初めて直接お会いした軍主殿は、目をわずかに見開いてこちらを凝視した。
「リドリー将軍の・・・・・・」
 ようやくそう呟いた軍主殿の、黒目がちな瞳には、こちらがハッキリ見て 取れるほどに動揺と哀しみを浮き上がらせていた。
「父は軍人でした。そしてその任務を全うしたのです。父は私の誇りです。 どうぞもうお悲しみになりませんように」
 私の言葉に、彼の頬はピクリとひきつらせるような反応をした。



 新都市同盟の盟主ユウリ殿の話は、いつも父からの手紙でどこの情報よりも 早く私の元に届いていた。

 3種族が同じトゥーリバーに棲みながらも、決して相容れず敵視すらしていた 頃、同盟軍への協力を請いにやってきたユウリ殿を父は一笑したという。
 その時私は留学中でトゥーリバーを離れていたが、休暇で戻って話を聞いた 時には私も父と同じ意見を持ったものだ。

 新しい同盟軍と旧い同盟軍に何の差があるというのだ。単に指導者を変えた だけではないのか。同じ種族である人間の考えることに大きな変化があるとも 思えず、まして異種族間の問題は根深くそう簡単に変わるものではない。
 コボルトと人間とウィングホードが手を取り合うなど、まったくの世迷言だと 思った。
 現実を知らない、無謀な理想のみを掲げた幼いリーダーの率いる同盟軍。 話にならない、と怒りすら込めて父は吐き捨てた。
「・・・・・・しかし。こうなることは当然予想がついたはずだ。それなのに 何故リーダー自らが赴く?それすらも想像がつかなかったほどに愚かな者たちの 集まりなのか・・・もしくは・・・」
 その続きが語られることはなかったが、それは私も少なからず感じていた。
 聞くところによると、リーダーは15歳前後の少年であり、率いてきた人数は なんと女性も含めてたった6人だったという。こちらをなめているのか、それとも 誠意を見せようとしたというのか。
 実際にその少年に会っていない私にはその姿 すら想像しかねたし、父にわからないことに私が答えを出せるはずもなかった。
 そして私は多少気になりながらも、トゥーリバーを後にし再び留学先へと戻った のだった。



 父から私宛にその手紙が届いたのは約4週間後のことだった。

 そこには同盟軍に協力すること、トゥーリバーの3種族間で和解がなされた ことが短く書かれてあった。
 そして、自分にもしものことがあれば代わりを務めるように、と書き 添えられていた。

 私が驚いたのは言うまでもないが、それでも父の言うことに間違いはないと 信じていた私は迷うことなく全てを受け入れることにしたのだった。
 学校へ一連の出来事を伝えると、私はすぐさま父の元へと戻った。 手紙には詳しくは直に話したい、とあったからだ。
 軍人に余計な言葉はいらないという信条を持つ父がそのように言うのは非常に 珍しいことであった為、父を動かしたのが何なのか、私は緊張すら覚えながら 帰途についた。

 一年で一度会うか否かの生活を送っていた私たち父子にとって、この再会は むろんお互いに予期していなかったことだった。私は少し気恥ずかしい気持ちが あったのだが、父はそんなことはおかまいなしに、それどころか再会を喜ぶ時間 を惜しんで事の顛末を話し始めた。
 語られた出来事は多少なりとも想像していた私にさえ衝撃を与えるに十分 だった。

 その少年はトゥーリバーのそれぞれの住民からそれぞれの非難と嘲笑を 受けたにも拘らず、怒ることも嘆くこともしなかった。一方的な言葉を聞きつづけ、 それでも決して諦めようとせず、辛抱強く通ってきたという。
 そしてとうとうハイランドからの攻撃が始まった時。逃げて当然であろう シチュエーションにありながら、少年とその一行はトゥーリバーを 守ろうとしてくれたのだと。
 最後に、自分は彼に命を預けるつもりだ、と語った父の目には、固い決意と 熱い希望の光が宿っていた。その父を見て、私もまたそうあろうと心に誓った のだった。

 私はその後、父とも相談して再び学校生活へと戻ったが、父からの手紙は それまで以上に頻繁に手元に届くようになった。
 内容は軍の現状などの仕事絡みのことがほとんどであったが、必ず軍主殿に ついても述べられていた。
 それはどんな出来事があった、どんな言葉を交わした、 どんな戦いを共にした、というようなごく短い文章で綴られたものだった。
 しかしそれはまるでたどたどしい日記のようでもあり、つい私は軍主殿に お会いしたことはないのに、父の手紙を通してまるで彼を知っているかのような 錯覚に陥ったりした。

 実際、いま私は初対面にもかかわらず、目の前の軍主殿に親しみを感じていた。
 この出会いは自分にとって希望した形ではなかったのだが。
 そして、たぶん彼にとっても。



 ユウリ殿は何かを言おうと口を開きかけたが、喉を詰まらせるようにクッと 鳴らせると、唇を噛みしめ俯いてしまった。
 私にとって父の死は当然悲しいものであったし、涙も流した。 が、それにおぼれてしまうことは自分自身が許せなかった。 何より父の想いを継ぐことが私にとっては重要であり、また心の支えとなった。
 伝えるべきことを口にした私は、目の前の光景にどう反応してよいかわからず、 ただ立ち尽くしていた。
 と、少年が顔を上げた。その瞳にはもうついさっきまでの感情が溢れ出し そうな色がなかったことに私は内心驚いた。
「・・・リドリー将軍が仕えてくれたことは、僕にとっても大きな誇りです。 彼には本当に感謝しています。言葉にはできないくらい・・・心から」
 ゆっくりと語る彼の様子は、強い気持ちで暗く渦巻く思いを押さえ込み、 軍主たる責任を果たそうとしている、私の目にはそう映った。
 そのような少年の姿は痛々しくはあったが、同時に頼もしくもあった。
「もったいないお言葉です。父も喜ぶことでしょう」
 黒目が僅かにゆら、と揺れて目が細められる。
「・・・ボリス殿、僕たちには貴方が必要です。どうかお力を貸してください。 ・・・・・・僕は」
 そこで彼は一度言葉を切ったが、何かを振り切るように小さく頭を振った。 そうして向き直した顔には静かだが強い決意が表れていた。
「僕は、貴方とリドリー将軍の忠誠心に報いれる軍主になります」
 高くもなく、低くもない、凛とした声。その言葉には約束というよりも誓いの響きがあった。
「私は貴方に仕える為にここに来ました。親子二代仕えることのできる主を 得ることができたのは、私にとっても父にとっても喜びです」
 頭を下げようとしたところ、軍主殿は嵌めていた皮手袋を外し、包帯の巻かれた手を 伸ばしてきた。
「は」
「どうかよろしくお願いします、ボリス殿」
 呆気に取られたまま、促される通りに手を出した。私の手を始めに右手で握り、 その上に左手を置くとこちらを見上げた。
「来てくれて、本当にありがとう」

 そう述べる少年の顔は確かに微笑んでいたのに、何故だか私は一瞬彼が泣いて いるのかと思ってしまったのだった。

思いがけず長くなってしまいました・・・。初の一人称。
出会い編。ボリスから見た2主という形で。
ティントイベント、好きです。切なくなるので。ちょっと2主の拒否回数が しつこいですけど(笑)ナナミの行動と、2主の最後シュウに殴られるところ がたまりません。

2主のリドリーに対する気持ちは早々簡単には割り切れないと思うのです。 でも、それはボリスに決して言ってはいけない。

2は1より時間が経っています。戦場にて。