「ただいま!すっごい気持ち良かったー!」
「……フェザーの背なんか僕もここのとこずっと乗ってないのに……」

満面の笑顔でユウリの部屋に入ると、半目の王様が机に向かった状態で迎えてくれた。

「あれ。ひどい顔してるね。あっ、トラン行きの手配ありがとう」
「手配はシュウがした……。ていうか、あー、ちょっと忙しくてイライラしてるんだよー」

頭を両手でぐしゃぐしゃと掻きむしって、「だから」と言った。

「部屋を出てラウの相手してきて。羨ましいくらいに笑顔の君の顔を見るのも、ラウのちょっかいの相手するのも、僕の苛々を増加させるんだ……!」

なんだか鬼気迫る様子に、僕はこくこくと頷いて早々に退室した。

僕って切羽詰まるとこんな怖いんだな。他人ごとみたいだと自分で思いながら階段を駆け下りてラウを探しにいった。




「えっ。そんなこと言われたの」

がーん、と分かり易く顔に描いてある。

「しばらく近寄らないほうがいいよ。怖かった」
「へえ、自分だってユウリなのにそんな風に感じるんだね」
「僕ってあんまり苛々したりしないんだと思ってたんだけど。仕事が忙しいとあんなになるんだなぁと思ったよ」
「ああ。……とは言っても、人を気遣うことは忘れない子だから大丈夫さ」

そう言って笑うラウは妙に余裕に見えて、僕を少し落ち着かせなくさせた。思わず拳をラウの頭上へ振り下ろす。

「あいた!?えっ、なんで?」
「なんかイラッとしたから……?」
「君までそんな。ちょっといいかな、僕は君たちの苛々のはけ口じゃないんだよ」
「そこにラウがいたから、というか」
「またそんな便利屋みたいに……。君も段々僕に対して遠慮がなくなってきたねえ」

そう言われてみたらそうだ。
ラウの姿に緊張を感じたのはそれほど昔の話ではないのに。とは言え。

「貴方にはね。僕の世界のラウには絶対にできない。ていうか、しない」
「うわぁ、なんだろな。僕は喜んでいいのか悲しんでいいのか」

僕にだってわかるものか。ただ、目の前のラウは、ラウだってことくらいだ。

「まぁいいよ。とりあえずはおかえり。どうだった?」

ラウは肩をひょいと竦めると話を切り替えた。にこりと笑う姿がやはり余裕を感じさせる。それは僕の世界のラウにも通じるものだったと思うが、このラウにはさらに僕のことを知っているという空気が感じられるのだ。
僕はラウのことをあまり知らないのに、ユウリのせいで僕のことも一方的に知られている気がして落ち着かないということか。
そうは言っても8年の差が埋まるはずもなく、つまりは僕は耐えるしかないと。

「苛々する」
「え?」
「あ、なんでもない」

今不穏な科白が聞こえた気がするけど、とラウは引きつり気味に笑った。僕の我慢に比べればかわいいものだ、大いに怖がるといい。




「……そう。ルックにもわからなかったのか」
「焦ってもしょうがないなって腹も決まったよ」

僕の必然性云々については漠然としたことであるので特には話さなかった。それにその必然性は人にとってわかるものではなく、自分自身が感じることなのだろうから。

「君は諦めがいいのか悪いのかわからないよね」

なんのデジャヴかと。
僕が目を丸くさせていると、ラウが小首を傾げた。

「同じことをルックにも言われたんだ」
「へえ……」
「それでルックは諦めが悪いほうだって言ったら鳩が豆鉄砲くらったような顔してた」
「ぶっ!あっはは、それルックに言ったの!?君って本当面白いよ!」

お腹を抱えて「ルックの顔が見たい〜」とケラケラ笑う。僕もルックの顔は心底見せてあげたいと思うけど、ラウが笑っているのはそこではないのだろう。
僕が口をへの字にしていると、ラウが目の端に涙を溜めながらゴメンと謝った。

「諦めがいいか悪いかは置いておいても、君は往々にして決断が早いから」
「それって短慮ってこと?」
「お。そう返されるとは思わなかった。答えに困るな」
「それ答えてるし!」

