眩しい。
そう思って目を開けると、窓辺に背の高い人物が立っていることに気付いた。逆光ではあるが、僕はその人物が誰だかすぐにわかった。
直射日光を避けるために両目の上に腕をかざす。

「シュウ、眩しい……」
「……ああ。悪かった」

シュウは振り向くと僕の顔に陽がふりそそいでいるのを見て、カーテンの調節をした。
いつのまにか夜が明けていたようだが、陽が随分斜めに射していることからまだ早朝なのだろう。

「気分はどうだ。熱は少し下がったようだが」
「そういえばちょっと楽かも」
「38度台後半だと聞いた。一時は40度台まであったらしいから、楽と言っても高熱に慣れただけだろう」

嫌な慣れだな。吐く息はまだ熱かった。

「……シュウ、早いね。お見舞いにわざわざ来てくれたの?」
「昨日はお前のことが気になってアイツの仕事の進みが悪かった。さっさとやってしまえばいいものを。これ以上遅れないよう、お前がどんな状態か伝える」
「す、すみません」

アイツとはユウリのことだろう。全部が全部僕のせいじゃない気もするが、シュウが被害を被っているらしいことを慮ってひとまず謝っておく。
ゆらりと視線を持ち上げてシュウと目を合わすと、彼の眉間に皺が寄った。なんだ、なんだ。

「……起こして悪かったな。朝もまだ早い、もう少し休め」
「あー……うん」

居心地が悪い。もそもそとシーツを顎下まで引っ張り上げ、目を閉じた。
でもいつまで経ってもシュウの去る気配がしないのが気になり、目を開けるとバッチリ目が合った。寝顔をずっと見ていたのだろうか、趣味が悪い。

「な、なに」
「いや。お前でも熱を出すのだなと思ってな」

それが仮にも病人にかける言葉か。シュウらしいと言えばらしく、反論も面倒くさくて睨みつけるだけにする。もっとも目に力が入らなかったため、ただ胡乱な眼をしているように見えたかもしれない。

「そんな力のない目で睨まれても何とも思わん」

一応睨んでいるということは伝わったので良しとしよう。
そう満足していると、ため息が聞こえた。あんまりドキリともヒヤリともしない。シュウのため息は彼の初期装備みたいなものだ。

「……知恵熱だなんてお前らしいというかお前らしくないというか」
「つまり、らしくないってことだね……。そんなの人に言われなくたってわかってるよ」

頬を膨らませて抗議する。
そう、言われなくたってわかってる。これは紛れもなく知恵熱だって。
普段使わない頭でここしばらく僕はらしくもなくグルグルと考えていた。その挙句がコレだ。皆にも迷惑をかけ、まったく情けないとしか言いようがない。

「お前はお前らしく、笑っていればいいものを」
「……それじゃ僕が馬鹿みたいだ」

呆れたような目線が向けられる。

「本気でそう思っているのか」

僕が返事しないでいると、シュウがしぶしぶといった風に口を開いた。

「お前が笑うことで安心する人間がいるという話だ」
「……」

ぽかんとそれこそ馬鹿みたいに口を開けてシュウを見ていると、渋面をしたシュウの手が僕の両目を覆った。

「ちょ、手、除けて」
「寝ろ」

抵抗を試みるも、意外とシュウは力が強い。僕は早々に諦めて身体の力を抜いた。

「シュウ」
「寝ろと言ってる」
「……照れ屋さん」

指先に思い切り力が入り、頭を鷲掴みされた。痛い。

シュウは厳しい人だけれど、優しい人だ。
僕はこんな人に支えてもらっていたんだな。わかっていたつもりだけれど、昔よりも今のほうがよくわかる気がする。

「……なに笑ってる」
「シュウが優しい。ていうか、……皆が優しい」

逃げまくっていた僕に、皆は変わらず優しかった。
もう前みたいに「ユウリだから」だなんて言い訳もできない。皆、僕を僕として関わっていてくれていた。僕だけが最後までわかっていなかったんだ。
やがてシュウの手の力が弱まる。
同時に、ふわりと胸の中に収めていたもののひとつが口にのぼってきた。

「シュウ。僕、シュウにひっぱたかれたことがあるんだ」
「―――は?」
「僕はそれだけ不出来な軍主だったんだよ」

瞼から手の重みがなくなり、遮るもののなくなった僕は両目を開けた。珍妙なものを見たような顔をしたシュウの顔が目に入る。

「想像つかないって顔してるね。でも本当の話」
「……おい?」

にこりと笑ってみせる。大丈夫。今この話をして悲しくなったり苦しくなったりすることはない。なぜなら、僕は彼の優しさを知ってるから。いや、昔から知っていたのに、僕はここが違う世界ということに翻弄されて、すっかり忘れていたのだ。
出来の悪い軍主を、仲間の皆が引っ張って、そして支えてくれた。そこには今でも多少の申し訳なさを含むものの、誇りの気持ちの方が大きい。僕は本当に素晴らしい仲間に恵まれていた。

