僕とユウリは、当たり障りのないことを話すようになった。
ジョウイのことも紋章のことも、ユウリが追々でいいと言ったのち、話していなかった。どちらにとっても言いだしにくいことであったし、知りたいと思う以上に知りたくないという思いが強かった。
いつかは知らなくてはいけないのかもしれないけれど。きっと、もう少しあとでもいい。
ラウはそんな僕らに何を言うでもなく、傍にいたりいなかったりで、僕は彼を猫のようだなと思っていた。
「ラウ殿ですか。そういえば、最近はおひとりでいる姿をお見かけしますね」
「え?前からこんなじゃなかったの?」
部屋にユウリ宛ての書類を運んできたクラウスに、ユウリの留守中に居座っていた僕がお茶を出している際、トランの英雄のことが話題にのぼった。
僕の存在を完璧に隠すことは困難であると早々に結論づけたユウリとラウは、周囲に不自然と思われない程度に僕を紹介した。
ここでの僕は、ユウリの旧知の友人で、世界を歩きまわって仕入れた珍しい物や噂話等を商品とする情報屋のようなもの、という位置づけらしい。まぁ確かにこの8年間ひとところに腰を落ち着けることなく旅を続けているし、噂を含むいろんな情報を聞く機会は多かったから、それほど不自然ではないかもしれない。
ただ、そんな人物が長く国王の傍をウロついていることが不自然だと思うのだが。その辺は、「あの国王だから」という大変不名誉な理由でうやむやにしているらしい。それでいいのか、僕。
ともかく。そうして僕の存在は、なんとかこの城内にあってもよいものと周囲にも認識づけられた。
しかし、それだけでは納得をしてもらえない人物というのはいるものである。
それが、いま目の前で共にティーカップを傾けている青年であり、その師のシュウであった。
事実を明かしたところ、半目になったシュウから「お前はどこの世界でも出鱈目なのか…」という一言をいただいた。なんて褒め言葉だ。相変わらずの毒舌ぶりに思わず口の端が引きつった。クラウスは目を丸くしたあと、涙で目をうるませ「よく、いらっしゃいました」と手を握ってくれた。
それ以来、僕にとってクラウスは癒しの存在だ。戦中も僕はクラウスに懐いていた自覚があるが、8年後の僕も変わらず懐いている様子だった。そして、この僕ももれなく懐いている。2人の僕に付きまとわれる彼からすれば面倒なことこの上ないだろうが、温和な彼は性格を反映させたような笑顔で「光栄です」と言ってくれている。
そんな彼とのティータイムはそれこそ癒しの時間だ。
勝手知ったるこの部屋で、高価そうな陶器のティーセットを並べ、好みの茶葉でお茶を入れる。僕は彼と二人きりになる機会があればそうやって話す時間を作った。もちろん、彼の仕事が落ち着いているかを聞いてからだ。しかし彼はほとんどの場合「喜んで」と言ってくれていたので、ひょっとしたら忙しい時もあったのかもしれない。
今日も彼の貴重な時間をもぎ取ったかわりに丹念に美味しいお茶を入れて、彼の前へ出した。
すぅと香りを吸い込み、そして僕の質問に答える。
「私の知る限りでは、ユウリ様と一緒にいらっしゃることが多いと思いますよ」
こちらに来た時からユウリの傍にラウがいたせいで忘れていたが、そういえば元々戦中は僕が呼びに行かない限りはデュナンには来ていなかったではないか。そして今、この城にはあの頃のメンバーも多少はいるが、ラウと親交の深かった者たちは離れていると思われる。そうすると、彼がユウリとともにいることは必然とも言えるか。
僕からすれば、ユウリとラウが仲良くなったということ自体が驚きではあったが。
「僕が来てから、距離を取ってるってこと?」
「距離……そういう風でもないように思いますが」
ふうんと相槌を打って、ここ最近のラウの様子を思い出す。
たしかに、ユウリや僕に距離をとってるとかそういうようには思えないし、ラウの振る舞いに不自然さは見えない。
「僕に気をつかってるってことかな」
ユウリは時間を見つけては顔を出してくれるし、来たばかりの頃は僕が行き先を知らせずにフラフラしていると心配してくれていたこともあった。それ以来、部屋を出るときには大体の予定をメモに残すようにしている。
しかし。ラウまで気をつかってくれているのであれば、申し訳ない気がする。
いくらこちらの僕とラウが仲がいいとは言え、僕とは初対面みたいなものだ。
「気を使う、ということもないと思いますよ。あの方は基本的にきままですから」
「あはは。ラウってクラウスからもそんな風に言われてるんだね」
「貴方の世界のラウ殿に対して私はそうは言わないのですか?」
「というより、僕は国を出たし。ラウとも戦後は会っていないから」
「ああ、そうでしたね。……不思議な感じです。そちらでは私が貴方のお傍にいないということも」
僕もこちらに来てから何度も感じていた。自分の世界ではラウも、クラウスやシュウとも戦後から会っていないのに、こうして彼らに会っている。
会っていながら、彼らに会いたいという奇妙な気持ちが湧いてくるのだ。
***
「ラウは戦後もずっとここへ通ってるの?」
僕の質問に、ラウ=マクドールは瞬きをひとつし、そして考え込んだ。
「通ってる……というのかな。たしかに行ったり来たりはしてる、かな」
「行ったり来たり……グレッグミンスターのおうちとデュナン城を?」
「うん。まぁ適当にさせてもらってるけど」
確かに適当にしている感じがする。でもそれだけ勝手知ったる場所になっているということか。
「ユウリとラウはいつから仲良くなったの?戦後だよね」
「えーと。いつから。戦中もそこそこ仲良かったんじゃないかと思うけど。君は違った?」
そこそこ仲良かった。と言えば、そうかもしれない。
「本当にそこそこ、だよ。個人的に仲良くなるには至らなかったと思う。今のユウリとラウの関係が想像つかない程度」
「あー……、どんな関係」
「仲がいいじゃないか、ラウとユウリ」
「うん。そうだね、うん。そっか、やっぱりそっちの僕と君は仲良くないのか」
「仲良くないっていうか、だから今言ってるみたく、そこそこだったんだってば」
ラウにしては珍しく歯切れの悪い言葉ばかり返ってくる。
僕が僕の世界のラウと仲が良くないとなにか不都合があるのか。
「いつから会ってない?そっちの僕と」
「戦後はまったく会ってないから、8年になるよ」
「うわー、それはそれは……」
何故だか、ラウは「あちゃー」とお茶目な響きのセリフとともに頭を抱え込む。珍しいことづくめだ。
だが、彼はどうやら不都合というよりもガッカリしている様子だったのでフォローをかけておいた。
「あのさ、別にケンカしたとかはないよ。本当、普通だったと思う。僕はラウのこと好きだったし」
ラウの顔があげられ、キッと睨まれる。
「僕だって好きだったさ!」
と、何故か怒られるかのように告白された。あ、僕が先に好きだって言ったのか?
というか、いや、僕に言われても。
ラウはまた頭を抱え込んでしまっている。
「ああ、うん、ラウはユウリのこと好きだよね……」
そう答えることしかできなかった。
なんだろうな、目の前のラウと、僕の世界のラウとは違う人のような気がするよ。
どちらがいいとか言うわけじゃないけど。
僕が好きだったラウは目の前のラウじゃないと思いたい気がする。
こっちの僕に失礼だろうか。
たっぷり10秒後に気づく。
ラウに失礼でした。ごめん、ラウ。