夜の街はしんとしていて落ち着いた。
 足元に敷かれた整った石畳も、頭上から降り注ぐ細い月光もどこかひんやりと 気持ちいい。
 ふと何かを感じて広場の入り口へ目を向けた。
 そこには少年の姿。
 いつからいたのだろうか。目が合っても少年は動こうとしなかった。
 昼間とは違う服を身に着け、額に印象深い金色の輪っかも嵌められていない。 それでも間違いようがなく、彼だとわかった。
 夜にも昼にも柔らかく溶け込むような淡い空気をまとって佇む少年。
 ユウリ、と今日知ったばかりの彼の名を呼ぶとようやく反応を示した。 ほの明るい月光のような空気を零しながらこちらへ駆けてくる。



「戻ってきた良かった?」
 そう聞かれて一瞬だけ迷った。
 懐かしい街や人々との再会。勝手なことをした自分を非難するでもなく、ただ 喜び、暖かく迎えてくれた。涙が出そうになるくらいに嬉しかった。
 グレッグミンスターのすぐ近くに寄りながらも、一度去った場所へ戻ること は躊躇われた。
 偶然とはいえこうして戻ってきて、人々の優しさ、そして強さを肌で感じた。 数年前に戦争があったなど思えないくらいに顔を輝かせる人々。子供達の弾ける 声。門は商人がひっきりなしに出入りを繰り返す。
 自分は人を弱いものだと思い込んでいたのだろうか。
「・・・そうだね」
 後悔しない内に離れたいという気持ちは拭いされないけれど。
 戻ってきて良かったと、会えて良かったと、そう思う気持ちに嘘はない。
「そうなんだ」
 ストンとそのままを受け止めるような言葉に驚いて少年を見下ろしてみれば、 今度は何を考えているのか難しい顔をしている。
 なんだかおかしくなってきて、こっそり笑った。
 お下がりの服で認識できたのかと問うユウリになんと説明してよいかわからず 流せば、やはり昼間とは違う服装の自分に対してユウリは。
「ラウさんみたいな人を僕は他には知りません」
 そう誇らしげに答える。
 それはまさに自分がユウリに対して感じていたことで。
「帰ろうか、ユウリ」
 明日もまた幸せで忙しい日になるだろう。



「グレミオ。ユウリは?見かけないけど」
 マクドール家は夕方になり、ようやく落ち着きを取り戻していた。自室で 一息をついたラウは、台所で夕飯にかかり始めているグレミオにユウリの所在を 尋ねに来た。
 まだ静かだった朝食の時間、こちらが尋ねるより先にユウリが今日一日勝手に 歩き回ってても良いかと聞いてきたのだった。
 知らない人々の中に放り込まれるのは疲れるのだろうと誰もが思っていたの だろう、フリックの「あまり遠くに行くなよ」の一言で簡単に決まった。
「お昼に一度戻られて、お弁当を作って出かけられたっきりですよ。行き先を 聞いても楽しそうに笑うだけで教えてくれませんでした」
 どこかいい場所でも見つけたんでしょうか、と思い出し笑いをする。
 そこにノックの音に次いで玄関のドアの開く音が聞こえてきた。
「ただいま戻りましたー」
 ラウが台所から顔を出して応える。
「おかえり」
「あれっ、皆さんお帰りになったんですか?」
 キョロキョロと辺りを見回す。彼が昼に戻ってきた時には廊下といい、 人で溢れていたはずだ。
「うん。一時間ほど前に・・・あ、ちょっとじっとしてて」
 ユウリは大きな瞳を瞬かせて、頭へと伸びてくるラウの手を見ていた。
「はい。葉っぱがついてた。どこまで行ってきたんだか」
「あー・・・落としてきたつもりだったんですけど。すみません。ふふ、 いいところ見つけちゃいました」
 ちっとも答えにはなっていないのだが、さも嬉しそうに言うのでラウも つられて笑ってしまう。
「ユウリくん。ご飯までもう少し時間がありますから、シャワーでも浴びてきた らいかがですか?」
 グレミオがくすくす笑いながらラウの後ろから顔を出して声をかける。じゃあ、 と言うユウリへラウとグレミオは手を振って送りだした。

