「そういえばさ、こないだアップルに会ったぞ」
「えっ、アップル?うわ、懐かしい。元気だった?」
「げーんき元気。俺と会った途端にキャーだぜ!」
「それ本気でキャーなんだと思う……」

ユウリが仕事絡みで夕食あと宰相たちと共に部屋を移り、ラウも同伴、僕は自室へ戻ろうと思ったところ、シーナに声をかけられた。
久しぶりの再会だってのにアイツらつれない、と愚痴りながら僕の袖を掴んだのだった。そこで何故僕に声をかける。そう返せば、お前面白いもん、と言い返された。
この脱力感は言葉に表し難い。僕に興味があるには違いないだろうけど、よりによって面白いとは。

ふっと笑みを漏らせば、シーナに目ざとく見つけられ何と問われる。

シーナは僕が別世界から来たから興味があるわけではないだろう。そのまんまの意味だ、僕が面白そうだから。

「趣味悪いよね、シーナって」
「はぁ?なんの話だよ。って、まさかアップルのこと!?」
「なんでだ!アップルはかわいいよ!」
「えー、なぁにユウリさんてば怪しい〜」
「シーナ気持ち悪い」

「グサッ」と口で擬音を出しながら胸を両手で押さえている。

「ちょ、ちょ、俺そういうの結構本気でショック受けるから!」
「人のことはコケ下ろすのにセコイよ……」
「ユウリ、てめ、いい性格してんなあ」
「残念でした。よく言われるから僕はショック受けません」

8年経ったシーナと話していても、違和感がない。こういうものだろうか。
いつのまにか凝視していると、シーナがおどけてみせてきた。

「ヤダな、いい男になったって見惚れてる?」
「あーいや、変わらないなあって」
「お前が言うか!」

そう言われて、驚きに目が丸くなった。

「僕が?シーナはこっちの世界の僕を知ってるのに?」
「そりゃ知ってっけど。俺にはどっちのユウリも違和感ねぇよ」

同じようなことを最近聞いた気もする。
ラウだ。
確か、雰囲気は変わらないけどイメージが違う、だったか。シュウたちも似ているようで似てないと。
それで言えば、「違う」というほうが近いのか。

「シーナくらいかも、違和感ないって言ったの。他のひとは似てるけど似てないって」
「同じじゃん、似てるけど似てない。似てないけど似てる」
「……?同じかな」
「おなじおなじ」

シーナに言われるとそんな気がしてしまう。適当な空気に染まるというか。おそるべしシーナマジック。

ああ、まただ。
会いたいという気持ちが、ふっと湧いてくる。シーナに会いながら、自分の世界のシーナに。あっちのシーナも目の前の彼と同じように僕を受け入れてくれるだろうか。

「……シーナ」
「うん?」
「これからもユウリとラウをよろしくね」
「なんだそれ。頼まれなくたって俺は気に入ったやつからは離れねえよ」
「あはは、そうだよね」
「お前もな」

僕は首を横に倒し、微笑んでみせる。シーナはそう言うような気もした。言わせてしまったこと自体ズルかったかもしれない。

シーナは意外と世話焼きだから。僕は、シーナの手の届く範囲にいなくていい。僕を気にするくらいなら、その分をユウリとラウへ。僕はいつかこの世界からいなくなり、きっと二度と戻らないから。