「シュウには感謝してる」

熱でもなきゃ、こんなこと本人を目の前にして言うなんてできないな。

論ずることをあれほど得意としている人が、僕に手を上げた。
あの時僕は、どれだけ真剣にシュウが僕に向き合ってくれているかを知った。
そして、シュウの覚悟を知ったのだ。

「……よく、わからんが。お前の世界の俺が、お前をひっぱたいたという話だな?」

まだそこか。思ったよりもシュウの理解が追いつくのが遅い。
次第にいつもの気難しげな思案顔に戻る。

「不出来だからひっぱたいただと?お前は本当に馬鹿だったのか」

それはそれは深く息を吐きだす。なんて嫌味な。
しかし次の言葉に僕は驚愕することになる。

「俺は無理なことには執着しない質だ。そんなものにかける時間も労力も惜しい。だから、出来る人間にしか期待もしない」

それはつまり。

「……シュウは僕に執着してくれてたってこと?」
「……さあな。確かなことは、俺が感情的になって手を出すことなんてまずないということだ」

そっぽを向いて言うシュウの表情は見えなかった。シュウの言うとおり、シュウが人を殴るなんてよっぽどのことがない限りないだろう。彼が一対一で誰かと戦うとき、その方法は十中八九、手ではなく口だ。
じっと見上げていると、返事はないまま再び大きな手が視界を遮って下りてきた。
温かい手だ。自分はこんな温かい手で支えられてたんだな、と妙な実感が伴う。
じわりと目元に熱が籠った。最近の僕は涙腺が弱い。これもすべて熱のせいか。

「……でかい図体になっても中身は子どものままだな」

ふへへ、と泣いているのやら笑っているのやらわからない状態で答える。

「僕は全然成長してないね……」
「気付いただけマシだと思っておけ。今からでも遅くはない」
「そうかな、そうだね……。どうにかしなきゃ」
「お前は自分を知ることが始めるべきだろうな」

ラウに言われたことと同じことを言われた。皆思っていたことは一緒だったということか。
皆よくもまぁこんな面倒くさい人間に付き合ってくれたものだと、一種感動すら覚える。

「あはは……、ものわかりの悪さに思わずひっぱたきたくなる?」
「思わずだと?」

喉で笑う音がしたあと、ぐいと目尻に残っていた涙を拭いながら手が離れていった。

「お前が俺を感情的に走らせるなんぞ百年早い」

そう言って、シュウは憎らしいほどにいい笑顔を見せた。




***




次に目が覚めたのは、窓の外の空気が赤く染まりはじめる時刻だった。
そして僕は、ベッドの上でその空の色を見ながら憂鬱な想いに心を染めていた。
おそらくは約2日間ベッドの住人であったのだろう。その間の記憶は朧だ。身体の調子はたぶんその前から悪かった。そして思考は気付かない内にマイナスにマイナスに傾いていたらしい。ポジティブシンキングに自信があるなんて調子に乗って言ってたのはどこのどいつだ。僕か。自分で自分に突っ込みを入れ、心の中で項垂れる。
身体の調子は戻っていた。熱はすっかり下がり、先ほどの検温では37度台で、もうかなり体が軽い。
憂鬱とは言ったものの、倒れる前と比べるとその質はまったく違っていた。いま僕が悩んでいることなんて、実にくだらないことと言える。でも今の僕にとっては大問題だ。

「あー……、皆に会うの恥ずかしい……」

記憶が定かではないのだが、皆の前で随分泣いた気がする。それも感情に流されるままに。
ベッドの上を喚きながらごろんごろんとのたうちまわりたくなる。それをしないのはここがまだ医務室で、周囲のベッドに他の病人やスタッフたちのいる気配を感じるからだ。ホウアンが覗いてくれたら自分がいかに元気か伝え、自室に帰らせてもらうよう頼み込まなくては。

うつ伏せになって枕に顔を押しあてていると、キィと衝立が開く音がした。噂をすれば、と思って顔を上げると。

「あ。起きてた。おはよ」

何日かぶりに見るユウリが立っていた。

「……っ、おっ、お、おは、よ……」

自分の諦めの悪さを呪いたくなった。
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