かべたのがわかった。きっと、自分たちがいておきながら侵攻を許したということが信じられなかったに違いない。そして撤退と聞いて、何らかの対処を効果的に行うことができたと知って安心したのだろう。
デュナンより遠く離れた地に流れてきた情報であり、事の瑣末までは詳しく知ることができなかったが知略戦であったと聞いていた。ナナミは「さすがはシュウさんたちだね」と言っていた。
その場に自分がいないことに少しだけ寂しさを覚えたことは、ナナミにもジョウイにも言っていない。でも3人でデュナンの無事を喜ぶことができたことが僕は嬉しくて、いろんな思いから「良かったね」と言った。それに対して2人も笑顔で頷いたのだった。
「……しかし、ハルモニアには要注意ですね」
クラウスの言葉にシュウが重く頷く。
「ああ。これまでの体勢をもう一度考えなおしたほうが良さそうだな」
「一度間者を送ってみる?」
「そうだな。定期的に送ってはいるが……もう少し深く探ってみるか」
一気にハルモニア調査へと話が流れていき、僕は少し面食らっていた。
いくら僕の世界のハルモニアがデュナンに侵攻してきたからと言って、そんなに今血眼になるべき案件だろうか。
空気を読んでいない質問であると自覚はあるが、やはり聞いてみたかった。
「あの……。さっきそんな動きはないって言ってたよね?なのになんで疑う方に話が行ってるの?」
4人が僕を一斉に見る。あれ。僕、おかしな質問したのかな。
「お前の世界ですでにあったということは、こちらの世界で起こってもなんの不思議もないということだ」
「そりゃそうだけど。でも、ユウリは王様だしハルモニアと友好状態を保っているしって思ったら、その可能性って低くないのかなって」
「低くても可能性がある、その状態が問題だ。実際に起こらないよう対策を立てておくことが無駄になると思うか?」
「……思わない」
よろしいとでも言うようにシュウが首を傾ける。そこからまた4人は話し合いを再開させた。
僕の情報がいるのならとしばらくその場にいたが、今のところ必要がなさそうだと感じたためそっと退席する。また必要があれば呼ばれるだろう。
扉を閉め、肩の力を抜いた。ああ、難しい話の席は息が詰まる。僕はとことんこういうことに向いていないな。
肩をぐるぐると回しながら廊下を歩いていると、名を呼ばれた。聞き覚えのある声に慌てて振り向く。
「テレーズ、さん!?」
「やはりユウリ様でしたね。お久しぶりです」
廊下に面した一室からテレーズが顔を出して、小さく手を振っていた。テレーズがこんな可愛い仕草をするなんて。8年前に知らなかったのは、戦争中という環境からだったのか、僕が軍主だったからか。後者の理由だとしたら、一般人ユウリとして今会えてラッキーだったとしか言いようがない。
そういえばナナミが言っていた、僕は年上好みに違いないと。言われた時は実感がなかったけれど、段々そんな気がしてきた。ちなみにナナミが「私というお姉ちゃんがいるんだから、きっとそう!」と言っていたことはとりあえず横に置いておく。
小走りにテレーズの元へ近寄った。
「こんにちは。こちらにいらしていたんですか?」
「はい。本当は明日の予定だったのですが早くに着いてしまって。できたら本日のうちに陛下にご挨拶できないかと使いのものを出しているところなのです」
「あ〜、会えるんじゃないかな。さっきまで一緒だったんだ。難しい話になっちゃったから僕だけ部屋を出てきたんだけど」
そうですかと微笑む彼女に僕は尋ねた。
「テレーズさんはこのお城にはよく来られるんですか?」
「いいえ。こちらには久しぶりに来ました。私はグリンヒルを離れることの方が少ないので」
彼女の目的の含まれていない曖昧な返事に、大っぴらにはできない理由があって来たのだろうと推察する。それこそグリンヒルを離れることの少ない彼女がここに来たということ自体が政治的な何かを感じさせる。
「……察しがよろしいのですね」
「えっ?いえ、なにもわかってませんよ?」
僕の答えに彼女は上品に笑い返した。
僕がユウリたちから何かを聞いているのではないかと尋ねない彼女の方が察しが良いと思う。きっと僕がさきほど難しい話から逃げてきたというくだりからも、僕が政にはノータッチであることに気付いている。
部屋に戻って椅子をすすめようと口を開けたところで、背後から少し急ぎ足の靴音が聞こえてきた。
「使いのものが帰ってきたようです」
「ですね」
あまり話ができなくて残念だと言うと、「お上手ですね」と笑われた。素直な気持ちを伝えたつもりだったのだが。そういえばカミュ―が女性と別れる際にはそんな言葉を使っていたように思うが、僕に限ってそんな風には取られまい。
テレーズが振り向いて言う。
「今回はしばらく滞在させていただくので、またお会いできるといいのですけれど」
「きっと嫌でも会いますよ、僕はユウリたちといることが多いので」
「嫌でもだなんて。では、是非また」
失礼します、と小さな頭を下げてユウリたちのいる部屋へと向かう。
僕がこの世界に来て半年程しか経っていないのに、普段デュナン城へ来ることがないというシーナやテレーズと複数回会っている。これも必然のうちになるのだろうかとぼんやりと考えながら、僕はまた伸びをひとつした。