 ユウリと入れ替わりのタイミングで、ビクトールとフリックが続いて階下へ 降りてきた。よっこらせ、と声を出してソファに座り込んだビクトールに 近づいて話しかける。
「ユウリって面白いね」
「ん?そりゃ同感だな。ちっともリーダーらしくねえだろう、アイツ」
 軍主をこうも簡単にらしくないなどと言っていいものかとラウは 思うが、そう言うビクトールや傍のフリックの楽しそうな顔から、困っている わけでもないと容易に察しがつく。
「自分のリーダーに対して随分な言い様だな。でもまぁ僕も驚いたよ、ユウリが リーダーなんてね」
「本気で驚いてたもんな、お前」
「少年だって噂は聞いたことあったけど・・・まさかユウリがって思うよ」
「自分のことは棚に上げていやがる」
「うるさい、ビクトール。ていうか、また君ら?」
 軽く拳骨をビクトールの後頭部へ振るった後、ニヤリ笑う。
「またって言うな、またって!俺達も今となっては多少はそう思ってんだから」
「あはは、やっぱり。二人揃ってそういう運命なんだな」
 フリックが苦虫を噛み潰したような表情のまま、ラウを見る。
「ラウの口から運命なんて言葉が出るなんてな。お前、運命なんて言葉好きじゃ なかっただろう」
「別に今でも好きなわけじゃないよ。なんであろうと最後に選ぶのは自分だ。 要はそれを運命と呼ぶかどうかだろ?」
「・・・言うようになったな」
 そう言って浮かべたフリックの笑みは歳の割に幼い。ビクトールは後頭部を 擦りながらもそんな二人を人の好い笑顔で眺めていた。
「ところでフリック。フリックってば大人になったよね〜」
「はっ?・・・な!なんで突然お前にそんなこと言われないといけないんだ!」
 唐突なラウの言葉にフリックは面食らい、思わずどもる。何歳も年上の 自分に対して大人になった、などと言うのだ。
「だってさ、今朝のフリックがユウリに言ったこと。『あまり遠くに行くなよ』 って・・・まるで保護者じゃないか!」
「ほご・・・!」
「言いえて妙だな、オイ」
「ユウリを拾ったのはお前だろう、ビクトール!!」
 フリックの裏拳を食らうビクトールへラウが視線を止める。
「拾った?ビクトールがユウリを?」
「おお。文字通りな。川を流れてきたアイツを俺が掴んだ。でもフリックも 傍にいたぜ」
「別にどっちがユウリを掴んだとかそういうことはいいよ」
 ビクトールとフリックがまた漫才を始めそうになるところをラウが冷静に ツッコミを入れて話を戻す。
「それよりもなんでユウリは川を流れて?なんだかよくわからないな」
「・・・あー。それだがな」
 ビクトールがちょっと待てという風に片手を上げる。
「俺たちの口からは大まかな流れだけにさせてもらえねえか」
「ユウリもな、いろいろと複雑なんだ」
 フリックも困ったように首に手を回す。ラウはそのニュアンスを感じ取って、 素直に頷く。
「うん。もともと深入りするつもりはないから大まかでも充分だし、言いたく なければそれでも構わない」
「お前の察しの良さにはまったく助かるぜ」
 ビクトールは一度明るく笑ってみせてから、フリックと軽く視線を交わした。 うまいこと話せるかどうか自信はねえが、と前置きをして続ける。
「ユウリは都市同盟領との境界にも近い、ハイランド北方にあるキャロって街の 出身だ。ユニコーン少年兵部隊ってとこに所属していたらしい。聞いたことねえ か?休戦条約を結んでいた都市同盟軍・・・旧ジョウストン都市同盟軍だな、が 国境近くにいた少年兵部隊を攻めて全滅にしたって話を」
「ああ。それが今回の戦争のきっかけだろう?」
「そうだ。ところが、都市同盟軍は攻めてなんかいなかった。ハイランドの、 つまり味方の手により全滅させられたってのが真実だ」
「・・・ハイランドは都市同盟を攻める正当な理由を得るために、自国の兵を 消したってことか。少年兵相手の方が消すには容易いし、同情票も集まりやすい ・・・ね。ということはユウリはその生き残りだと?」
「ああ。ユウリは追ってくるハイランド兵から逃げるため滝つぼへダイブ。川を 流れてきたアイツをたまたま俺とフリックが見つけて拾ったってわけだ。 それからの縁だな」
 ビクトールが一度言葉を切ると、ラウがフと笑った。
「僕の時といい、ユウリのことといい、よく拾うね」
「幸か不幸かな」
 ビクトールが言うとちっとも嫌味に聞こえない。フリックが全くだと相槌を打つ。
「ラウは輝く盾の紋章については知っていたか?俺は今回のことがあるまで 知らなかったんだが」
 フリックの問いにラウも首を振る。
「いや。バナーの村で初めて知った。それも信憑性については疑っていたけどね。 ・・・英雄ゲンカクの宿していた輝く盾の紋章を、息子が再びその手に宿して 都市同盟に戻ってきた、と。どうにも都合のいい話だ」
「俺もそれについては同感だ。だが、あの時の同盟軍にはソレは必要だった」
 僅かに苦味を滲ませるフリックの話し方にラウは3年という月日を感じる。昔は こんなに慎重に何かを含むような発言はしなかった。ラウはため息と共に言葉を 紡ぐ。
「まったくもってタチが悪い。英雄はそのゲンカクさんであって、ユウリでは ない。・・・それもわかってのことみたいだけど。でもなんだか気の滅入る 話だ」
「ユウリのやつはよくやってるよ」
 そこでフリックは言葉を切るとラウへ目をやる。
「あいつはどんなに辛い目に合っても、自分を不幸だとは思わない強さを持って いる。ラウ、お前との共通点だな」
 ラウは目をぱちくりとさせてから、顔を顰める。
「フリックがそう言う理由がよくわからないけど。そりゃあ・・・不幸だなんて 思わないさ。でもそれはフリックもビクトールも同じだろう?別に僕だけが 特別ってわけじゃない」
 フリックはラウとユウリを差して言ったのだから「僕たち」と言うべきか 迷ったが、ラウはユウリのことをよく知らない。だからあえて自分だけに対象を 絞った。
「そういうところに俺たちは救われるんだよ」
 フリックは3年前より男っぽく骨ばった手でラウの頭をくしゃりと撫でた。 おそらくは今の言葉もラウとユウリ二人のことを差しているのだろう。
「なんて反応していいか困る言葉だ」
「そうだな、すまん」
 謝ったとしても否定はしない。つまりはそのような意味なのだろう。
 少しの間の後、階段を降りてくる軽い足音が聞こえてきた。



