「ユウリ。もうちょっとこっちに」

肩を引き寄せられる。情けない顔を見せたくなくて俯いたまま後ろを見やると今度は騎士が馬を引いて通り過ぎて行った。轢かれることはないだろうが、邪魔にならないよう端に寄るに越したことはない。

「ご、めん。ひとつのことに集中すると周りの音が耳に入らなくなるみたいで」
「うん、そうみたいだね。あの子以上だ」

なんか目が離せないなぁと呆れたように言われる。
そしてそのまま、もうひとつの腕で僕の頭を抱える。ラウの肩に僕の目頭が押しあてられ、溜まっていた涙が生地に吸いこまれていった。
僕の俯いた頭の上でラウの手が軽く跳ねる。子どもをあやすかのように。

「ふふ。大きなユウリをこうして抱きしめられるとは思わなかったな」
「……それは僕だって」
「元の世界に戻ったら、そっちの僕にも抱かせてあげてくれる?」
「いや、それは無理でしょ……」

どう考えても。元の世界で、僕とラウはこれほどに近くある存在ではなかったのだから。

「僕とユウリのことだけどね」

話題が突然変わり、僕は若干置き去りにされる。

「僕は出会ったときから惹かれていた。だから、そっちの僕も同じだよ」

変わったと思ったら、繋がっている話だった。今に始まったことではないが僕はラウが相手だと常に後追い気味だ。

「ユウリ、聞いてる?」
「聞いてます、けど」

手の重みが頭上から去ったため、顔を上げる。
途端に、間近にある顔にドキリとする。男から見たって、彼の造形は美しい分類に間違いなく入る。そして僕はこの強い輝きを備えた黒の瞳に引きつけられて止まない。

「信じられないかな。でも本当なんだ。君に一緒に戦ってほしいと言われるより前に、君は僕にとって気になる存在になっていた。だから、君があの子と違う君の道を進んだからといって、僕の気持ちは変わらないと思う」
「そう言ってもらえるのは嬉しいけど……。でも、実際のところ僕とラウは、あなたたち程に仲良くはならなかったわけで」

そう返すと、ほんの少しラウが悲しそうな笑みを浮かべる。僕にはその笑みの意味を読むことができなかった。もしその表情を浮かべるなら、ラウではなく僕であるはずだ。

「……たぶんね。そっちの僕は勇気が出なかったんだよ」
「ゆう、き?」
「僕は人並み以上に怖がりなんだよ」

肩を竦める動作はコミカルだが、あの笑みを見たあとでは誤魔化しにしか見えない。
そんなばかなと笑ってあげればよかったのだろうけど、僕にはできなかった。なんて気の利かない人間なんだと自分にがっかりする。

黙っている僕に、ラウは「触っていい?」と尋ねてきた。断る理由もなく、僕はただ小さく頷く。
そしてふいに思い出す。ラウはユウリへよく触れている。単にスキンシップが好きなのか、戯れているのかと思っていたが。その時ラウの浮かべていた表情は安堵だったかもしれない。
思い当たることがないわけではない。彼の持つ紋章。それについての噂は僕も知っている。噂しか知らないとも言うが。
伝えておかなければと思った。

「ラウ」
「……うん?」

ひんやりと冷たい指先が頬を包む。そろりと確かめるように動く手の平が、さっきまでの余裕綽綽なラウとは異なって思えて、早くいつもの彼に戻ってほしいと願う。

「そんなの別に断りを入れるようなことじゃないよ。触られて困ることなんて何もないんだから」

あなたのことをよくは知らない。でも、あなたが僕に教えてくれた。知らなくたって受け止められるって。受け止めていいんだって。
こんな言葉で伝わるかどうかわからないけど、ラウの重荷がほんの少しでも軽くなればそれでいい。

ラウは手を止め、きょとんとした後に口を開けてぷはっと笑いだした。

「あは、はっ。やっぱり、君、ユウリだね。ほんと、そういうとこ」

何がそんなにおかしいのかわからなかったが、声を上げて笑うラウの姿に僕はとても安心する。
ほら、やっぱり僕はあなたたちが笑ってくれないとダメなんだ。

ラウは器用に両手を僕から離さずひとしきり笑うと、鼻先が触れそうなくらい顔を近づけて嬉しそうに言った。

「ねえ。僕はそっちの僕に自慢したくて仕方がないんだ。僕はユウリのそばにいるぞ、羨ましいだろうってね」

その言葉はあまりに想定外だ。
どっちかと言えば、僕はラウがそばにいるユウリが羨ましいと思ったくらいで。ラウがユウリのそばにいることを自慢する理由がわからない。
それにおかしくないか。百歩譲って、ラウがユウリのそばにいることを自慢したいとする。しかし、そのことを僕の世界のラウが羨ましがるとは思えない。
うん、どう考えても僕の世界のラウは僕に対してそんな気持ちは抱いていなさそうだ。自分で言ってて残念な感じが否めないが、ここは一応言っておかなければ向こうのラウに申し訳ない。

「ええと。それは、ちょっと、僕には当てはまらなさそうな気がするので……?」
「どうして。言っただろう?僕は会った時から君に惹かれてたって」

それも正直信じられません。
というよりも。気になることがひとつ。

「……ねえ、ラウの言葉って口説き文句でできてるみたいだ」

驚くくらいに。そういう人なんだと思い込もうとしていたが、やっぱり変わってる。話していると全て口説き文句に聞こえてくる。僕が女性だったらちょっとどころじゃなく問題な気がする。

そんな僕の心の内を知ってか知らずか、ラウは顔を綻ばせて笑う。

「ああ、ほら、やっぱり僕という人間はユウリという存在が好きなんだね」

ね、と申されましても。
どんなリアクションを返せばいいのか必死に考えるが思いつかない。
でも、頬に添えられているラウの指先があたたかくなっていることに気付き。
そして、ラウが笑っていることで僕の心があたたかくなる。

ラウの気持ちは僕にはどうしたってわからなさそうだけれど。
ラウの笑顔は確かに僕の救いになっている。




ひとつ付け加えるなら。
できるなら、僕の世界のラウは巻き込まずそっとしておいて欲しい。
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