グリンヒルでの会議を終え、城に戻ってもうすぐ1週間が経とうとしていた。

「ラウ。ユウリ捕まえてここに引っ張ってきてよ」
「国王陛下の願いならば叶えたいところですが」
「ふざけてないで!もう!」

拳を振り上げるユウリに、ラウはどうどうと宥める。

「どうしたの珍しく声を上げて。何かあった?」
「なんにもないからだよ。ユウリにまったく会わないんだけど」
「え?帰ってきてから4日経つのに?」
「……ラウは会ってるってこと?」
「まあ何度かは。昨日今日とは会ってないけど」
「なんで僕に言わないのさ!」
「報告する必要があると思わなかったし。それに君が彼とまったく会ってないなんて今まで知らなかったよ」

うう、とユウリが悔しげに声を漏らす。
薄々は気付いていた、もしかすると避けられているかもしれないと。
グリンヒルでテレーズから聞いた青年の様子。気になってはいた。でも一時のことであればと思っていたのも事実だ。

「僕なんか悪いことしたのかなあ」
「さあ」
「ラウ、冷たい」
「まさか。僕は君には甘いよ」

イッと歯をむいてみせると、笑って流される。
それまで黙って仕事に打ち込んでいたシュウが本を閉じ顔を上げた。

「……大丈夫なのか」
「何が」
「だから、あっちのお前だ」

いつものシュウらしくない遠まわしな言い方にユウリはヤダヤダと手を振る。

「ユウリに直接聞いたらいいじゃないか。僕と違ってシュウは避けられてないんでしょ」
「なんて捻くれたもの言いだ。……まあ、正直距離を測りかねている。あいつはお前に似すぎていて、ついお前に対するように接してしまう」

それに対していち早く答えたのは隣国の元英雄だった。

「いいんじゃないかな。たぶん、彼はそれを望んでいる」
「ちょっと。なんでラウが知ってるのさ」

ラウは「さあて、ね」とにやりと笑う。こんな風に笑うときは、彼が絡んでほしいと思っているときだ。誰が挑発に乗るものか。ふいと顔を逸らす。と、宰相とふたたび目が合う。

「ユウリ。お前はどうなんだ」
「は?」
「お前は大丈夫かと聞いてる。あいつはお前の……ありえない姿だろう」

この我が参謀は。遠まわしの言い方が逆に恥ずかしい。
走って逃げだしたい気持ちに駆られたところで、後ろからグルリと腕が回ってきて首が絞まる。

「こら、ラウ!く、くるしっ」
「僕の前でシュウと仲良くやってるんじゃないよ。僕を構いなさい」
「構う構わないの話なんてしてないっ」

締まる腕を外そうとさらにもがいていると、耳元で話された。

「ユウリ。グリンヒルで彼が言ってた」

その声はふざけている時のそれではなく思いのほか真摯なもので、ユウリは動きを止める。

「彼は、君とは違うって何度も言っていたよ。それから、皆から嫌われたくないって。何のことかは話してくれなかったけれど。自分のことを知られたくない、だから構ってほしくないとも」
「……」
「とは言え、そのあとは笑ってくれてたんだけど。……難しいね」

話したくないことくらい自分にだってある。例えば義姉の最期。例えば親友の最期。何があったのか、自分が何をしたか、彼には知られたくないと思っている。
そして、彼に対する複雑な胸の内も。でも、しょうがないじゃないか。綺麗に消化できるわけじゃなくても、とりあえずは事実を受け入れるしかないのだ。

そう思えてしまうのは自分が彼ではないからか。いや、自分という人間は元々そういう考えの持ち主だ。そうやって今までずっとやってきた。だから彼だって大きく違うはずがないのに。
彼が自分を避けようとするほどの理由がわからない。
馬車の中で僕らのわだかまりは解けたと思ったのにそれは気のせいだったのだろうか。
それともそう思っていたのは自分だけだったのか。

「……話ししなくちゃなあ」

今のままでは埒が明かない。考えたところで自分ひとりで解決するものでもない。
首に巻きついているラウの腕へ自分の腕も絡めると、言葉はないまま肩を抱く腕に力が込められた。
義姉や親友の優しい手はなくなったけれど、新たに得たこの手も今では自分にとってかけがえのないものとなっている。

コホンと遠慮がちな咳払いが聞こえて、そういえばシュウやクラウスがいる前でありここは執務室だったと思い出す。ナイスクラウス、やはり僕には君が必要だ。
ぺぺぺっとラウの腕を手際よく剥がすと、宰相に向き合う。

「あらためて。僕は大丈夫。僕は、僕は僕、ユウリはユウリなんだって思えている。それに僕にとって、やっぱり世界はここだけだから……」

自分で口に出してわかった。
そう。言ってしまえば、自分は目の前のユウリひとりを受け入れるだけで良かった。ナナミとジョウイの生存を含めても、ユウリがいなければ感じることができないことであり、別の言い方をすれば“ナナミとジョウイがそばにいるらしい”ユウリひとりを受け入れることしかできない。
けれども彼にとってこの世界はすべてが彼の知る世界とは違って。
新しい世界をまるごと受け入れる困難を、自分は知ることができない。




***




グリンヒルから戻った初日。僕は早く皆と話したくてしょうがなかった。

二日目。まだ会議の事後処理が残っているだろうと、邪魔にならないよう城内外を歩いて過ごした。

三日目。色々な人とすれ違い言葉を交わす中で、僕はとあることに気付く。

四日目。見てはいけないものを見てしまう気がして怖くなった。

五日目。目の前の光景に釘付けになる。このヒトにどれほど会いたいと願ったろう。ああ、けれど。

六日目。僕は階段を転がり落ちた。大した怪我はなかったけど、とうとう室内に閉じ込められた。




逃げ場がないってこういうこと。
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