それにしても、と呟く。

「百万世界かあ……」

まだ考えてたのかとルックがカップを下ろして言った。僕はだってと続ける。

「百万人の僕やルックがいるってことだよね」
「まあ、単純に考えれば」
「すごいね」

何の捻りもない僕の感想に、何をバカなことをとルックの顔が物語ってる。でも僕が言いたいのは人数そのもののことではない。

「百万人中の僕とルックが出会った率ってもの凄いよね。うん、凄い。会えてよかったなぁ」

僕とルックが出会った確率。数学は得意じゃないけど、途方もない数字が出てくることくらいわかる。

「君は……面妖なことを考えるね」
「えええ。ルックそこは一緒にそうだねって頷いてほしかったなあ」

まあそんなことは天地がひっくり返ってもないだろうけど。こんな言い合いができるルックと向かい合っていることが楽しくてたまらない。
僕はなんていい仲間と出会ったんだろうと、この世界に来てから何回思っただろうことをまた考える。
ルックが小さく首を傾げた。華奢な指が隠れているのだろう皮のグローブの上に白い顎が乗る。

「……君はこの世界の住人ではないのに。それなのに、誰かしらに影響を及ぼすんだな……」
「ふふ。人が人と出会うってすごいことだよね」

そういう意味じゃないんだけどとルックがため息混じりに言う。

「今日僕が君と出会ったことで世界の未来が変わった。……かもしれない。と言ったら?」
「ええ?そんな大きな話になるの?あ、かもしれないか。うーんと」

仮定の仮定の話だ。なんとも答えづらい。しかも未来という規模の大きい、漠然とした話。

「……わかんないな」
「ああ。実に君らしい答えだよ」

ひどい。

「んー……。あっ、でもさ」

僕はぽんと手を打ち、その指をルックに向けた。

「僕がこの世界に来た理由。ルックの言ってた必然性?それがこの出会いにもあったのかもだよね」

ルックが自分に向けられた僕の人差し指を握りこんだ。

「あいたたた!指、ゆび!は、離して、痛いって」
「必然だった?この再開にそんなものがあるものか」

僕の声を無視して掴まれたままの指を引きぬき、涙目でルックを睨む。

「ルックが言ったんじゃないか。僕は偶然に左右される人間じゃないって。この世界に来たことに必然性を感じるって」
「それは君自身のことを指して言ったんであって僕のことじゃない」
「僕がルックにかかわることで何かが起こるなら、同じことだよ」

僕はまた同じような会話になっていることがもどかしくなる。どうして僕とルックをすっぱり切り離して考えなきゃいけないんだ。
思わず椅子から立ち上がり、両拳を握って言った。

「僕はルックが好きだ。だから未来とかはよくわからないけど、ルックが僕が会って良かったと思ってくれたら嬉しい」

それだけだ!と言い切ると、ルックは固まってみるみる間に顔を赤くした。
そして会って何度目になるだろうかの「バカか!?」を聞く羽目になった。




「本当なら一晩中ルックと語り合いたいところけど、今日の限られた時間内で決められたルートの飛行しか許可が下りてないんだ」
「しか、じゃないよ。一体どんな無茶をしたら、そんな滅茶苦茶な許可が取れるんだ」

僕は笑って誤魔化しておく。言われるまでもなく相当な無理をさせたに違いないから。
与えられた限られた時間で僕とルックは多くはない言葉を交わした。元の世界への戻り方はわからなかったけれど、この貴重な機会と時間を与えてくれたルックやユウリ、シュウたちには感謝しなくてはいけない。

「ルック。会ってくれてありがとう」
「……別に。君が勝手にやってきただけだろう」

素直じゃない言葉が実にルックらしい。
こちらを見る瞳にはもう普段の凪いだような深い緑しか見当たらなかった。

「元気でね、ルック」

もう会えないと思うけれど。その言葉は心の中で留めておく。寂しい気持ちに浸るのは早すぎる。まだ彼は僕の目の前にいるのだから。
ルックもチラリと僕の伸ばされた手を見て、無言で手を差し出してくれた。

元の世界のルックにはこんな風にきちんと挨拶をできなかった。そのことを思い出して束の間残念に思う。
軽く握りあわされた手はすぐに離れていったけど、この手を忘れることはないだろう。

せっかく来たので何かお土産をくださいとお願いすると、厚かましいと言いながらも紋章札を無造作に束で掴み取って手渡してくれた。自棄になっているのか親切なのか。面白いから後者だと思ってユウリたちにそう報告しよう。
ついでにフェザーの待っている場所まで送ってほしいと言ってみると、勝手に帰れと言われた。まぁそれも想定内だ。それに帰りはきっと平坦な一本道だったりするんだろう。
部屋の扉を出ようとするところで、振り返る。ルックがまだ何かと片目を細めた。

「ね、ルック。今回は急で僕しか来れなかったんだけど、今度ユウリとラウにも会ってあげてよ」
「は」
「本当は会いたがってたんだ。でも、無茶して飛ばせてもらって来たし人数増やすわけにもいかなくて」

ユウリは仕事があってっていうのもあるけれどと付け足す。ルックは訝しげな表情を崩さない。

「……なんで僕が」
「え。嫌?ユウリとラウが僕のこと羨ましがってたんだ」
「羨ま……?」
「あの2人も変に時間が空いちゃって理由なしに会いに来るっていうのは二の足を踏んでたんじゃない?僕みたく国に近づけないなんて理由もないんだから会いたいなら会いに来ちゃえば良かったのにね」

僕ららしくないよねえと笑い飛ばす。僕は戦後ルックに会ってないのだと言うユウリやラウをらしくないと思った。会いたいなら会えばいいのだ。
ぱちんと両手を合わせて、ルックを見る。

「だからさ、今回を機にまた会ってやってよ!よろしくっ」
「よ、ろしく、されても……」

うろたえているルックの手を掴み、ぶんぶんと上下に振った。よろしくと繰り返す。こういうのは勢いにのって図々しく言ったほうの勝ちだ。

「ね!」

最後のダメ押しに、ルックが面食らった顔のまま微かに顔を縦に動かした。
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