「しかしユウリが成長すると君になるのかー…」

トランの英雄が行儀悪く頬杖をついて僕とユウリをぼんやり見ながら呟く。その傍らには中身は飲み干されてすでに冷たくなったカップが置かれている。
さっきから見られている気がしていたが、そんなことを考えていたのか。まあ、その気持ちはわからなくはない。僕だってユウリを見て、昔の僕ってこんなだったのかと懐かしくも新鮮な気持ちを抱いた。同じような視線はシュウやクラウスからも投げられたことがある。たぶん同じ類のことを考えているのだろう。

僕とユウリの視線を受けて、ラウはくすりと笑う。

「やっぱりそんなに伸びなかったね、背」

言いやがった。

「まだ成長途中ですよ」
「24歳でしょ」
「24でも!」

僕はどんな小さな望みも捨てやしないのだ。

そんなやり取りを見ていたユウリがにやっと意地悪な笑みを浮かべた。

「ふぅん、ラウ悔しいんだ」
「なんで。僕は見たままの感想を言っただけだよ」
「それにしてはねえ。わざわざ大人のユウリをつかまえて言うことがよりによって背のこと?」

確かに。少年の姿の僕と大人の僕の姿を見て、言うことは背だけかと。
逆にいえば、背のことが気になっているということだ。

「なるほど。背の伸びた僕のことが気になって仕方がないと」

そう言えば、ラウはちょっと眉をひそめ、「その言い方はなんだか嫌だな……」と答えた。




「でもさ。ユウリとラウだって少し背伸びたよね」

僕の言葉に今度は2人がきょとんとして僕を見る。

「まさか」
「えっと、ユウリ。僕らは真の紋章を宿してるから……」
「だからユウリとラウは背がまったく伸びないって?そんなことないでしょ。実際伸びてるし」

僕が首を傾げつつ告げると、今度こそ2人は固まった。

「……え、あれ?」

そんなに変なこと言ったかな。

「いやいやいや、伸びてないから!」
「そうだよ、伸びてないよ?!伸びるの?なんで?」
「え、うわぁっ!?」

2人がかりで服を掴まれ、首の締まった僕は一瞬意識が遠のいた。僕を殺す気か。




「……だから。背が少しくらい伸びたっておかしくないって話をしてるんだよ。不老っていっても、というか、不老なんだから代謝は正しく機能してるんでしょ?」
「ええ?どういうこと?」

息を整え、あたたかいお茶が用意されたところで話を再開する。
お互いに落ち着こうとラウからの提案であったが、僕は最初から取り乱してなんかいない。そして、ユウリは変わらずそわそわと落ち着かない様子で身を乗り出してくる。ラウも椅子にゆったり腰掛けているがティーカップは手つかずだ。

「代謝……確かに髪は伸びるし爪も伸びる。……そういうことだよね?」
「うん、そう」

ラウと僕の言葉にユウリはもうひとつ掴めない表情をしている。ラウも代謝という言葉通りの意味はわかっても僕の言っていることまでは理解に至っていないようだ。

「うーんと、たとえば。もし幼い子どもが紋章を宿したとして、たぶん歯は乳歯から永久歯に生え変わるし、ずうっと暗い中で本を読んでいたら視力は落ちると思うんだ」
「不老でも」
「うん。だって実際に排泄はあるし、ラウが言ってたみたく髪や爪は伸びるでしょ」
「あ、そっか……」

思案顔のラウとユウリを少し待つことにする。たぶん、これで十分のはずだ。

あぁ、とラウが声をあげた。次いで、ユウリも声をあげる。

「代謝と老いの関係か」

つまり、人間の身体の機能が正常に働いている状態、それが真の紋章の継承者に備わると考えるわけだ。
不老であって、不死ではない。僕はそのことが不思議だった。じゃあ、不老とはどういう状態なのかと。歳をとらないということが、一切の身体の時を止めてしまうということであれば話が違ってくるが、代謝機能は働いている。老化ということが、年を経て身体の機能が低下する状態であることと考えると、つまり不老とは身体の機能が正常に働き続けるということではないかと考えた。
普通は使いつづければ劣化するゴムが半永久的に伸縮し続ける状態であると言えばわかりやすいかもしれない。そう考えれば、髪が生えたり爪が伸びることも身体を正常に保つ働きであり、同じように背だって身体を整えるために多少なりとも伸びておかしくない。成長期にあった僕らがその働きを急に止めるのはなんとも不自然な話と言えるだろう。
そして、たとえばゴムが無理にハサミで切られてしまった場合、それは元に戻ることはなくその役割を終える。不老の身体も、身体機能が正常に働くことでカバーできる範囲外の病気や怪我を負えば、おそらく回復できず死ぬことになるだろう。

