いま、8年後だと言ったか。僕と一緒だと言ったか。
少年の頃の僕と同じ姿で、8年後?どういう意味だ。




眉をひそめて黙りこくる僕に、ラウとユウリ(少年)が不思議そうに見てくる。
「彼、どうした?」「さあ……」なんて会話が聞こえてくるが、僕の頭には意味を持って入ってこなかった。
無理だ。少しも僕の中で噛みあわない。

突然、ラウがぽんと手を叩いて、そうかそうかと頷く。

「彼は、ここが過去の世界だと思ってるんだ」
「は?なんで?」

わからないと顔を顰める少年のことが、僕はわからない。どうしてそこで理解ができないのか。

「だってほら、君が少年の姿のままだから」
「……はー……。……ああ。そういうこと……」

何度か頷き、そして僕を窺ってくる。
小首を傾げ、自らの右の甲を指差した。その手には薄手のグローブがはめられている。

「君は輝く盾の紋章を持ってるよね」
「う、うん?」
「僕は違うんだよ」

言っていることがますますわからない。
僕の右手に、輝く盾の紋章以外の何が宿るというのだ。

「僕の持つ紋章は、始まりの紋章」

始まりの紋章。それは真の紋章ではなかったか?
なぜ。
僕は輝く盾の紋章を持ち、黒き刃の紋章はジョウイが持っている。
僕である君が、輝く盾の紋章を宿していないのはなぜだ。
なぜ、異なる紋章を宿している?

「つまり、僕は輝く盾の紋章と、ジョウイの黒き刃の紋章を……ひとつにしたんだよ。だから、始まりの紋章を宿している。だから、……歳を取らない」

彼は真の紋章を宿している。だから、不老の身体になったと?

僕は僕でも、違う時間を過ごしてきた別人ということか。
誰が8年前の僕だ。そうさ、8年前は勿論、今だって、僕はあんなに落ち着いてはいないじゃないか。
つまり。

ここは、僕がいた世界とは、別の世界。

行き着いた結論に唖然としていると、ユウリは僕の右手へ視線を落とし、そして僕の顔を見た。
少年のころの僕にはないに決まっている、少年には不似合いな大人びた表情で。

「君は、違うみたいだね」

そう、僕は。僕は、真の紋章を宿していない。
どうして彼は真の紋章を宿しているんだろう。僕であるはずなのに。
輝く盾の紋章と黒き刃の紋章をひとつにしたから、始まりの紋章になった。それは手段、もしくは結果だ。そうではなく、それ以前の。
なぜ、そうなったか。

「どうして君は真の紋章を宿してるの?」

僕はこういう時、あまり深く考えない。聞いたほうが早いと思ったら、聞いてしまう。よく、フリックが「空気よめ」と顔を青くし、ビクトールは大笑いしてたものだ。

あれ。僕はひょっとしてまた、空気を読んでないのか。

「それは僕のほうが聞きたいよ。どうして君は輝く盾の紋章を宿してるの?」

すぐに返事がかえってきた。おそらく、してもよい質問だったのだろう。少し安堵する。
しかし、そうか。こっちの僕も理由はわからないのか。なぜ、僕と彼で宿している紋章が違うのか。
なるほど僕だって、どうして輝く盾の紋章を宿し続けているのかと言われたら答えに困る。
彼は、紋章をひとつにしたって言った。つまり、ひとつにできるってことなんだ。

けれど。僕は、「どうやってひとつにできるの」とは聞くことができなかった。
なんだか、嫌な予感がした。黒い靄が胸の中から生まれるような不快感。
僕はひとつにしたいと思わない。だから、聞かなくていいことだ、きっと。
かわりに彼の質問に答える。

「君の言葉を借りるなら、僕はジョウイと紋章をひとつにしてないから、ってことになる。よね」
「……そう、なんだ。そう……」

「ユウリ。大丈夫かい」

ラウがユウリの肩へ手を置く。少年は顔をあげて小さく笑みで応えるが、本当の笑顔でないことは僕にだってわかった。
僕は何か彼をそうさせるようなことを言っただろうか。
『僕がジョウイと紋章をひとつにしていないから』?
彼と僕と、この違いはどれほどの違いとなり、今に至っているのか。
それを、彼は知っている。
なに。なにがあった。
僕に、紋章をひとつにする機会なんてなかった。彼にはあった。

ひとつにしたら、どうなった?

おそらくは彼が不老になったということ以外で。

ラウにユウリがもう一度「大丈夫」と微笑みかけ、今度は静かだが鋭い目線をまっすぐに向けてくる。逸らされない視線に僕も釘づけになる。
彼はなにかを覚悟した。次の言葉は、きっと彼の覚悟だ。
つまり、僕もなにかを覚悟する必要があるということ。鼓動がにわかに速くなる。




「ジョウイは?」




その言葉でわかった。




この世界に、ジョウイはいない。
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