僕は事の次第を掻い摘んで説明し、その数分後にはがっくりと項垂れるルックの姿があった。

「君は本当にどこまで出鱈目なんだ……」
「いやあ。僕にも何がなんだか」

笑う僕をうんざりした視線で捉え、ルックはため息交じりに話す。面倒くさがりながらも几帳面に話してくれるのがルックだ。

「何かの書で百万世界について書かれていたけれど……僕は知らないよ、そんな世界。でも、君の存在に説明をつけるとしたらそれくらいしか思い浮かばない」
「百万世界……」

こちらも大まかな説明をしてもらう。ルックの説明がわかりやすいのもあるが、そんな世界に名前がついていることを知らないだけで僕たちのしていた大方の想像と大差はなく、再度納得した形になった。

「失礼します」

小さなノックのあと、両手に銀のトレイを持った少女が入ってくる。トレイの上には紅茶のセットが所狭しと乗せられており、僕はセラの手伝いに小走りに寄った。すみませんと鈴の音を鳴らすような声が返ってくる。
お茶の準備を整えるとセラはすぐに部屋を出て行った。一緒にお茶をと誘ったが、頑として受け入れない。ルック様の邪魔は致しません。そうきっぱりと言った。

「ルックが一言、いたらいいよって言えば良かったのに」
「セラにとってこんな話の何が楽しいんだい」

僕のためじゃなくセラのためか。なるほど。

「で。どう?帰り方は」
「わからない」

ばっさりだ。いっそ清々しい。
でも、わからないと言ってくれた。ルックは考えてくれたのだ。

「そっか。うん、ありがとう」

僕の返事にルックの肩がピクリと揺れた。

「……それでいいの?」
「えっ、何かわかりそうなの?」
「いいや」

じゃあ、なんで「いいの」なんて聞くんだ。僕の表情を見て、ルックが視線を逸らして珍しく言い淀む。

「……答えが知りたくてわざわざここまで来たんだろう。もっと食い下がるとか……」
「え、いや。だってルックはちゃんと考えてくれたじゃないか」

ルックの目が驚きに丸くなる。その深い緑の眼に感情が露わになるなんて本当珍しい。心底驚かれている。

「もし知ってたらいいなとは思って来たのは確かだけど。百万世界っていう存在と名前を知っただけでも十分収穫だよ。それにホラ。ルックと会えたことが何よりの収穫だ」

セラと出会えたこともね、と付け足す。正直なところ、なんの目的で来たんだと自分に尋ねたいくらいに満足している。

「君の能天気ぶりにはまいるよ……」
「え?なんて?」

答えの替わりにため息がひとつ。久しぶりのルックもため息が多い。どこかの鬼軍師みたく眉間のしわが癖になるんだから。
ルックは額に片手を置いてしばし僕を見、あまり気が進まないように口を開いた。

「君がどうやってこの世界に来たのか、どうやって帰るのかはわからない。でも、……君は偶然なんてものに左右される人間じゃない。なにか必然的なものを感じる」

だからと続けるのを僕はただ眺めて待つ。ルックが僕のために何かを伝えようとしてくれている。それはきっと大切な言葉だ。
僕はよく人のことを信じすぎると言われるが、決して丸ごとすべてを信じているわけじゃない。ただ受け止めるだけだ。でも。ルックの言葉なら信じる。彼は嘘を言わないし、不必要なことも言わない。彼は偽りなく、僕のためだけの言葉を紡ぐ。

「君がこの世界に来たのには理由があって、そして帰るのにも理由があるはずだ」

理由、と口に出して繰り返す。
僕がこの世界に来た理由。
この世界で僕は僕自身を受け入れ、ようやく今を歩み始めることができた。それはそのルックの言う理由に当てはまらないだろうか。
でも僕はまだこの世界に留まっている。

「君はいつだって自分で答えを導き出していた」
「えっ」
「今回も探せるんじゃないのか……。君は、そういう曖昧なことに対してひどく前向きに立ち向かえるだろう」

導き出したい答え。って、何に対する答え?僕にはそれすらわからないんだ。
ああ、でも、僕はついこの間まで自身について知らなかったことすら気付いていなかったんだった。気付こうともしていなかった。それは自他共に認めていた僕の前向きさとは相反した一面なわけだが。
僕にはまだ気付いていないことがあるのだろうか。

「……僕はそういうのは苦手だけどね」

ふと、ルックの声音が低くなった気がした。
顔をあげるとルックの視線とぶつかる。濃い緑の瞳が翳って見えた。

「ルック?」
「ユウリ。君は……それがどんな答えであってもやっぱり受け入れるんだろうか」

僕の話をしているはずなのに、違う話をしているような気がしてならない。

「そんなの、わからないよ……。でも答えはひとつしかないんだと思う」

あの時こうすれば。そう思ったことは一度や二度じゃない。きっと選択はたくさんあった。いや、実際にあった。でも、僕にとっての答えはひとつだけなんだ。たとえ後悔したとしても。

「君は諦めがいいのか悪いのかわからないな」
「あー、それもよく言われる。ルックは諦め悪いほうだよね」

何気なしに返した言葉に、ルックが眉を顰めた。

「僕が?諦めが悪い?いつ」
「いつって。ルック、自分が正しいと思ったことしかしないじゃないか。それって相当諦めが悪いでしょ」

ルックはゆっくりと瞬きを3回繰り返し、そして首をゆるりと横に振った。まるでわけがわからないというふうに。
そんなルックの姿を見るのは初めてで、なんだかおかしくなってつい笑ってしまった。
途端に鋭い視線が送り込まれるけれど怖いはずがない。笑い続けていると、ルックは前髪をかきあげて深く息を吐きだした。そして現れる表情にはもちろん笑顔はないが、困惑が残っていた。

「……君は相変わらずよく笑うんだな」
「ルックに比べればね。というかさ、今のはルックが僕を笑わせてるんじゃないか」

君が勝手に笑っているんだろう、とおもしろくない顔をする。けれど、目線が遠くに定まったと思うと、僕の方を見ずに問いかけてきた。その声はどこか遠く聞こえた。

「君は……幸せなのか」

こういった質問をこの世界に来て何度聞いただろうか。皆、僕のどんな答えを欲しているのか、もしくは何を知りたいのか、真実のところはわかっていない。ただ、ラウの言っていた「笑ってあげるといい」、その言葉が一端を示しているとは感じていた。きっとそう問われること自体が幸せなことなのだ。
ただ、ルックの質問はそういった意図でなされているようには感じない。ルックはなかなか答えない僕に焦れたのかこちらを向いてさらに問いかけてきた。

「ユウリ。それは、君が紋章の呪いに打ち勝ったからか?」

レックナートが僕とジョウイに向けて言った言葉を、僕は最初の説明の中に加えていた。この言葉を伝えた時、ルックの目は驚愕に見開いていた。そりゃあこちらの世界の僕は真の紋章を宿しているのだから驚くだろう。そんなふうに僕は感じただけだった。
でも今、彼がこんなに紋章に拘るのは何故だろう。ルックの表情や言葉から必死さがじわじわと伝わってくる。

ルック。君は何が知りたい?
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