 次の日、ラウがユウリに連れてこられたのは緩い丘陵の広がる場所だった。 グレッグミンスターから出てほどないとはいえ、街道からは外れた場所なので 人通りはまずない。
「こんなところまで?」
「そんなでもないですよ。昨日だってモンスターには一度も会いませんでしたし」
「いることはいるんだから。フリックがユウリはすぐにふらふら一人で歩き まわるって心配してた気持ちがちょっとわかるよ」
 お前もそうだったが、と付け加えられたことは伏せておく。
「も〜過保護だなあ」
 悪いとも思っていないのかカラリと笑うと、それほど大きくはないがどっしりと 根の張った木に近づいていき、ひょいと身軽に登ってしまった。ラウもそれに 続く。ユウリはなんなく隣に座ったラウを驚きの顔で迎えた。
「慣れてますね。ラウさんっていいおうちの出だから木登りなんてしないと思いました」
「あはは、登れるよ。そのへんは結構自由にしてたんだ。よく・・・親友とも 木に登った」
 ユウリの顔からにわかに笑顔が消えた。
「親友、ですか」
「うん。もういないけどね」
「す、みません」
 ハッとして俯く。ラウはやんわりと首を振った。
「いや。気にしなくていいよ。ユウリも木登りはよくやった方みたいだね?」
「はい。僕も親友とこうやって一緒に登りました」
 懐かしそうに、でもどこか寂しそうに微笑んだ。察するに、その友人は存命 らしいが。
「・・・この木は思い出の木に似てた?」
 ごく自然に話題を変える。人にはいろいろな境遇がある。話したくないこと、 話しにくいこともあるだろう。自分にあってもそれは例外ではない。
「はい。見つけたとき嬉しくなっちゃって。昨日はお弁当もここで食べたん ですよ」
 くすくす笑う姿に先ほどの寂しげな表情はどこにも見当たらない。
「今日も天気がよくて良かったです」
 青空に向かって顔を上げる。まっすぐな眼差しだが、受ける印象は柔らかい。
 ふと眩しいものを見たかのように目元を細め、そして視線をこちらに落とした。 その先にはラウの右手。
「気になる?」
 ラウの呼びかけにユウリは弾けるように顔を上げた。
「えっ、あ!すみません、失礼な見方を・・・。あ、あの、ラウさんの紋章を 見ようとしたわけじゃなくて・・・!」
 どうやら無意識のうちに見ていたらしい。
「気にしてないよ、大丈夫」
 ラウの言葉にホッとした彼の表情に、何故か自分までホッとした。

