「あれっ。……なんだこれ」

それは草木をわけた先に忽然と姿を現した。
石造りの祭壇のようなもの。人ひとりが立つのにちょうどいいスペースに、アーチが頭上まで緩やかなカーブを描いている。金や宝石などの装飾はなく質素ながら、美しいと思える造形だ。

「……」

それなりに落ち着いた風貌ながら、古くからそこにあったとは思えない作りでそれは佇んでいた。けれど、こんなところに誰が来るというのだろう。この森は深く、入ってから随分と経つが人気はまったくといってなかった。

だからこそ自分たちは今こうして迷っている。

「ユウリ―、聞こえるー?そっちどうー?」
「あ、うん、聞こえる!や、全然道なんてないよ」

ナナミの呼び声に応える。けれど、祭壇らしきものがあるということは、人が通るということではないか。この周辺をもう少し重点的に探してみた方がよいのかもしれない、そう思い、もう一度口を開いたところで。

「ユウリ、ナナミ!こっち!」

ジョウイの声が聞こえ、僕は祭壇に背を向けて駆けだした。




***




「結局、道らしきものさえ見つからなかったね〜」

ナナミがカリッと音をたてて保存食のナッツを噛み砕く。

「火を起こした形跡はあったから、人が通ったってことだろうけどね」

ナナミからナッツの入った袋が差しだされ、僕とジョウイは揃って手のひらを差しだす。こぼれてくるナッツを落とさないよう受け止める。落としたって食べてみせるつもりだが汚れないに越したことはない。

「そういえば、探してる最中に祭壇のようなものを見つけたよ」
「祭壇?」

僕が見たものの説明をすると、ナナミが面白がって私も見に行く!なんて言ってくる。

「でもナナミ。寄り道するより先を急いだほうがいいんじゃないかな。早く森を抜けたいって言ったのはナナミだろう?」

ため息混じりのジョウイの声に、ナナミが頬を膨らませる。言い返さないところを見ると、早く森を出たいけど祭壇も見てみたい。そんなところだろう。気持ちはわからないでもないが、僕も正確に案内できる自信はないと言うと、ナナミもあっさりと諦めてくれた。

「なんか重たい空気が好きなじゃないし、やっぱり早く抜けたいね」

ナナミがそう言うだけ、確かに独特の雰囲気のある森だった。昔少し入ったことのあるアルマキナンの森に近い雰囲気だ。濃い緑が含む湿気が肌にしっとりと落ちる感覚を僕は割と気に入っていたのだが、ナナミは「髪がうねる〜」と嫌がっていたから、そちらの気持ちが好奇心に勝ってしまったというだけかもしれない。




***




ふ、と意識が浮上する。
いつもの習慣でまず火が保たれているかを見て、そして火当番のはずであるナナミを見る。

「……寝てるし……」

けれど、膝を抱えた体勢で寝ていることから、睡魔に勝とうとしていたのだろうことは推察される。
湿気が夜の気温に冷えて少し肌寒い。ナナミの肩からズリ落ちていた毛布をそっとかけなおしてやる。
立ち上がり、ぐいと伸びをすると、辺りを見渡した。人は勿論、動物などの気配もしない。
目の冴えてしまった僕は、見回りをしてみることにした。火を焚いているから、それを目印に見える範囲で歩けば安全だろう。念のため、乾いた枝をさらに組んで火を確実にしておいた。




見つけようと思っていると見つからず、見つけようと思っていなければ見つかるものである。

「ごめんナナミ。あっさり見つかった」

昼間見た祭壇はなぜか簡単に見つかった。まっすぐに歩いてきた先がここなのだから、よほど縁があるというべきか。
月の光も射さないこの場所で、何故すぐに祭壇があることに気付けたのか、少し疑問に思えば良かったのかもしれない。でも僕は、夜の穏やかな空気にすっかり気分が落ち着いていて、ましてや無機物に対して警戒するなんてことは微塵もなかった。

「……?」

祭壇の中央に立ち、アーチ状に組まれた石の冷たい感触を手で触って辿っていたところ、手元に影が落ちており視野が明るくなってきていることに気付く。次いで、足元が光りはじめていることに気付いた。小さな光の玉がふつふつと溢れだすように足元を埋めだす。

「ホタル……?違うな、なんだろ、この光……」

屈んで、足元を調べようとした瞬間。

地面が抜け落ちた。ように、感じた。問答無用に引っ張られる感覚。
これはあれだ。
ビッキーの転移に似ている。
その瞬間悟った。

僕はどこかに飛ばされるのだと。




僕ら3人のルールというものがある。
食事当番や見張り順、そういった細々としたものもあるが、旅に出てまもなく決めた大きなルール。
もしも離れ離れになったら、とある村で落ち合うことを約束した。
その村は山間にひっそりと存在し、少しキャロに雰囲気が似ていた。どれだけ離れた場所で別れようと、そこで、と。
もちろん宿屋などの情報が集まる場所を使いながらだが。それでも広い世界を闇雲に探し回るよりは効率が良いという結論が出ていた。
笑いながら、10年以内に戻ればヨシとしよう、なんて話をしていた。

おそらく、とうとうこのルールが適用されることになるのだろう。

ジョウイとナナミに、心の中で謝った。
10年以内には戻るから。

たぶん。
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