「……でも、伸びた?」
「ねえ」
「たぶん少しは。ユウリは僕だからよくわからないけど、ラウはなんとなく記憶の姿より高いんだよね、背」

おおお、と2人して感嘆の声をあげている。柱に線付ける?なんて話してる。君らは子どもか。
大体完全に大人の身体にまで成長するとは思えない。なぜなら、人間の身体は与えられた環境に馴染んでいくものだから。その中で、徐々に最高のバランスを保とうとするだろう。
まぁ僕がそう考えているだけでどこまで本当かはわからない。彼らは自分自身で知っていくに違いないが。

にしたって、なんで2人は今まで不老について考えなかったのかな。僕は考えていたのに。

「いやあ、ちらっとは不老ってどういうことかなって考えたことはあったんだけど、あんまり深く追求しなかったな」
「僕は全然……あぁこれで成長しなくなるんだなーとしか……」
「ね。不死じゃないっていうから気をつけなくちゃとは思ったけどね」
「それは僕も考えた!鍛練は続けなくちゃなーって」

楽しそうに笑いながら話す2人を見て思った。
不老ではない僕だから、考えたのか。その可能性がかつてあり、そしてなくなった僕だから。

彼らと僕との違いを感じた瞬間だった。
彼らに、不老とはどういうことだろうと考える必要は今なかったのだ。僕は気になって早く僕の中に落ち着けてしまいたかったけれど、彼らにはまだまだ時間があるに違いないから。これはそれぞれの持つ時間感覚の差だ。
そしてたぶん、ユウリは今、自分のためではなく、デュナン国に時間を使っているのだ。なんとなくわかる。僕にとっても、デュナンはとても大切な存在だから。
でも不死ではない。いつ死ぬかわからないのは君たちだって同じだ。自分のために時間を使わないと、本当はだめだ。

でも、わかる。わかるんだ。国のことが大切だから、本当に大切だから、自分のことは後回しでいいんだ。そして、不老なんだから、今くらい国に捧げたっていいじゃないかって思っちゃうんだ。

嫌だな。
僕は、ユウリじゃないから自分のために時間を使えばいいじゃないかって思うけど、一方でデュナンに対する思いもあるからそれをユウリが守ろうとしていることに安心もしている。

「ユウリ?どうしたの?」

ユウリに顔をのぞきこまれてハッとする。

「難しい顔してる。何考えてたんだか」

おそらく温くなった紅茶に口をつけてラウも笑う。

彼らは彼らの時間を進んでいる。ユウリは僕であり、僕でない。ユウリの進む道に僕の意思の入り込む余地などありはしないのだ。

息をそっと吐く。
それは、寂しさであり、安堵でもあった。

首を傾げる2人に笑い返す。
ラウとユウリに今以上の心配はかけない。彼らは他人のために時間を使おうとするから。

「うん。僕とラウとどっちが背が高いのかなって考えてた」
「!!ちょ、ラウっ。ユウリ、そこ並んで、並んで!!」




靴の底の厚さがズルイだとかバンダナを取れだとか双方醜い言い争いをしたあげく裸足になってまで行った背比べの結果、僕のほうがほんの少し高いと判明。
僕とユウリはハイタッチし、ラウはがっくりと項垂れていた。
ちょっと、いや、かなり嬉しかった。

僕は見た目年齢はやたらと低く見られる。
シュウに「詐欺だな」と呟かれたことを僕は根に持っている。シュウが老け顔なだけだと言い返したら拳が振ってきた。
そして今ラウと見た目年齢が近いと言われ、ラウにも彼が老け顔なだけだと言うと、鼻で笑われ、「雰囲気だよ、持っている雰囲気の差」と言われた。

気にしてることを。

人は事実を指摘されるととても腹が立つのだと身をもって実感した。
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