椅子から立ち上がろうとする僕をまあまあと両手をあげて宥める。

「ははっ。君と話してると退屈しないよ」
「もう。この調子でユウリもからかってるの?」

ラウは「んん?」と考えてから首を横に振った。

「いや。ユウリと君とではやっぱり異なってくるよ。関係が違うもの。うーん、あの子とはもっと穏やかな関係というか」

しまった。こんな話の流れにするつもりじゃなかった。
僕がひそかに顔を青くしたところで、ラウは「ああ」と呟いた。

「そういえば、君とみたくユウリとは言い合ったことがないな」
「……そう?割とぽんぽん会話してるイメージだけど」

これ幸いとなるべく2人の関係の話から遠ざけようとしてみる。

「お互い遠慮はだいぶなくなったけどね。でも、彼を君みたくからかうってことはないかな。小さいことでからかうことはあるけど、それはお互いだし。ほら、こう、一方的なというのかな?」

すっごく酷いことを言われている。そうだ、僕に対して何もかもが一方的なのだ。それはもう僕がラウのことを知らないからどうしようもないことで。それでもわかっていることを言葉にされると思わず拳を握りたくなる。
僕の心の葛藤を知らず、ラウは優雅に微笑んでみせた。

「君にも想像つかないかい?僕とユウリはとてもゆっくりと近づいたんだ。今の僕と君みたく、最初から当たり前のように近くにはいられなかったんだよ」

確かに。僕とラウ=マクドールのことを考えてみても簡単に仲良くなれるとは思えない。昔はユウリとラウも同じような関係だったのだろうか。

「……僕と、ユウリ。昔からだいぶ違ったのかな」
「どうかな。僕は違わない気がするよ」

間を置かずに返事が返ってきたことに驚く。ラウはにこりと笑って続けた。

「君は昔のユウリにそっくりだったから」
「僕が昔のユウリに?」
「そう。君のこと会った頃のユウリみたいだって思ったんだ」

僕を見る目がすこし懐かしげに見えた。

でも、たぶん。
それは決して喜ばしいことではないのだ。
今の僕と、昔のユウリが似ているだなんて。

「それって……だいぶ不自然だよね」

僕が思わず溢した言葉に、ラウが形のいい顎を上げる。ラウは気付いていただろうか、僕に何を告げたか。

ラウは僕の顔をじっと見ていたが、黙った僕に痺れを切らしたのか「怒らないかい」と確認を取ってきた。つまり僕が怒ることを言おうとしているということか。だが、そう言われては「怒らない」と答えるしかない。
頷く僕を見てから、ラウは口を開いた。

「君とユウリはとてもアンバランスに見えたんだ。ちょうど心と身体があべこべになっているというのかな。そう感じた」
「……」

僕が怒りを覚えることはなかった。
ラウが怒らないかと尋ねたのはもっともなことだ。要するに僕は身体の成長に心が見合ってないということを示唆しているのだから。逆にユウリは心の成長に身体のサイズが見合っていない。ラウの言ったことは真に的を得ている。

僕は深くて長いため息を吐きだすしか術がなかった。
しかし、僕のため息にラウは何故か首を捻った。そして「違うよ、違うって」と慌てるように言った。

「確かに僕は君を見て昔のユウリみたいだなって思ったよ。でも過去形で話したことに気付いた?」
「……過去形?」
「少し前までの君はね。本当に昔のままだと思えた」

でも、と続けた。

「今の君は、僕の知ってるどんなユウリでもないよ」

ラウの眼は目の前の僕を映していた。ユウリでも、出会った頃の僕でもない、今の僕。
いつだってラウは僕と真正面から向き合ってくれている。

「僕はまた新しい君に出会えるのかな。楽しみだよ、ユウリ」

ふわ、と前髪を掠めて頭頂部へ手が置かれる。
本当はその温もりが嬉しかったけれど、高さのあまり変わらない正面からの視線が気恥ずかしくて、つい逃げるように俯いてしまった。

僕の世界のラウにだったら素直にありがとうって笑えたと思うのにな。




ユウリと合流すべく夕食の席へと向かう途中、ラウが「そうだ」と言ってこちらを向いた。

「近々またシーナが来るってさ」

何しにくるんだ。
そう一番最初に思って、改める。この間はレパント大統領のお使いで来たんだから今回もそうなのかもしれない。
いい加減、僕はシーナの認識を直す必要があるんじゃなかろうか。
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