「今、ふとジョウイのことが頭に浮かんできたんです。そしたらラウさんの 紋章の黒い光を思い出して・・・」
「ジョウイ?」
「え・・・ああ。・・・そうですよね。ジョウイは、僕の親友です」
 親友とは先ほどの話にでてきた、一緒に木登りをしたという彼のことだろうか。 そして懐かしいものを見るような優しい表情のまま、続ける。
「ジョウイの宿した紋章も、ラウさんの紋章のように、力を発動させると黒い 光が溢れたんです。・・・深くて、強くて、どこか切ない、とても綺麗な黒 ・・・」
 一旦言葉を止めたユウリがこちらを見つめた。
「ラウさん。僕の紋章のことは聞かれましたか?」
「ん。ああ、輝く盾の紋章、だね」
「はい。ジョウイは輝く盾の紋章と対になる、黒き刃の紋章を宿しています」
 黒き刃の紋章。初めて聞く紋章の名前だった。 それが、輝く盾の紋章と対になっているというのはどういうことか。
「・・・真の紋章だと聞いたんだけど」
「はい。僕の紋章とジョウイの紋章の二つが揃って、真の紋章のひとつ、始まり の紋章というものになるんだそうです。・・・詳しいことは僕もよくわからない んですけど」
 始まりの紋章。こちらも初めて聞く紋章の名前だった。疑問はいくつも浮かぶ がどれも形を成さず、ラウは口を閉ざした。
 しかし記憶の中に確かに残っているものがある。
 それは、この世の始まりと27つの真の紋章の誕生。
 その創世の物語において闇が孤独に耐え切れず落とした涙。



