グリンヒル行きを間近に控えたある日。
「今日は懐かしい人が来るよ」
ユウリに朝一番にそう伝えられ、僕は首を傾げた。
僕の知っている人物が来る。それくらいはすぐにわかったが、どうしてユウリは楽しそうだったのか。
大体、その人物に僕のことが知れていいのだろうか。そう問えば、少しも迷うことなく2人して頷いた。いいんじゃない?と。
そして、件の人には僕がいることを知らせてはいないらしい。「楽しみだな〜」と言うユウリを見て、そんなドッキリを披露しても許される人物なのだろうと予想はついた。
それだけ楽しみにされると、僕だって楽しみになるってものだ。
さあ、こい。
ばーん、と。
ささやかなノックのあと、返事も待たずに勢いよく扉が開いた。
ここってば、デュナン君主国国王の私室。
「よぉ!元気にしてるかー!……と」
青年が部屋をぐるりと見渡し、僕しか部屋にいないことを認める。
「あり?ユウリって留守?」
短い金髪をわしわしと掻き乱しながら慣れた足取りで部屋の中に入ってくる。
「なんだよ、俺来るって連絡よこしといたのに。つれないよな〜。ってかアンタだれ?」
ニカッと白い歯を見せて笑いかけてきた。
知らない人物に対しても、この態度。僕はこの男のある意味器の大きさを垣間見た気がした。
僕は確かに青年を知っている。8年経っても面影は十分に残っており、その性格はまったく変わっていないようだ。
「シーナ?」
ユウリとラウが楽しみだと言っていたわけがわかる気がする。シーナなら本当のことを言っても大丈夫だと僕も思う。
隣国の大統領子息という肩書を持つ青年は、瞬きを一つよこし、しげしげとこちらを眺めてきた。
「お前、俺知ってんの?いや、俺有名人だけど。でもファーストネームを気軽に呼ぶやつなんてそーんなにいねぇと思うんだけどなあ。あ、女の子は別な」
どこまでもシーナだ。僕は脱力したい気持ちでいっぱいになる。同時に、嬉しさがこみ上げる。変っていない。
「あー、どっかで会った気はすんだけど……誰だっけなー」
「女の子の名前と顔は完璧に覚えてるのにね」
僕の軽口に嬉しそうに口の端を吊上げる。
「ははっ、ほんとお前誰だよ?そうだな、野郎の名前と顔覚える時間と努力がもったいないってな」
人差し指で自分の側頭部を小突く。8年前、彼の脳内の半分は女性関連で埋め尽くされているのではないかと思ったものだが、今もそれは変わらない様子だ。
「さすがシーナ。相変わらずで嬉しいよ」
「うーん。その言い方もなー、なぁんか知ってるぞ。マジで俺、記憶やばくねえか?なんで忘れてっかな。たぶん、俺、お前のこと好きだぞ?」
「お前、何言ってんだ……」
「シーナ。とうとう男も口説けるようになったの?」
声のする方向をむくと、いつのまにか部屋の入り口にラウとユウリが立っており、めいめいが胡乱な瞳をこちらに向けていた。
いや、僕は関係なくないか?ぶぶぶ、と首を横に振ってみせる。
「待て!俺の恋愛対象はあくまで女性だ!!」
「そんなことを堂々と宣言されても」
「相変わらずだねぇ、シーナ」
ユウリの言葉に、シーナが動きを止めた。
「……ユウリ。今のもっかい言ってみ?」
「……相変わらずだね、シーナ?」
頭の中で反芻させるように宙を見上げるシーナ。
やがて首を前後左右に揺らし始める。ちょっと怖い。
そして、あ、と口を開け。
「お前ら、似てね?てゆうか、なに、似すぎだろ」
ユウリと僕を指差して言った。
こういうの、感覚が鋭いっていうのかな。
あとでラウに言ったら、野生児の勘だと称された。なるほど上手い。
「へ〜!なんだ、俺てっきり生き別れの兄弟でも見つけたってオチかと思ったよ!」
そっちの方が現実的にはありそうだが、あいにくと僕の存在は自分でも思うくらいに非現実的だ。
