僕はユウリの王さま業務(とは一体なんなのかもよくわからない)の手伝いができるわけもないため、昼間は城内を探索したり図書館で過ごすことが多くなった。
デュナン国内を周ってみたいとも思うが、それは時間が許せばの話で、元の世界に戻れる機会があればそちらを優先したいと考えているから実現には至らないかもしれない。

ある日、会議室のひとつから各国の衣装に身を包んだ商人たちが出てくるのに遭遇した。扉が開きっぱなしになった会議室をちらと覗いてみると、中ではシュウが手元の書類を睨みつけており、クラウスも難しい顔をして紙束を整えていた。

「失礼しまーす。シュウ、クラウス。いまのって商人だよね?」
「ユウリ様。おいででしたか」
「お前か……。そうだ、来期の交易について内容と条件提示を受け、調整を図っていた」
「図ろうとした、が正解です。シュウ師」

どうやら判断に困ることを提示されているらしい。シュウの手に余る事柄と思うと興味が湧いた。

「条件が不利なの?」
「条件といいますか……新しい品物を扱うよう言ってきているのです。しかし我々としてはそれらのデュナンでの需要と利益を図りかねています」

ふぅんと相槌を打ち、一番近い書類に手を伸ばす。

「ユウリ。お前には関係ないことだ」
「関係ないんだから見ても平気でしょ」

誰かに情報を漏らすという心配もない。ため息が聞こえてきたが、それ以上咎められることもなかったため、紙面に目を落とす。と、ある個所で視線が止まった。確かこれは。

「シュウ。ここにあげられてるのって、デュナンで取り扱ってないものばかり?これも?」
「……ああ、それは確かデュナンの風土では育たない植物から作られる鎮痛解熱薬のはずだ。植物を手にいれ、品質等の調査を行い、その後薬自体の薬効を確かめデュナンの民の身体に合うものか確認、とあまりに手間がかかりすぎる。以前調査した時に、いまデュナンで使われているもので事足りると報告も受けている。が、お前は知ってるのか」
「よく効くよ、これ」
「個人的意見だけで国の交易として取り扱うわけにいかないことはわかっているだろう」
「ていうか、デュナンで流通しているものとは作用機序が違う。だからあって損はないと思う。痛みに効くというか、防ぐっていうか。発痛物質の分泌を促す部分に抑制する形で働くから。まぁそれも疼痛部位によって使いわけしないとダメなのも中枢神経系には効かないのも今までと一緒だけど、選択の幅は広がるんじゃないかなぁ」

言ったあと、何も返事が返ってこない。え、なんだ。

顔をあげると、シュウとクラウスが目を丸くしていた。

「……お前、薬理を学んだのか?」
「えっ、学んだってほどじゃ。薬草について勉強しとこうと思って。ほら、薬って買うと高いし、旅の道中に摘めたらラッキーって」
「そこで作用機序までいきつくのか……?」

やっぱり出鱈目だ、と吐く。失礼な。

「それにしてもすごいですよ。原料から作用を調べたのですか」
「はじめはね。その内、薬の効果から成分とか材料を調べるようになった。旅の最中に大きな街に行ったら図書館やらに寄り道してたんだ。調べてみると結構面白くて」

羅列された他の薬剤にも目を通し、クラウスへ簡単に説明していく。覚えていないものもあったが、少し調べれば思い出すだろうものばかりだ。なるほど、デュナンでは流通していない薬がまだまだあるのだと説明をしながら僕も新しい発見をしている気持ちになった。
それにしても、ここに来てから初めて役に立っている気がする。

「ユウリ」

シュウの声に振り向くと、端正な顔が緩やかに笑んでいた。これはどちらかというと悪い笑顔だ。反射的に一歩後ろに下がる。

「お前、ホウアン医師と話を詰めて報告書にしろ。国益になるもの関しては交易を開始するよう動こう」
「……は?」
「いつまでもタダ飯食らいを続けるつもりか?働けと言っている」

誰が好きでいるものか、と思いながら、タダ飯食らいなのはまぎれもない事実だ。

また、自分にも役に立てることがあるのだと胸の奥で小さく熱が疼いたのも事実だった。

複雑な思いから唸るように頷くと、そんなこちらの気持ちなどお構いなしにヨシと返事が来る。
クラウスは助かりますと言って、さっそく書類のうち薬剤をピックアップしてまとめ始めた。




ここで、僕にできることをしてみようか。

違う世界から来た僕だからこそ、デュナンを出た僕だからこそ、何か役に立てることがあるかもしれない。
たとえば、こうして旅してきたことで得た知識や情報。
デュナンのために、力となることができるのかもしれない。

もう関わることができないと思っていたデュナンに、関わることができる。
それは僕にとって夢のような話だった。
僕にとって、ジョウイとナナミが一番なことは揺らがない。けれど、デュナンのことは頭の片隅にずっとあり、大切なものとしてその位置を占めていた。
この国に戻ることなどできやしない、また、万が一戻れたところで逃げた元軍主に何ができるのかと、ただ時折知るデュナンの情報に耳を傾けるのみだった。

違う世界かもしれない。それでもデュナンのためにできることがある。
自己満足でもかまわない。ここにいる間、僕にできることをやってみよう。




その後、薬品そのものではなく、デュナンでは生育の難しい原材料を輸入し、開発・製造は自国で行うことになる。




ちなみに、シュウへの報告書は泣きたくなるほど沢山提出させられ、書き直しも何度もさせられた。

この根っからの鬼軍師め。
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