「ちょっとラウ、急に何、ってかこんな部屋あったっけ……えっ、ユウリ?なんで?」
ラウに手を引かれるように現れたユウリはこの状況についていけていないようだ。まぁ僕だって大差ない。
にこっと笑うラウ=マクドール。彼が一番状況を正しく把握しているのだろう。ああ、その爽やかな笑みが憎たらしい。
僕はキッと2人を見据えて声を張り上げた。
「えーい、白状しやがれ!!」
「うん、白状しにきたよ」
「え?え、何を?」
僕がたぶん一番バカなことを言った。ちっとも白状してほしくなんかありません。
はてなを頭上に飛ばしているユウリをラウが手招きして僕の前を通って窓辺まで先導する。そして階上を指差した。
「?……。……っ!?」
目を見開き、ラウを見、そして僕へ視線を移した。その顔はあっという間に紅潮し、そして次に蒼白になった。
なんてわかりやすく真実を僕へ教えてくれるのだろう。
「白状、になった?」
とラウが尋ねてくる。
白状になってる。なってますとも。でも、頭が受け付けません。
ラウとユウリが。
「付き合ってます、僕たち」
「ばっ、何しれっと告白してんのさ!」
「だって彼、言ってほしそうだったよ。もう処理しきれませんって顔してるし」
固まる僕をそっちのけで、ラウとユウリが言い合ってる。むしろすぐに復活できるユウリに驚いた。僕って案外図太いのかな、いや、僕じゃなくてユウリが。僕だったらあんな場面見られたらしばらく立ち直れそうにないな。ってか、あんな場面って。ねえ。
「あ、まずい。ちょっとどっか行ってるよ」
「ちょ、ユウリ?ショックなのはわかるけど気をしっかり!」
「ショックって何。僕との関係が?」
「それも、キスしてるとこ見せられたことも!」
お願い、直接的な表現を控えてくれませんか。遠まわしに言うとか婉曲に表現するとか。もうそれも無意味だけど。つまりは黙ってほしい。
「も、わかったからしばらく放っておいて……」
ラウとユウリは顔を見合わせ。そしてユウリが遠慮がちに口を開く。
「えっと。ことさら隠していたつもりはないんだ。ただ、言うきっかけがないなぁとは思ってたけど」
「先に言っちゃえばとは話してたんだよ。でもユウリが渋るし……」
「渋るよ。だってユウリは僕とちがってそんな好きじゃないのに言われたって困るでしょ」
「好きじゃないとか言わないでくれるかな」
それを言うなら、ユウリは僕と違ってラウが好きってことだ。
頭が痛くなってきた。やめてほしいという希望を込めて2人を見ていたが、ラウが「でも」と続ける。
「一応これでも周囲には気をつけているんだよ。やっぱりそういうことって噂になると不味いこともあるしね。彼は王だし」
「その割にうかつだよ……。僕にさえ見られちゃってんだから、他の人にもバレてんじゃないの……」
「たぶん大丈夫じゃないかなぁ」
どうだか。僕一人にばれて他の人にばれないなんて都合のいい話があるだろうか。でも噂になっていないとしたら、それは見守ってくれている人がいるということかもしれない。まったく。他人の親切の上に胡坐をかいてるといつか痛い目に合うんだからな。
ユウリもどちらかと言えば僕に同意見らしい。まずいなぁと呟いたが、僕に向いて付け足す。
「ちなみにシュウとクラウスは知ってるよ」
「ええっ、そうなの?」
「知ってるというか、早々にラウが報告したんだ。あの時は何言うんだって思ったけど、あの2人に黙っておくなんてできないよね。バレないはずないし」
それは確かにそうだ。彼らに知らせておくことでいろいろ便宜も図ってもらえるだろう。しかしこんなことまでシュウ達の世話になってるなんて恥ずかしすぎる。本当にお世話かけてますと頭を下げたい。
「ところでユウリ。僕が前にそっちの僕は勇気が出なかったって話したの覚えてる?」
「え?ああ……」
ラウの質問に僕は頷いた。
さっきその会話を思い出していた。僕がラウと仲良くなれなかったのは僕のせいだって思っていたとき、ラウが言った言葉。
……ちょっと待て。それはラウの紋章の性質からくる近づく勇気が出ないって意味じゃないのか。あれっ、こっちの意味?好きだとか告白の勇気?
