「さっき、皆には聞いてみないとわからないって言ったけど」

昼間のグリンヒル市内は、夜とは違って学生の姿が多く見られ、さすが大学都市だと思わせる。ニューリーフ学院の制服は今も変わっていないようだ。男子はグリーンの、女子はワインレッドのブレザーに身を包み、手にはブックバンドで止められた本を持っている。最近の流行りなのだろうか、どの店の外にもテーブルや椅子が並んでおり、そこを学生が占拠して陽光を浴びながら午後のひと時を楽しんでいるようだった。
僕らもランチをと思って席を探したが、タイミングが悪かったのかどこの店も学生や地元の人たちで溢れており、それならと買って外で食べることにした。こんないい天気の日だ、グリンヒルに流れる風を感じながら食事するのも悪くない。
そして街はずれに近い場所で腰を落ち着けたところでラウが口を開いたのだった。

「シュウやクラウスが君のことをどう思っているのか、大体は想像がつくよ」

紙に包まれたベーグルサンドの中身を確認し、僕へ手渡してくれる。
僕はレーズンベーグルにプレーンクリームチーズとサーモンパテ、フレッシュトマトやオリーブを挟んだものを頼んだ。ラウはポピーシードベーグルにドライトマト入りのクリームチーズ、何種類かのハムとオリーブ、オニオン、等具沢山にしており、豪快な出来上がりになっていたのをカウンター越しに見ていた。
彼は食べ方も豪快に齧り付くが、丁寧に咀嚼し飲み込んでから話を再開するところが妙に育ちの良さを感じさせる。

「彼らも僕と同じさ。君のことが大切な人間だ。君は国をでたということで、彼らに罪悪感を抱いているのかな。でも必要ないよ、そんなの。彼らは知ってるよ、君がどんなに犠牲を払ってあの戦いを乗り切ったか」

犠牲を払ったのは僕だけではない。ラウはそんなこと百も承知で言っている。だからあえて反論はしなかった。

「ちょっと矛盾するかもしれないけど。君とあの子とは違うって、僕も彼らもわかってる。でも、完全に切り離すこともできないんだ。君もあの子も、ユウリだから」

本当のことを言えば、僕だってそうだ。ユウリと僕は違うと言っているけど、別人とも思えない。

「彼らのことに絞って言えば。彼らはね、ユウリに対してとても気を使ってるんだよ。何故かわかる?」

僕は迷わず首を横に振る。シュウのあの態度をして気を使っているというふうにはとても見えない。

「君たちにある種の、それこそ罪悪感を抱いているのさ」
「罪悪感?ユウリと、僕にも?なんで?」
「君にはわからないかもしれないね。その理由はさておき、同じように、君が抱く罪悪感も彼らにはわからないことだよ」

そうだろうか。僕は素直に頷けずに首を曖昧に傾ける。

「わからなくて良いことなんだよ、たぶん。それこそ、彼らが君にも誰にも話したくないと思っていることなんじゃないかな」

ラウはそこで一度会話を切り、さっきのカフェラテがまた飲みたいなぁなんてのんきに呟いた。
ベーグルサンドを買った店はコーヒーをウリにしており、特にエスプレッソが自慢だという店のカフェラテは確かに美味しかった。
僕も会話が途切れたので残っていたベーグルに齧り付く。水分は宿で革袋に入れてもらっていた水だ。

「あとでまたコーヒー飲みに寄る?」
「うーん。一日に二度は贅沢だな。また今度行こうか」

その言い方はまた別の日に一緒にってことか。

「ユウリと行ったらいいのに」
「ユウリともいいね、行けたら。でも君との方が現実的かな」

確かにグリンヒルでユウリが自由になる時間をどれほど取得できるかは疑問だ。

「ユウリは大変、だね」
「そうだね。でも、あの子が決めたことだ。それに、支えてくれる人もたくさんいるよ。僕としては少し悔しいけど」
「……ラウ?」

ラウは「あの子のことを思えば、喜ぶべきことだね」と笑い、手の中の紙包みをくしゃりと握りまとめた。




グリンヒルの整った石畳を歩きながら、人や街並みを眺める。
視線を巡らせると昔の光景と重なる場所がいくつも見つかる。そこに芽生える感情は、苦々しいものではなく、すでに懐かしさに彩られたものであり、そして新たな高揚感を伴うものだ。あの時兵士たちに踏み荒らされた石畳ではなく、本来あるべき姿である学生たちの軽やかな足音が響く路上に、知らず口元が綻ぶ。

「ユウリ。危ないよ」

突如ぐいと腕を取って道端へ引かれ、その後を馬車がゆっくりと通り過ぎていく。
普段は馬車などあまり通らない街だが、いまは大規模な会議中であるため馬車や馬が通るのだと宿の主人が話していた。市民もそれを迷惑がるのではなく、珍しい光景として楽しんでいるようだった。

「ご、ごめん」

僕は野外を歩いている時はともかく、町中にいると注意が散漫になりやすいらしい。ジョウイにもよく「スリや置き引きもいるんだし気を付けてよ」と注意されていた。
ラウは「どういたしまして」と優雅に返したあと、僕の顔へ視線を留める。なんだなんだと思う間もなく、微笑んだ。

「さっきみたいな顔をしていればいいよ」
「えっ、さっき?か、顔?」

どんな顔をしていたのか自分ではわからず、恥ずかしさが先立って思わず両手で自分の頬を押さえた。
恥ずかしがることないのに、と笑われ、僕の両手の上から手を重ね、やんわりと外される。

そして穏やかに言葉を紡ぐ。紡ぐという表現がぴったりなほどに、彼は丁寧に話しだした。

「君を知ってる人たちに。笑っていてあげるといいよ」

何を言われているのかよく理解できず、僕はただラウを見つめ返す。
シュウやクラウスたちのことを言っているのはわかる。そして、彼らがユウリに罪悪感を抱いていること。さらに、ユウリと僕とを切り離すことができず、僕へも同じような気持ちを少なからず抱いているということ。
僕が笑うことで、彼らのユウリへ抱くそれを和らげることができるということだろうか。

僕の顔を見て、ラウは首を振る。「あの子の話じゃない、君自身のことだよ」と念を押した。

「君が、彼らを大切に思っているなら。君が彼らに向けてすべきことは、避けたり遠慮したりすることじゃなく、きっと笑顔であることだよ」

どこまでも優しい声色で、僕へ語りかけてくる。

「君が幸せで良かったなって思わせてあげるといい。たぶん、それがなにより彼らが君に願っていることだよ」

僕の幸せが、彼らの願い。
そんな都合のいいこと。

「君にはわかるはずだ。大切な人の幸せを願う、君なら」

大切な人の幸せ。

ナナミ、ジョウイ。
あの時一緒に戦った仲間たち。
いまデュナンを支えてくれている人たち。
そして、ユウリやラウ、この世界で知り合った人たち。

あなたたちが笑ってくれるから、僕も笑える。

「そうやって笑っておいで。ユウリ」

ラウが高さのそれほど変わらない僕の頭を撫でる。
温かい手のひらの下、僕は一生懸命に震える口角を上げる。
気が緩めば感情が溢れだしそうな瞳を閉じたまま。
笑うというより、ほとんど泣き出しそうな顔で。

皆、みんな。そんなやっかいな思いを抱えて生きているんだろうか。
それは切なく寂しいことのようにも思える。

でも、笑顔ひとつで誰かの救いとなるとしたら。

それは、なんて、素敵なこと。
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