光を抜け、そして。
「?!落ち……ッ」
本当に、落下した。
緑らしきものが視界に入ったあと、身体にぶつかってくるものから、木のある場所の上空から落下してると察知し、とっさに身体を丸め、両腕で頭をかばった。
枝を折る音を絶え間なく聞き、どれくらいの高さから落ちているのだろうかと恐怖を感じてすぐに、背中から地面へ叩きつけられる。
「ッ、つ〜〜〜〜〜…!!!」
衝撃に一瞬息が詰まるが、声が出る程度であったことに内心ホッとする。
昔、バナーの村からグレッグミンスターへ向かう最中、崖にかけられた縄梯子からうっかり落ちたことがあった。
あのときは息が詰まるどころか本当に息ができなくなって若干パニック状態に陥った。懸命に細い呼吸を繰り返すことでしばらくして呼吸は戻り、何故かあまり痛みを感じることがなかった身体は、しかしグレッグミンスターに着いた後で体中が痛くなり酷い打撲傷を負っていたことが判明した、なんていう出来事があった。
あれは、ショック状態における一種の脳内麻薬分泌に身体中の感覚が麻痺していたようなもので、人間の身体は突然の出来事や衝撃、痛みに対して不思議な対処をするものなのだと関心したのだった。
今現在、僕はあまりの痛みに身体を動かすことができないでいた。これは、あの時よりは酷くないということだろうと一人痛みに堪えながら思う。
中途半端に上がっていた両腕を地面に下ろした時、ちゃんと頭を守れていたのだと自覚した。涙の滲む目を開き、痛みに強張っていた身体の力を抜いていくと、そこが木々に囲まれた場所であることを認識できた。
パラパラと緑の若い葉が落ちてきて、自分が落ちたからだろうなぁとのんびり考える。地面の土と草、そして木の枝や葉がクッションの役割を果たしてくれたのだろう、感謝する。
ひとつ大きく息を吐き出す。
さて、ここはどこだろう。
さきほどまでいた、あの苔生した濃い緑の森とは明らかに違う、若葉に覆われたこの場所は。
慌てたところで何が好転する気もしない。痛みが去るのをゆっくり待ち、それから起き上った。
寝転がっている間に、左右と前は見た。木々がひろがっているものの、明るい緑であることからそれほど深い場所ではないと考えた。そして後ろを見る。
「あ」
どこかの建物の外か内か。そのどちらかであると、白い人工的な石壁を見て判断できた。人が簡単に出入りできない程度に高く美しいそれは、どう考えても重要建築物のものだろう。
建築物の外であるとありがたい。何処か把握もしていない場所で捕まって不審者扱いされるのはごめんだ。
しかし不本意ながらいろんなシチュエーションに慣れている僕は、半ば諦めの息を吐いて立ち上がる。
こういう場合、嫌だと思う側にいることの方が多いのだ。本当に。
できれば、理解のある人に最初に出会いますように。
5分も歩かない内に、人の話声が耳に入ってきた。そちらへ方向を修正し、足音を立てないように向かう。
そして、2人の人影を見つけた。その頃には、石畳も、さらに石造りの建物もしっかり見えていたのだが。
「……でしょうか。もし、支障がなければこのまま進めたいと思うのですが」
「うん、いいと思う。でももう一度、宰相にスケジュールを確認してもらって。それで問題なければ進めてくれていいよ」
「はい」
僕は妙に聞き覚えのある声に、木の陰へ隠れた。
敬語を話す男の声は知らない。知っていると思うのは、少年と思わしき声の人物。
でも。なんだ、この気持ちの悪い感覚は。
奇妙な既視感が僕を襲う。心臓がドキドキとうるさい。抑えようと胸元を掴んだ手も震えていることに気付いた。
「……い、では、失礼します」
「ああ、よろしく」
別れの挨拶にはっとし、慌てて木陰から出た。
すると、向こうも気づいたのか、ふいっと目線をこちらへ向けてきた。その人物は。
「……何、これ……」
思わず声に出た。
それは、今まで見たことのない、けれど鏡では見たことのある。
「僕……?」
少年の頃の僕だった。