いや、それよりも。
「待って。それって」
それって。戦中からって話ですか。戦中からラウは僕のこと。
表現しづらい感情が胸の奥から湧きあがってきて、顔が熱くなる。
こっちのラウがそうだからといって、僕の世界のラウもそうだとは限らない。限らないけど。
「たぶん、そっちの僕も一緒だよ。これも前に言ったか」
「うわー!!なんてこと言うんだ!ち、ち、ち、違うよ!僕んとこのラウは貴方とは違うから!!そんな風なこと全然なかったし!ちょっと、もう、ほんと変なこと言わないでくれる!?」
勘弁してほしい。どうしてこの人はいろいろごちゃ混ぜにしたがるのだ。ユウリと僕が違うように、ラウだって違う。
お願いだから、僕の世界のラウを巻き込まないでほしい。ってこんな風に前にも思ったことあったな。ああもう。
「僕だって想いが叶うなんて思ってなかったから賭けみたいなものだったけど結果的に賭けて良かったな。言ったろう?僕はそっちの僕に自慢がしたいんだ、羨ましいだろうって」
「ええーい黙れ黙れ!僕の世界のラウは羨ましくなんか思わなーいっ」
いつのまにかきつく握りこんだ拳がぶるぶると震えていた。肩で呼吸を繰り返すがちっとも息が整わない。動悸がうるさく、顔がとても熱い。
もうだめだ。こんなところに一秒だっていられない。
こんな時はあの人だ。
「ッ、クラウスーーー!!!」
僕は現在唯一の逃げ場所であると思われるクラウスの元へ逃げだした。
僕のオアシス、どうか癒してください。
「……なんだろう。どうして彼は何かあるとクラウスの元に行くのかな。妙に悲しいっていうか胸がもやもやっとするんだけど」
ラウが青年の出て行った扉を見つめながらそう言うと、ユウリはあのねえと溜め息を吐いた。
「僕はとっても気持ちがよくわかるよ」
「え!?」
「ちなみに僕にとっても少なからずクラウスはそういう存在です」
「いや、君には僕がいるだろう!?」
「……」
「ちょ、その冷めたような呆れたような目は何!」
「はいはい。僕には貴方がいるよね?」
全然気持ちがこもってないと言うラウをユウリは今度こそ呆れて見やる。
「どうしてあんな風に全部いっぺんに伝えちゃったの?突然言われたら誰だって混乱するし、逃げ出したくもなるよ」
ラウは顔を覆っていた手を外し、そして曖昧な笑みを浮かべる。
「さあ……。ただ知ってほしかったのかも」
「それにしたってちょっとはユウリの精神状態考えてよね。傍目に見てて可哀そうだった」
「うん。悪いことしたな。僕は君のこととなると我がままになる」
「それは否定しない。ラウって執着するもの自体が少ないもんね」
「それも否定しない。……あとで謝りに行くよ」
「僕のことだから引きずらないけど、でも絶対警戒はしてるよ。せいぜい頑張ってね」
「君に避けられるのは堪えるから頑張るよ。さて、頑張ってのキスはもらえるのかな」
成功の暁にね、と口の前で人差し指をバツにしてユウリは笑った。
ラウは少し時間を置いて謝罪に訪れ、僕は渋々受け入れるしかなかった。嫌いじゃないのだ、そしてユウリとラウの問題なのだから僕が文句を言う筋合いもない。ただ、素直に受け止めるのが難しかっただけで。とりあえずはわかったということにしておく。
僕の世界のラウのことは保留だ。ラウがなんと言おうと、そして僕がなんと言おうと、ラウ=マクドールの気持ちは彼にしか知りようがないのだから。
そしてその後すぐに、あの部屋は開かずの間として厳重に管理されることになった。
当然と言えば当然だ。
でも見たくもないものを見せられた上、お気に入りの場所を取り上げられた僕はしばらく落ち込むはめになった。
あと。僕は翌日丸一日部屋から出なかったのだが、それは僕がショックを受けたからだろうと皆そっとしておいてくれた。
もうそれでいい。間違ってはいないのだから。
微熱を出していたことは絶対誰にも内緒だ。