「お、帰ってたのかラウ」
 部屋から出てきたフリックに声をかけられて廊下で立ち止まる。見たことの ある服を着ていると思ったら、あれはグレミオの服だ。トレードマークの青い バンダナも今は頭に巻いていない。
「今日はなんか話せたか、あいつと?」
「・・・たわいもない話が大半。それと、ジョウイという親友が黒き刃の紋章を 宿しているということ」
「そうか。・・・ユウリが追っ手から逃げるために滝つぼへ飛び込んだ話をした だろう。少年兵の生き残りは二人いた。ユウリと、もう一名。それがジョウイだ」
「そうだったのか。二人はその頃から紋章を?」
「いや、俺たちと出会ってからだ。その後ちりぢりになったりと大変だったから、 知ったのはだいぶ後だったが。二人で決めたって言っていたな」
 親友と共に対になる紋章を宿した。気になるのは垣間見た寂しげな笑顔。 それでも湧き出す清水のような澄んだ笑顔の方が印象に強いのだが。
「お前は何か?」
 顎に添えていたラウの右手の甲を、トンと人差し指と中指で叩かれて、ラウは 目線をフリックに戻した。
「ああ、うん。元々は親友が宿したいた紋章で、それを受け継いだって話のみね」
「・・・充分だろう。よく話す気になったな」
 少々驚きまじりのフリックの声に、そういえばその通りだと思った。自分から 人に話そうと思ったことなどないのに。テッドが既にいないことを先に言って しまっていたから抵抗が少なくなっていたということもある、が。
 さて、とフリックが階下に目をやる。1階に下りる途中だったのだろう。
「やっぱり、お前らどこか似てるよ。生まれも育ちも環境も、もちろん性格だって 違う。なのに不思議と人を惹きつける」
 ひとり言のようにそう残すと、じゃあ、と手を挙げて階段へ足を進めはじめた。
「フリック。ジョウイは今どこにいる?ユウリと一緒に行動しているんじゃない のか?」
 ユウリの親友。始まりの紋章の片割れを宿す者。
 振り向いた青年の表情は予想以上に苦かった。
「あいつはルルノイエにいる。ジョウイ・ブライト。・・・現在のハイランド 皇王だ」
 青空の下、少年の澄んだ笑顔の中を過った微かな翳り。
 涙から二人の兄弟が生まれた。剣と盾。そして、二人は戦った。



 小気味よい音がグレッグミンスター城内にある稽古場で立て続けに鳴り 響いていた。
「やぁっ!」
「・・っと」
 ユウリがトンファーを斜めに振り上げ、ラウが棍でそれをかわす。遠心力の ついたユウリの体が少し傾いたのをラウは見逃さなかった。ヒュッと空気が 細く縦に切られる音。
「・・・!!」
「そこまで!」
 ラウの棍術の師匠であり、現在はこの城で兵士の訓練をまかされているカイ からそう告げられ、ラウはユウリの目の前で止めた棍を引き上げた。

「3回手合わせして3回とも惨敗・・・」
 水飲み場で頭から水をかぶりながらユウリが呟くと、隣でビクトールが豪快に 笑いとばした。
「ラウ相手にあんなけできりゃあ上等だ!」
「う〜。でも仮にも僕、軍主なのに・・・」
 ラウはそんな二人を横目に見ながらカイに問うた。
「どう?」
「いや、正直驚いた。かなりの腕前だな」
 カイの顔には歳相応の皺がいくつも刻みつけられているが、眼光は獲物を狙う 鷹のごとく鋭く、人の腕を的確に見抜く。
「だね。何度かヒヤッとした」
 そう言いながらもラウの表情は涼しい。
「が、お前も想像以上に強くなっていた。嬉しい限りだ」
「久しぶりに師匠に褒められると落ち着かないよ」
「だが、お前もまだまだ伸びる。精進しろよ」
「ははは、厳しいのは相変わらずだ」
「・・・ふむ。しかし」
 カイがまたユウリへ視線を置きながら頷く。
「冗談ではなく、お前ものんびりしてられんぞ。なかなかにアレは筋が良さそう だ。少し俺が指導すれば・・・」
 呟き始めたカイにクスリと笑うと、いつのまにかフリックも交えて談笑して いる3人を眺めた。ユウリの笑顔はひどくあどけなくて、軍主という役目を 負っているというようには到底見えない。
「おい、ラウ!俺と手合わせしないか?」
 フリックがこちらを向いて声を出せば、隣のビクトールが慌てて手を挙げる。
「コラ待て、俺が先だ!俺は声をかけるためにコイツらの試合が終わるのを 待ってたんだからな!」
 子供っぽいビクトールとフリックのやり取りを後ろからおかしそうに見ていた ユウリがこちらの視線に気付き、人懐っこい笑顔を浮かべた。それに笑い返して 手招く。
「ユウリ、今日のところは帰ろうか」
「あっ、はい」
「ちょっと待てー!ラウ、俺と手合わせ・・・」
 ラウは手をひらりと振ってビクトールの言葉を途中で遮った。
「はい、黙って。僕はもう疲れた。久しぶりに全力で3試合ぶっ続けだよ。 じゃ、お先に」
 口をぱくぱくさせるビクトールと、疲れたってタマかよ、とこっそり呟く フリック、歩き出すラウの背中を交互に見て、ユウリも「じゃあ」と腐れ縁に 手を挙げてラウに続く。

