目の前の人物に目を凝らす。
どう見ても、何年か前の自分だ。
背は今より10センチ程度低く、額には金環が光っている。
僕は感覚的に、空間を飛んだと思ったのだけれど。
まさか時間をも飛んだのか?
いやしかし。
誰だ、あれは。
違和感が抜けない。
自分の姿を客観的に見たことがないからか。(そんなもの誰だって見たことないに違いないが)
少年の立つ姿は小さいながらも凛としていて、ただそこにいるだけなのに淡く光輝く空気を纏っているようだった。
僕は……あんな存在だったか?
「あの……何か御用、でしょうか」
少年の自分から、探るような声がかけられる。
「あ、いや、用はないというか……いや、あるのか、な?」
少年はすっかり落ち着いた様子で僕の返事を待っており、逆に自分の焦りっぷりが恥ずかしくなる。
なんと言えば伝わるのだろうか。まさか「やあ、未来の僕だよ!」なんて笑顔で言えるわけがなく、大体そんなキャラクターでもない。
「ええと。失礼ですが、迷子、とか」
「あ、そう!それ!迷子です!!」
口にした直後にとてつもなく後悔した。迷子ってなんだ、僕はいくつかと。
というか。
「ここって……デュナン城?」
「えっ?」
さすがに少年の僕も驚いたらしい。そりゃあそうだ、城の中にいて「城ですか」と聞く間抜けな人間がどこにいる。
ここにいた。
僕は頭を抱えてしゃがみこみたい気分になる。
ああ、でもそうか、やっぱりここはデュナン城なのか。
僕の記憶が8年前のものだからか、城のイメージが若干違っている。こんなにどっしりとした佇まいだったのかと新たな発見に思いが捕らわれ、現在の状況を忘れそうになる。
そんな僕の様子に少年は少し思案顔になり、何かに納得するようにひとつ頷いた。
「こちらへどうぞ」
「え」
「大丈夫です。ご希望の場所へご案内できると思いますから」
と、さきほどの城の者が去った方向へと歩き出す。誰かに僕を託し、目的地へ案内させようというのだろうか。
僕にこの城を訪れた理由や目的なんてない。このままでは遅かれ早かれ確実に不審者だ。
「い、いや!あの!僕は……僕はあなたに用が!」
僕の苦し紛れの言葉に、少年が立ち止まり、振り返る。
その無駄のない動きと、こちらを見る静かな瞳に、再び違和感が湧きあがる。
僕はこんな目をしていたのか?
いつもバタバタとしていた覚えしかない。こんな。
「僕に……?」
さすがに僕を見る目が怪しいものを見る目つきになってきた。
なんと切り返せばいい。でもいい加減なことを言っても何も好転しないことくらいわかる。
こうなったら「やあ、未来の僕だよ!」もやむを得ないのではないか。
そう思ったところ。
「ユウリ。どうかした?」
聞き覚えのある声があがる。
間違いなく、僕にではなく、少年へ向けての声。
もうひとつ付け加えるなら、僕はこの声を8年ぶりに聞くことになる。
視線を横にずらせば、黒髪の青年の姿が目に入る。やはり、と思う。
彼は少年の僕と目を合わせて微笑んでから、やおら黒眼をこちらへ向ける。静かなのに力のある、黒曜石のような瞳。
記憶と寸分違わない。強く、美しい瞳。
「ラウ」
少年の声と、自分の心の声が重なり、一瞬自分が発したのかと思った。
青年は、ごく自然に少年の斜め前に立ち、それはあたかも少年を守るかのように見えた。
少年もまたそれが自然であるかのように迎える。
ラウ=マクドール。
先のトラン解放戦争での英雄。そしてデュナン統一戦争で、僕が協力を仰いだ人。
そうか、この人とバナーの村で出会った後か。では戦争も終盤を迎えようとしているところかもしれない。
けれど、僕とラウはこんなに傍から見ると近しく見えたのだろうか。
確かに、僕はラウに興味があったし、好感も抱いていた。ラウの僕に対する態度も決して悪くはなかったと思う。グレッグミンスターの家を訪ねれば笑顔を向けてくれた。それが何故かとても嬉しくて、何度も懲りずに崖を上って迎えに行ったものだ。
それでも、個人的な目的で2人で会ったりすることはほとんどなかったと記憶している。大抵の場合、ビクトールやフリック、シーナたち、ラウの旧友を交えてのことだった。
それなのに、こんな風にラウは僕を見ていてくれたのだろうか。そして、僕も彼を見ていたのだろうか。
なんか。
かゆい。
「どうしたの、ラウ。こんなところまで」
「君を迎えに。で、僕のほうが君にどうかした?って聞いてるんだけど。……誰?」
僕のいかにも旅人な姿に、警戒心を抱いているのが伝わってくる。
ああ。ラウから信用がないとこういう風に見られるんだ。
はっきり言って、怖い。
すみませんとわけのわからない謝罪とともにこの場を去りたくなる。
8年前、初対面でラウの意表をつくことができたことはとても凄いことだったんじゃないかと今更思う。こんな目で見られたあとに臆することなく一緒に戦ってくださいと言えたか、正直自信がない。
さて。8年前の僕とラウに、なんて説明をしたら良いのだろう。