そして、シーナのこの反応も非現実的だ。なんだってなんだ、なんだって。シーナにとってはそのレベルかと。
けれどシーナだからこそ、ありえる。
ラウはため息をつきながら僕らを指差した。
「シーナのこの節操のなさって、ちょっと君らと通じるものがあるよね」
「ちょ、君らって僕らのこと!?」
「この場に僕とシーナと、あと誰がいると思うんだい」
「あっはっは、言われたなユウリ!俺とお揃だってさ、嬉しいねえ?」
「嬉しくないよ」
ユウリとラウ、そしてシーナのやりとりを見ていて僕は嬉しくて終始笑みが止まらなかった。
「そこ、客観視しない!僕らのこと言われてるよ!?」
ユウリに話を振られて、それでも顔がニヤける。どうしよう、無性に嬉しい。
「シーナ」
「お?」
「僕もシーナが好きだ」
ぎょっとするユウリとラウを傍目に、だよなーっとシーナが肩を組んでくるのに僕も応える。
シーナは歳をとらないユウリとラウに対し、友達として変わらず接することができる。そんな人がいるということは僕にとって喜びだった。
記憶より8年後のシーナは、背が伸び、少しシャープな顔つきと骨ばった体格になっているが細身なのはそのままで、お気楽そうで洒落た雰囲気と服装はとても彼らしかった。
僕が違う世界のユウリだと、そして真の紋章を得ず、国王にもならず、旅を続けていることに対し、「へえ」の一言で終わらせてしまう。
やはり、彼の器は大きい。
昔は大統領の息子だということだけでも不似合いだと失礼にも思ったものだが、案外政治にも向いているのかもしれない。
僕も何故だか器が大きいと何度か言われたが、そんな気はまったくしなかった。今でも僕の器なんてたかが知れていると思っている。
ああ。けれど、こっちのユウリは王様なんだ。やればできるっていう証明みたいなものだろうか、とユウリをそっと見つめる。
心の中で首を横に振る。
こういう時、ユウリと僕とは全然違う人物なんだという思いが強くなる。
彼は僕の目から見ても、上に立つもののように映るのだ。僕がいくら努力しようと、あんな風にはならないだろう。
「でもさ、いつのまにトランに戻ってたの、シーナ?半年前くらいに群島諸国から手紙くれなかったっけ」
「あー、戻ったっつうか、金貰いに行ったら親父にとっ捕まった…」
「何歳だ、お前は」
あまりに相変わらずなシーナの言動にも驚きを感じるが、ひょっとしたらそんな風にして国にちょくちょく戻るようにしているのかもしれないと思った。シーナはレパント大統領のことをけむたがってる風に振る舞うけれど、本当は両親のこと大切に思っている。まぁ実際、両親には頭が上がらないっていうところもあるのだろうけど。
「で、なんでシーナここに来たんだっけ?」
「お前っ、手紙ちゃんと読んだか?親父から非公式に渡せって言われてるもん持ってきたんだって。重たかったのによー」
「ああ、そういえば」
話の内容が非公式とはいえ、国の政治がらみになってきたようなので僕はそこで部屋を後にした。
3人とも別にいても構わないと言ってくれたが、個人的心情として、国に関わっていない僕がなんとなくで聞いていいものではないと思っている。僕なりのけじめだ。
また、ユウリやラウもシーナと会うのは僕ほどでないにしろ久しぶりのようであったので、その邪魔もしたくなかった。僕が入れば、どうしても僕の話題になってしまうだろう。それは少し心苦しい。せっかくなのだから3人の時間を過ごして欲しいと思った。
僕は食事の時間に合流させてもらうようにし、城下町へ出る。
どこを歩いていたのかはあまり覚えていないが、とても浮かれた気分だと自分でも思うくらいで、日が暮れるまでの時間はあっと言う間だった。