 稽古場の出口まで、アレンとグレンシールが見送りにきた。彼らは 3年経ったわりに変わってないような気がする。もっとも出会った頃に比べても それほど変わりないように思えるのだが。
「ラウ殿、またいらしてください。今日は皆も一段と気合を入れて練習に 打ち込めたようです」
「うん、グレンシールありがとう」
 アレンが後ろについてきたユウリに向かって笑いかける。
「ユウリ殿も城に来られたら、是非ここにも寄ってください。先ほどの試合、 見事でした」
「あ、ありがとうございます」
 頬を赤くしてぺこりと頭を下げる。新同盟軍のリーダーだというのに、トラン 共和国の人に敬語で話されることに慣れないらしい。
「負けっぱなしでしたけど楽しかったです。次は勝てるように練習しておきますね」
 チラリとこちらを見上げながら言うので、ラウはにぃと笑んで答えた。
「そう簡単にはいかないよ」

 城を出て、マクドールの家へと並んで向かう。まだ空は明るく、辺りには子供 の笑い声が響いている。
「ラウさん。明日も時間があったら手合わせしてもらえませんか?」
 初めて会った時はのんびりと大人しい印象を持ったのだが、思いのほか 好奇心旺盛だということをこの数日間で知った。
「いいよ。僕も稽古相手が欲しかったところだし」
「ありがとうございます!あのっ、稽古相手になれるように頑張ります」
 その嬉しそうな顔から稽古好きだということが伝わってくる。もちろんそう でなければ、たとえ才能があったとしてもあれだけの腕にはならないだろう。
「期待してるよ」
 そういえば本当に試合形式の稽古をしたのは数年ぶりだったと気付く。自分の 棍をあれだけ返してくる相手と戦うのも久しぶりだった。
 ラウと対等に戦えるようになるにはまだ力が足りないが、真剣な攻撃を受け 止めることは純粋に楽しかった。カイではないが、手ほどきすれば更に伸びる だろう。面白そうだと感じて、これが育てる喜びってやつかな、とラウは 一人微笑む。
 ほんの少し前までは想像すらしていなかった、様々な出会い。目まぐるしい ほどに変化が起こったこの本当に短い期間の中で自分も少し変わったように思う。
「ラウさん?」
 ユウリが覗き込んで声をかけると、ラウはゆるりと顔を向け、そして手のひらを ぽんと軽く打った。
「ああ、それ。『さん』付けはやめようか。ラウでいいよ」
「え?と、突然なんですか?」
「ついでに敬語も不要」
「そんないきなり・・・!む、無理ですよ!」
「ビクトールやフリックには普通にタメ口で話してたじゃないか」
「それは段々とですよ、はじめは敬語でした!」
「それじゃあ僕も段々と急いでよろしく」
「えええ!?」
 嵐のようなラウの要求にユウリは困惑の顔でついてくる。そんな少年の顔を 見て、ラウは遠慮なく声を出して笑う。
「ラウさん!!」
「『ラウ』だろ」
「・・・っ、ラ、ラウ。・・・・・・さん」
「惜しい、アウト」

 自分は彼のことをまだよく知らず、彼もまた自分のことを知らない。
 いつかそれらを明かす日が来るだろうか。戦いはまだ続き、彼はこれから もっと変わっていく。そして、自分もまた、きっと。
 そんな漠然としながらも何故か確信に近い予感を抱きつつ、少し歩みの 遅れ始めたユウリを振り返った。

「ほら。行くよ」

 ラウは、ユウリの手を取った。
≪     ≫

坊ちゃんから見た2主をメインに。
次の3でラスト。次はどちらサイドというわけでもなく。ごちゃまぜ的に。

今回も長くてすみませんでした。次はいつも通りか、それより短いです!