「その顔はピンと来たって感じ？」
「……そりゃあもう。わからないはずがないよねーって感じかなぁ」
「だよねえ」
グリンヒルへ向かう道中、何度目かの休憩のあと馬車に戻ってみると車内にユウリがひとり待っていた。
それまで僕は、最近ようやく顔見知りになった城の文官たちと同乗していたのだ。ユウリは確かラウやシュウたちと一緒だった。
いつ話そうかとは思っていた。お互いのタイミングを図ってと思っていたら、どうやらユウリに先を越されたらしい。なにやら自分が情けないような気になる。
ガタン、と馬車が揺れ、ふたたび出発を始めた。
僕は、どうしてユウリがジョウイを失うことになり、真の紋章を宿したのかを知りたいわけではない。
ユウリもまた、僕がどうやって輝く盾の紋章を宿したままジョウイと共にいるのかを知りたいわけではないだろう。
話そうとしたところでおそらくは解決するはずのない事でもある。白か黒かなんて単純な二択の道ではなかったと、僕らは自身を通して知っているのだから。
ただ、事実を2人の間で確認しなくてはならない、それだけの話だ。
それだけの話、ではあるが、お互いに心の準備が必要だった。
「君は、いまもジョウイと一緒にいるんだね」
僕は頷く。
ユウリはなんとも言えない表情で僕を見つめ、そしてゆっくりと目線を床へ落とした。息を吐きながら、身体の力を抜いてズルズルと姿勢を崩す。
猫背になったユウリは疲れて見えて、だが伸ばしかけた手を僕は止めた。僕が彼を慰めることはできないのだろうから。
僕はなんと言っていいかわからず黙っていると、ユウリがぽつりと話しだした。
「……そっか。やっぱり。うん、わかってたけど」
ユウリはゴトゴトという揺れにしばらく身を任せていたが、やがて背を伸ばした。
ふっと軽く息をつくと口角を小さく上げた。それは嬉しさの滲んだというよりは、覚悟を決めたような表情に見えた。
「ジョウイ、元気？」
「うん。元気だよ。……笑ってる」
僕の言葉に軽く目を瞠り、そしてくしゃりと笑うような泣くような顔になった。
「ああ、……信じられない」
僕にとって、ジョウイのいない世界が信じられないように、ユウリにとって僕の世界は信じられないものなのだろう。
僕はユウリの反応を見ながら、僕にジョウイがいなかったらどうなっていたのだろうと考えていた。ユウリと同じように王様になっていたのだろうか。それはまったく想像がつかない。
ユウリにとっては唯一つの真実。でも僕はこの世界を受け止めることができていないのかもしれない。だって、まだジョウイがいないってことが実感できない。想像してみても頭のどこかでひたすらに否定をしている部分があってちっとも現実味がない。
ユウリは僕の世界のジョウイを受け止めようとしているのだろうか。そんなことが可能なのだろうか。
僕はこの世界にジョウイがいないことをきっと正しくは受け止められない。僕が受け止められるとしたら、目の前にいる、ジョウイがそばにいない王様のユウリそのものの存在だ。
だとすれば。ユウリが受け止めようとしているのもまた、ジョウイがそばにいるという僕の存在なのかもしれない。
そしてもうひとつ。僕はユウリに告げなければいけないことがあった。
僕にとっての真実。
このことはジョウイのことを知った、その翌日に気付いたことだ。
誰が話していたわけでもない、僕が勝手にそうだと感じたこと。でもそれはほとんど確信に近かった。
ユウリはジョウイのことを気付いていただろうが、このことは気付いていないのではないか。なぜなら、この状態が彼の中ではもう日常なのだろうから。
わざわざ告げなくてもいいのではないか、何度となく考えたことが再び頭を過る。
けれど今を逃せば言う機会はもうないかもしれない。いつか何の覚悟もない時にうっかり判明するなら、今がいい。それが、僕にとってもユウリにとってもベストであると信じて。
「―――ナナミも。一緒だよ。ナナミとジョウイと、3人で旅をしている」
今度こそ、ユウリの瞳が丸くなる。
そして、顔が歪められ、ぽとりと大粒の涙が落ちた。
何かを発しようとして開かれた唇は、だが、何も言葉を発さずに閉じられた。
一体彼がなにを思い、なにを言おうとしたのか。僕にはきっとわからない。
僕らはこの後、ほとんど会話を交わすことがなかった。話したことといえば、グリンヒル滞在中の日程の確認程度か。
ユウリは天井や窓の外、足元と視線を移しながら、何事か考えに耽っているようだった。きっと彼なりに心の整理をつけているのだろう。
僕はといえば、そんなユウリを感じながら、ぼんやりと心を漂わせていた。
僕はジョウイとナナミと共にいる。そのことが何より大事であるはずなのに、王様のユウリを見ていると、僕は置いていったデュナンが気になって仕方がなくなる。
僕がいたところで何が変わるというわけではないだろう。実際に僕の世界のデュナンは新しい国としての歴史をしっかりと歩み始めている。けれど。僕は確かにデュナンに背を向けた。その事実が僕の心を落ち着かなくさせる。
いまさらだ。いまさらだけど、ユウリを見ると考えずにはいられない。僕はすべてを残った者たちに押しつけ、まかせて、去った。ユウリがいま背負っているもの、そしてそれを支える人たち。すべてを。
考えたところでどうしようもないことだ。僕が選んだものを優先すれば、デュナンのことは手放すしかなかったのだ。
けれど、ともう幾度目かわからない問答を繰り返す。
馬鹿だな。
もうとっくの昔に出ている答えに対して、問いかけをしている。
いくら問うたところで、答えるのは僕でしかなく、僕の答えはひとつしかないのに。
次の休憩が近づいたころ、ユウリから声がかかる。
「グリンヒルから帰ったら。……2人のこともっと聞いていい？」
僕は急に胸が熱くなって、「うん」と小さく答えるだけで精いっぱいだった。
震える唇を噛みしめ、俯く。ぽたりと落ちる小粒の涙が袖口にしみこんでいった。
どうしたのだろう。どうしたらいいのだろう。
僕はユウリがジョウイとナナミのことを聞きたいと言ってくれて、嬉しくてたまらないのに。
でも無性に寂しくて。
自分の目から落ちた涙が、嬉しさからくるものか、寂しさからくるものか、わからなかった。
そもそも、なぜ寂しいなんて感情が浮かぶのか。ジョウイとナナミに会えないから寂しい？それは勿論。でも、それとは違うんだ。
でも、でも。
頭の中がぐちゃぐちゃになる。目をきつく瞑り、歯を食いしばる。
何故こんなに僕は混乱しているんだろう。
何がなんだかわからない。わからないけど。
ナナミ。ジョウイ。
君たちに、会いたい。