なんだよその嫌な笑いは、と首を絞められ、笑って腕を剥がそうと僕は暴れる。
僕はシーナとこんな風にじゃれあえるだけで嬉しい。

シーナには。これからもユウリとラウと、友達でい続けて欲しいと思った。




そして僕はその夜、城の最上階にあるユウリの私室を訪ねた。




「ごめん。今の今まで仕事だったんだね」
「や、でも最後のほうは雑談だったし全然」
「ラウはいいの?」
「いいよ。寝るって言ってたし」

温かい茶が小さな陶磁器の器に注がれ、目の前に置かれた。花の香りが広がり、ほんの少し肩の力が抜ける。

ユウリがお茶を飲みながら首を傾げて何か用があるのかと尋ねてくる。

「ええっと、一言伝えておきたいなーと思って……」
「……うん?」

ユウリの目が細められ、若干の緊張が伝わってきた。

「いやいや、全然そんな大層な話じゃなくて、あーちょっと恥ずかしいだけで」
「は、恥ずかし?え、なに、それこそやだな」
「とりあえず、ありがとう」

ぺこりと頭を下げると、なんだ突然、と訝しげな視線が投げかけられる。まぁそうだろう。

「僕がいきなりコッチに来てから、ずっと世話になりっぱなしだから。ラウにも伝えたかったんだけど、帰っちゃったね」
「……逃げたな」

チッと舌打ちが聞こえる。ガラが悪いよ、王様。
ラウはどうやら逃げたらしい。彼はとっても勘がいい。

「あのさ。僕は……知ってるだろうけど、この国っていうか、皆が大好きだったし、守れるものなら守りたいって思ってたから。だから、それを王様っていう立場で実行してるユウリのこと、すごいって思うし、こう言ったら人の苦労も知らないでって思われるかもだけど、ちょっと憧れもする」
「……ちょっ、やめ!本気で恥ずかしいんだけど!?」
「だから恥ずかしいって前置きしたじゃん」
「前置きされたってヤだよ、なんで自分にそんなこと言われなきゃなんないのさ!別に僕にしたらなるべくしてなったってだけでっ」

そう。ユウリは王様になるべくしてなったんだろう。
僕にはありえなかった道。
デュナン君主国の、王。

「ユウリ。僕にはできないよ」

デュナンを、皆を守ろうとしている僕がいるって知って、嬉しかった。
僕じゃない。僕じゃないけれど。

「ありがとう」

デュナンを守る道を選んだ君に感謝したい気持ちでいっぱいだった。
ユウリからしたら、王様になるしかなかったからと答えるかもしれない。でも、僕も守りたいと望んでいて、けれど選べなかった道。
君は僕には持ちえない余裕さや威厳、知識や経験を積んでここに存在している。その苦労を僕は想像すらできない。
でも、君には傍にシュウやクラウスがいて、ラウがいて。城内外の人たちに見守られ、そして旧友が訪ねてきてくれる。信頼のおける人に囲まれ、数々の人たちに支えられながら、この世界で君は頑張っていた。
それがとても嬉しくて。僕は幸せだと感じたんだ。
そんな僕がいるって、悪くない。

感謝を伝える僕を、ユウリは呆気にとられた表情で見返してくる。

「……本当、君って僕じゃないなぁって思うよ。僕、そんなこと言わないと思う」
「そうかなあ。僕の立場だったらそう思うよ、きっと」
「言わないよ、恥ずかしい!堂々と言える君なんか僕じゃない」

顔を赤くして慌てている君は、会ってからいままでで一番身近に感じる。
王様であるユウリから離れている君。そんな君もいるんだ。
まだ君のこと、全然知らない。きっとこれから知っていって、もっと近くに感じたり、遠くに感じたりするんだろう。

僕と違う8年を歩んできた君。
僕じゃない、僕。
でも、こんな僕は悪くないと思う。
そんな君がいてくれて嬉しい。

だから、ありがとう。




***




ユウリは訪室者が去り、部屋にひとりきりになったところで深く息を吐いた。

「……ああ、びっくりした」

大人の姿をした自分の発言には時々驚かされる。自分では言わないだろうというようなことを口から出す。思ったことを、そのまま口にするような。
大人になったのはその姿だけで、発言はどちらかというと幼い印象を受ける。
それは、自分が大人の世界に身を置いているからだろうか。周囲は学識を持つ者も多く、なんらかの関わりをもつ年長者はさらに多い。

最近、ラウが自分に言ったことがある。
「昔の君に、彼のほうが近い」と。それをどういう意味でラウが言ったのかはわからないが、自分もそれを聞いて、そうだったかもしれないと感じた。
心からの素直な言葉は、聞くものに概して感動を与えるが、時に困惑も与える。ユウリはくすりと口元に笑みを乗せる。自分もあのようだったのだとしたら、昔の側近たちの苦労が忍ばれるというものだ。

そんな少年のような彼が口にしたのは自分に対する感謝の言葉だった。
はじめは世話になっているということについて。
それから、自分が国王をしていることについて。
彼は、デュナンやデュナンの人々を守りたかったと言った。
その気持ちは、彼と同じように自分の中に昔から在り、そして今も変わりない。

しかし、自分に憧れもあると言った彼。それをどんな思いで言ったのかは図りかねる。
だって、彼は自分の一番守りたいものを守り続けているはずなのだから。

思いが違う方向へそれそうなのに気付き、頭を軽く振り、そして窓の外を見やった。
部屋の明かりに慣れた目では真っ暗な闇のみが広がっているように見える。

いつまでも、そこにあるものを闇に紛れさせているわけにもいくまい。
暗い思いに囚われて、彷徨うのも趣味じゃない。

「……うん。覚悟決めた」




「僕も、ユウリと僕のこと受け止めなくちゃ」
12 ≪     ≫ 14