心を落ち着けるため一度目を閉じ、意を決して顔をあげる。
「……ん?」
何故か、2人の目線と僕の目線は交わらなかった。僕は彼らを見ているのに、彼らの視線が違う箇所へ向いていたのだ。
僕の、右手に。
あ、と思った。と、同時に、2人の目線が戻ってくる。その表情は僅かに固い。
少年の口が小さく開く。そして絞り出すように声を出した。
「……輝く、盾の紋章……?」
そう。僕の右手には、輝く盾の紋章がある。僕という存在を証明するには、これほど確かなものはないに違いない。
表情をなくしている少年を庇うようにラウがさらに一歩前へ出てくる。
「君は一体……、……あれっ」
ラウの険しい表情が突如崩れる。「え、あれっ」と、こういってはなんだが可愛い声をあげて、少年と僕をせわしなく見やる。妙にコミカルな風景だ。
少年もその不思議な光景に瞬き、顔に表情が戻る。
訝しげに見守る少年へ、ラウがとうとう確認をとった。
「……彼は。ユウリ、君じゃないか?」
きょとん、と少年の目が丸く開かれ、そして驚愕にさらに丸くなっていく。
ゆっくりと僕を眺め。そして、
「ほんとだ……。僕だ」
僕がユウリであると、認めた。
デュナン城の最上階の部屋に招き入れられる。
僕は徐々に何かがおかしいことに気付きはじめていた。でも、それが何なのかがわからない。
いや、わかっている。
この8年前に慣れ親しんだはずの部屋が、記憶と違う。それはもう、なんとなくなんてものだけじゃなく、そんなもの絶対になかったと言えるようなものまでがある時点で気のせいではなかった。
しかし、何故だ。何故、違う?
それでも、僕はまだ、この転移に気が動転してるからかもしれないと考えていた。
僕は確かに混乱していた。でもそれ以上に、酷く暢気だった。
生来の楽天的な思考が現実認識を妨げていたなんて思いもよらなかった。
「さて」
ラウの快活な声に、少年と僕の視線が彼へ集まる。
「お互い、何から話そうか?」
ニッと不敵に笑う彼はこの状況下で頼もしく見えたが、反面、こんなにもノリの良い人だったろうかと首を傾げたくなる。
ここでもだ。やっぱり僕はここでのあらゆることがしっくりとこない。小さな違和感がいくつも肌にまとわりついてくる。
「僕から聞いていい?」
過去の僕が、僕へ尋ねる。それはもう、聞かなきゃ嘘だろうというような、想定内の質問だった。
「何歳の、僕?」
きっと、びっくりする。
でも、僕のことだから、意外とすんなり受け止めるかもしれない。
僕は騙されやすい性格だとナナミにもジョウイにも言われている。それは僕が聞いたことをすぐに信じるからだ。よく考えたら嘘だとわかることでも、大抵まず「そうなのか」と受け入れてしまう。確かシュウには「その頓着のなさが、お前の長所といえば長所だ」と言われた。あまり褒められた気はしなかったが。
とにかく、僕は状況を受け入れることに慣れている。疑うより先に、信じてしまう。疑うのは好きじゃないとかそんなことを思ってるわけじゃない、本当に、ただそういう性格だっていうだけだ。
だから、彼が自分であるなら、と思う。しかも同じ紋章を持ち、成長した僕がここにいるのだから。
視覚とはこういうときに便利だ。現実に対して有無を言わせない力を持っている。
心の中で一呼吸置いて、告げた。
「僕は、24歳。戦争から8年後の僕だ」
ところが、返ってきた言葉は僕の想像をはるかに超えたものだった。
「……なんだ。一緒なんだ?」
「……は?」
今、なんと言われましたか。
「だから、一緒。8年後だよ、今」
僕は、彼から出た言葉をまったく受け入れることができなかった。
早くも前言撤回か。
少年の僕が、同い年であるはずない。
彼の発言はあまりに視覚を裏切りすぎていた。