「……だったんだよ。はー、アップル相変わらずつれない。俺はこんなに熱心に誘ってるのに。思いが通じないって辛い……」
僕の部屋にやってきたシーナは来て早々に、アップルから受けた冷たい歓迎(?)について愚痴をこぼしていた。
シーナについて認識を改めようかと思った矢先にこれだ。いや、一応レパント大統領のお使いという目的は確かにありはしたのだが。
「ねえ。何をしに来たの、シーナ。愚痴を聞いて欲しいだけ?来たと思ったら愚痴ってすごく面倒くさいんだけど」
「お前までつれないこと言うなよ!あいつらも聞いてくれないんだもんよー」
あいつらとはたぶんユウリとラウだろう。シーナは彼らに用事があって先ほどまで会議室で何事か話し合っていたのだから。
きっとシーナのこの話が始まったところで追い出したに違いない。しかし、僕だってこんな実りのない話を長々と聞いていられない。ここはひとつ提案をしてみる。
「ねえ。アップルのこと本気なら、いっそ結婚を申し込むとかしたら?ていうか、それくらいしないと彼女本気にしてくれないよ、きっと」
「……結婚?」
「そ。付き合ってください、なんて言ったってまたいつものナンパだって軽く思われちゃうだけだよ」
「俺はいつだって本気ですが」
「シーナの本気がそもそも軽過ぎて。アップルじゃなくたって疑うってば」
お前ってば容赦ない、とシーナは口の端を引きつらせた。しかしすぐに「結婚ねえ……」と思案顔になった。
ああは言ったが、シーナがいつだって本気で行動してるのは知っている。ただひどく薄っぺらいだけだ。なんて言ったら本気で凹むだろうか。
「あ。でもダメだわ、俺」
「結婚する覚悟ないってこと?中途半端な気持ちじゃアップルは落とせないよ」
「違うっつーの。そうじゃなくて、俺もうちょっとしたら留学すんだよ」
「え、留学?遊学じゃなくて」
「留学!お前ほんと俺のことなんだと思って」
「遊びに命をかけてると思ってる」
「……違いないけど。俺は勉強なんて必要ないって思うのに親父に手続きされちまってさあ」
どこまで親に面倒をかけさせるんだ。とは心の中で思ったものの口には出さないでおく。
「本当レパント大統領って息子思いだね。普通そこまでしてくれないよ。感謝して行ってこなくちゃ」
「お前はおふくろか!」
アイリーンさんにも同じようなことを言われているのだろうか。そりゃあシーナも断れない。彼はレパント大統領相手ならいざ知らず、アイリーンさんには反抗できないらしいから。まぁこの年で反抗もなにもと思うのだが。
勉強させてもらえるなんて贅沢だし親心以外のなにものでもない。シーナもなんだかんだ愛されている。そう思うとなんだか微笑ましい。
「で、どこに行くの?遠いの?」
「そんな遠くもねえよ。ハルモニア神聖国だから」
「ハルモニア……。へえ、トランからの留学って簡単にできるんだ」
「そりゃまあ。閉鎖国ってわけじゃねえし、優秀な人材を集めたいから割と開けてるぜ。政治的軍事的って意味じゃあ閉じてっけどよ。まぁわざわざ藪をつついて蛇を出したいなんて国はねえだろ、穏便に穏便にってな」
俺も優秀な人材として認められたってこと?なんて笑うシーナにそんなばかなと舌を出す。
「大体シーナが勉学に励む姿がまったく想像できない。女の子に声をかける様子しか頭に浮かばないよ」
「何言ってやがる。そうしない理由がまったくなくねえ?むしろ女の子に失礼ってもんだろ」
「そういうとこがアップルに信用されないんだと思う」
あーアップルねえ、と頭を抱えている。案外真剣に考えているのだろうか。とすると、本当に実行に移すこともあるかもしれない。さてどうなることやら。
僕はシーナに「頑張りなよ」とあまり気持ちのこもっていない励ましの言葉を送ったのだった。
「シーナがアップルのことをねえ。無理だと思うに一票」
「あ、僕も無理に一票」
「ラウ?ユウリ!?ちょっとそれ賭けにならないから」
打ち合わせの後、皆のいる部屋に合流しお茶をしている時にシーナとのやりとりを話すとラウとユウリからそう答えが返ってくる。僕だって1%の可能性もないとまでは思わないものの、どちらかと言えば無理な方に挙手したい。
後ろにいるシュウは「ありえん」と一言、クラウスはおかしそうに小さく笑っている。つまるところ、皆本気にはしていないってことだ。
シュウが疲れたような息を吐いて言う。
「あの放蕩息子が何を考えているのかわからんが、ハルモニアに行けば否応なく精神が鍛えられるのではないか」
「そうですね。確かにあまり遊んでいられる時間はないと思われますよ。レパント大統領が手続きしたというならそれなりの場所へ行くことになるのでしょうし」
「シュウとクラウスは行ったことあるの?ハルモニア」
発言から2人はハルモニアを知っているようであったので聞いてみる。
「俺は交易でな。胡散臭くいけすかないが、いろんな意味で整った国だ」
「私は数年留学していましたから。教育と研究に熱心な国と申しますか、知識に貪欲な国と言いますか。シーナ殿の言うように優秀な人材と呼ばれるような方々がたくさんいらっしゃいますよ」
女性もたくさんいらっしゃいますが勉強熱心な方たちばかりですからね、と言葉尻を濁した。ようするにアップルみたいなタイプの人が多いのだろう。
「ふうん。それじゃあシーナは肩透かしだね」
「そんなのハルモニアに限らずどこの国に行ったって一緒じゃないかなあ」
我ながら辛辣だ。ユウリが「でも」と言って大きく伸びをする。
「ハルモニアかあ。行ったのってもう何年前だろ。また行ってみたいなあ」
「あのねえ、そんな気軽に行ける国じゃないっておわかりかい?君は時々怖いことをサラッと言う」
ラウに向かってわかってるよと口を尖らせるユウリを、僕は目を瞬かせて見つめた。
「ユウリもハルモニアに行ったことあるんだ?えっ、何しに?」
「何しにって……。建国してしばらくしてから挨拶に。国王就任のお祝いもいただいたからお礼も兼ねて。って、なんでそんなに不思議?」
僕の驚きぶりに僕を除く4人がきょとんとしている。こちらの世界ではハルモニアとの交流はさほど珍しいものではないらしい。
「いや、こっちの世界ではハルモニアと国交があるんだなって思って」
「親密とは言えませんが。水面下で牽制し合っているような関係ですよ。……そちらの世界では国交はないのですか?」
見ていた手元の書類を机上で整えながらシュウが現状を教えてくれる。そして問われたことに僕は即座に答えられず、首を傾げる。
「あー、詳しくはわからないんだけど。僕、デュナンからはここのところ離れているから。たぶん今でも友好とはほど遠いと思う。旅先で噂を聞いたんだ」
ユウリとシュウ、クラウスにラウ全員の目つきが変わる。
そこでようやく僕は自分が重要な情報になりうることを話そうとしているのだと気付いた。相変わらず、僕はのんびりとしている。
そして、あらためて自分が今から話そうとしている事柄を考えてみると、この世界の国にとって大きな情報であると考えられるものだった。
思わずごくりと唾を飲み込む。
「……僕の世界では、ハルモニアがデュナンの北方、ハイイースト県に侵攻したって」