近々グリンヒルで各市町らが集う会議が催されるらしい。
それに同行したらどうかとユウリから誘われた。
「僕もついてっていいの?」
「うん、せっかくだし。デュナンに戻ってきたのに城以外の場所に行ってないでしょ」
外を周る時間というか余裕はきっとないだろうと思っていた矢先のことで、その申し出は素直に嬉しかった。
シュウを横目で見やると、目を合わせるだけで特になにも言ってこない。ということは、宰相公認だ。
「本当にいいんだ?」
「いいよ。疑りぶかいなあ。シュウやクラウスも行くし、あ、ラウも。他にも何人もいくから紛れ込んじゃっても誰も気にしないよ」
そういうものだろうか。あまりよくわからないが、とりあえずユウリやシュウがいいと言うならいいのだろう。
僕とユウリは、シュウ曰く「似ているが似ていない」のだそうだ。
僕らは同一人物でありながら身体の成長が著しく違うのだからそう評されてもおかしくない。
さらに、僕らをよく観察している(観察という表現は正しいと思う)ラウは、僕らの差異について細かく述べたてた。
「まずわかりやすいところから言うと……ユウリのほうが肌焼けてるね、やっぱり旅を続けているからかな」
この場合の“ユウリ”は僕に違いない。いまさらだが、ややこしい。
「肌だけじゃなくて髪も焼けてる」
肌は自覚あったけど、髪もか。
「どうせ僕はすっかりもやしっこだよ」
もっと外に行きたいよーとユウリが零すと、「そんなこと迂闊に言ったらせっせと外交にかりだされるよ」とラウに言われ、頬を膨らませた。
「でもそれだけじゃないよ、君らのイメージがだいぶ違うのは」
「イメージ?……雰囲気ってこと?」
「僕からしたら雰囲気はあまり変わらないな。違って思えるのはイメージ」
「それって僕が成長してるからじゃない?イメージっていうより見た目」
髪よりも肌よりも。そこが一番だろうに。
ラウが口の端を上品にあげてクスリと笑う。
「確かに背丈は違う。……でも。怒るかなって思って今まで言わなかったけど、君ら、ちょっとくらい背が伸びたってそんなにイメージは変わらないよ。基本が童顔だからね」
「怒るとわかってて言うあたりがラウだよね!」
まったくその通りだ。2人の僕を目の前にしてよく言った。
「別に童顔について指摘したかったわけじゃないって」
余裕の笑みが憎たらしい。
ラウはそして、自分の額を指差した。
「やっぱり、それの存在の有無って大きいね」
「……うん?」
ユウリと互いの顔を見合わせる。彼の額には、金色の環っか。
ああ、そういうこと。互いにすぐに理解する。
「じゃあ、環っかだけで僕のイメージって作られちゃうの?」
それもなんだかなぁとユウリが息を吐く。
確かに。いくらデュナン軍リーダーの特徴としてあげられていた物とは言え、それで僕を語られてはたまらない。
「ん?」
では環っかのない僕は、僕を語れないというのか?それはひどく笑えない話だ。
顔を顰める僕に気付いて、ラウが笑う。
「違うよ。僕はデュナン国国王であるユウリしか知らなかったからさ。ソレがなくて当然である君は、君でなく見えることがあるってこと」
ユウリはいまひとつ理解できないといった表情をしている。だが僕は、実はラウの言うこともわからなくはなかった。
なぜなら僕は、軍主であった僕を切り離すために金環を外したのだから。
だから、今ユウリの額にある環っかは国王の印ともいえる。
別の言い方をすれば、覚悟、だろうか。
デュナンにかかわることを放棄した僕。
金環を外した僕は、ジョウイとナナミと生きることを新たな覚悟とした。
それをいつか金環と同じように手離す日が来るのだろうか。
そんな日が来るなんて、考えられない。
皆、僕が金環をはずした理由については察したようで、何故かとは問わなかった。
「でも持ってはいるんだろう?大切なものだって聞いたよ」
「あー。あれはシュウに置いてったんだ。そのあと彼がどうしたかは知らないけど」
何の考えもなく答えた途端、部屋の中の全員の動きが止まり、しんと静まりかえった。
え。なに。なに?
「……私に、ですか?」
シュウの言葉に、うん、と軽やかに頷く。正確には僕の世界のシュウにだけど。いや何で確かめるかな。僕、変なこと言った?
ラウが首をぎこちなく動かしてユウリを見る。
「な、なんで僕を見るのさ。知らないよ!」
「だって君だよ!」
「僕じゃないよ!ていうか別にいいじゃん、環っかくらい!」
何故だかわからないが言い合いになってる。確かに僕にとって大切なものだけれど、他人からしたら本当にどうでもいいことじゃないか、環っかの行方なんて。
同じく動きが止まっていたクラウスに、首を傾げて何事かと目線で尋ねると、イエイエと手と首を振ってくる。え、それじゃわかんない。
最後にもう一度シュウを見てみるとあさっての方向を見ている。こんなシュウは見たことないなぁと思うが、戦中は放心できる時間なんてなかったから当然かと一人納得する。
「ええと。シュウからすると、なんか変?」
「……えっ、変ですか」
「いや、僕が」
「……いえ。ありがとうございます」
「……どういたしまして」
会話が成り立たない。
大体、僕が環っかを渡したのは僕の世界のシュウであって、この目の前にいるシュウではない。そんなこと彼が一番よくわかっているだろうに。
ユウリに最後の救いを求めようと振り返ると、肩を竦められた。
「ここまで過剰な反応が返ってくるのは僕もどうかと思うけど。でも、そうか、シュウにね……」
「?」
「いや、照れるっていうか……」
「照れ?なんで?」
わけがわからない。なんで僕がシュウに環っかをあげることでユウリが照れる必要があるのだ。
「これはこれは。あっちの君に自覚はないと。どう、ユウリ?」
「知らないよ……。もーあれ、どうにかしてほしい」
あれって僕のことですか。
ひどい言われようですね。
「あの、ラウ。なんのこと言ってるの?」
「僕からは教えません。僕は正直おもしろくないので」
「はあ?もうっ、一体なんなんだよ?」
「つまりですね」
コホン、と小さく咳払いをしてクラウスが前に出てくれる。待ってました、僕の心のオアシス。
しかしその表情と口調は戸惑いに彩られており、なお遠慮がちに口を開く。
「ユウリ様、あなたがどれほどシュウ師に信頼を置いていたのかという表れなんだと思います」
……ん?
「大切な金環を渡しても良いと思える相手だったというわけでしょう?」
そう。だけど。
「……っ」
指摘されて、ようやく恥ずかしくなった。
なんだそれ。なんだその場所と時を総無視した唐突な告白タイム。
別れる相手にだからこそ素直になれることってあるじゃないか?
最初で最後の、心からの感謝の意。そして、デュナンを離れることに対する謝罪の意。
それも二度と会うことはないかもしれないと思ったからこそ。
だから、こんなシュウ本人やユウリが共にいるような場所で話してよいことではなかったのだ。
主に、僕の心の平穏のために。
嫌な汗がドッと全身を流れ落ちる。
緩慢な動きでシュウの方を向くと、あちらも珍妙な顔をしてこちらを見ていた。
「ご、ごめん……」
「いや……私のほうこそ、動揺して、すまない……」
妙に気持ち悪い空気が部屋を満たしていた。
本当、勘弁してほしい。
原因は僕か。