その日は、盛大な祭りだった。
老いも若きも、日頃の労働を忘れて大いに喜ぶ。
あるいは、過去の混乱の最中に逝ってしまった者を静かに偲ぶ。
その全ての感情の中心に居るのは、一人の少年だった。
喜びも感謝の念も悲しみも――あるいは憎しみも、全ての感情が、彼の元へと向かっていく。
ところがその少年は、そんな騒ぎの中心には居なかった。
「は?いない?」
素っ頓狂な声が室内に響く。
声の主――シーナは、もう一度自分に驚きの報をもたらしたこの部屋の主――シュウを見て、「本当にいないのか?」と問いかけた。
「ああ、いない。ついでに言うなら、いないのは三日前からだ」
平然と答えるシュウの様子から考えるに、突然いなくなった訳ではないらしい。シーナと共にここを訪れたシファが、シュウを覗き込む。
「あの子は、何と?」
「…どうしても、今日という日を迎えたい場所があるそうだ」
シュウの言葉に、シーナとシファは、共に来ていたルックと顔を見合わせた。
「…あそこ、かな」
「だろうなぁ」
「あのさ、いいわけ?あれ外に出しといて。式典とか、あるんじゃないの?」
最後のルックの言葉はもっともだったから、再び三人揃ってシュウを窺う。
「式典には出ると仰っていた」
「出るって言ったって」
あの場所からここまではとても一日で移動できるような距離ではない。
普通なら、間に合わないと思うのだが。
「その件に関して、あの方から言付けがある」
「言付け?」
シュウは、無表情のままさらりと続けた。
「なんでも、『きっと、迎えに来てくれると思うんだ♪』だそうだ」
「…………」
普段笑わないような男がいくら真似とはいえ語尾を弾ませるのはどうかと思ったが、ともかく。
さらりと言われた内容に、暫し沈黙して。
それからシーナとシファは、ゆっくりと風の魔法使いを振り返った。
「なるほど、そういう手があったか」
「だってさ、ルック」
「ちょっと、どうしてそこで僕が協力することになってるのさ。そもそも、僕が来てなかったらどうするつもりだったんだ」
「きっとルックは来てくれるって信じてたんじゃないのかな」
「そうそう。お優しいルック様なんだし」
「喧嘩売ってる?シーナ」
「肉弾戦ならOKだぜ」
「じゃあ敢えて魔法合戦で」
「えー」
「ほらほら二人とも、話の収拾つかなくなるからそこら辺でやめときなよ」
穏やかに微笑みながら言うシファに――それでもどこかその微笑に強制力があって――シーナとルックはぴたりと舌戦を止めた。
場が収まったことに満足して、今度はにっこりと極上の笑みを見せる。
ということで、とルックに向き直った。
「それじゃ行こうか、ルック」
「…やっぱり行くわけ?」
笑顔できっぱりのたまう麗人に、言われた方の麗人はそれは嫌そうな顔をして。
傍観しているシーナはニヤニヤ笑っているし、シュウは相変わらず何も気にしていないように見えて、風使いの不機嫌度は増すばかり。
しかし、実は選択肢がないということもわかっていて。
「…………わかったよ。行く。行くけど、アンタ達もついて来る訳?」
人数多いと疲れるんだけど、と言ってはみたものの、どうせついて来るんだろうということはルックにはよくよくわかっていた。
シュウの表情が、なんとなく諦めろと言っているような気がしてきたが、本当の所はわからない。自分はシュウではないのだから。
果たして。
「ルック、連れてってくれないの?」
「頼りにしてるぜ、ルックさん」
何を今更、と言ってくる二人組に、ルックは小さく溜息をつくしかなかった。
どうしても、今日という日をここで迎えたかった。
三つに増えた墓に手を合わせて、目を閉じる。
「…あれから、もう一年が経っちゃったんだよ。早いよね」
そう言って、笑いかける。
沢山のごめんなさいと、沢山のありがとうを繰り返して。
家を後にして門の外に出たら、そこには三人のお客さん。
サヤはぱっと嬉しそうに笑って駆け寄ろうとしたが、お客のうち一名がすこぶる機嫌が悪そうなことに気付き、笑みの種類をばつの悪いものへと変えた。
「えーと…やっぱ、怒った?」
それに答えたのは本人ではなく両脇の二人。
「怒ってないと思うよ、大丈夫」
「効果的なルックの頼り方だと思ったぜ、俺は」
「……本当?ルック」
首を傾げて覗き込んでみる。いつだったかシーナに、「相手を頷かせる効果的な仕草」というものを伝授されたことがあった。試してみたら割りと的中率が良かったので今回も使ってみる。
ルックは小さく溜息をついて、別に怒ってないけど、と言った。成功。
サヤは安心したように笑った。
「来てくれてありがとう」
「そりゃあ、祝う本人がいないんじゃ、迎えに行かなきゃだろ?」
「わざわざ来て何もしないで帰るのは御免だったからね」
「せっかく久しぶりに集まったんだし、ねぇ」
嬉しそうに微笑んで、シファが手を差し出してくる。
帰ろうか、の意思表示。
そうだ、『帰る』んだ。今の『家』に。
「不思議だよね」
「何が?」
首だけ後ろの家を振り返って出し抜けにそう言ってみると、案の定問いが帰ってきた。
「ここにはもう帰らなくて久しいのに、一度足を踏み入れてみると懐かしいも何も感じなくて。まるで今までずっとここで生活してきたような気にさせられるんだ」
時の流れなんて感じない。自分の感覚は最初にこの家を出たときに立ち返る。
実際にはもう迎えてくれる人も、生活の跡も、無くなってしまったというのに。
「生まれ育った家なんて、そんなものだよ」
柔らかい言葉に顔を戻すと、シファが優しい笑顔を向けてくれていた。
「ほら、僕も君と初めて会ったときに三年ぶりに家に帰ったじゃない?でもやっぱり三年ぶりとか、何も感じなかった。足を踏み入れる直前はいろいろ考えてたし、感慨深く思ったりもしたよ。でも、一旦家の中に入ったら、そんなの全部消えて」
「そうそう。きっと体全体で、覚えちゃってるんだよな。ここが自分の場所だって。だから理屈も何もなくて、ただ当然のように受け入れる」
言葉を引き継いだのは、今や自他共に認める放蕩息子。
「…シーナに同意するのは癪だけど、確かに理屈じゃないんじゃないの。だから、ウダウダ考えても時間の無駄」
ルックが締めくくって、発言権をサヤに返した。
返された本人は三人の言葉を反芻する。
「理屈じゃないって言葉、問題放り投げてるだけにならない?」
「全てを理屈で埋めようとするのはナンセンスだと思うけど?」
「そっか」
問いを更に重ねて、ルックからすかさず帰ってきた言葉に可笑しくなって笑う。
自分の中にすとんと落ちてきた言葉は、頭のどこかにぴたりと嵌った。
「そろそろ本当に帰らないと、式典に間に合わなくなるよ」
「あ!そうだった!お願いルック!」
「全く、僕は便利屋じゃないんだけど」
「どうせ祝う気で来たんだから、快く飛ばしてやれって」
シーナが言い終わらないうちに、四人の姿は風に溶ける。
今の家へ。
建国一周年の記念式典には、かの戦争の英雄であり、初代国王でもある人物が演台に立っていた。
国王は祈りと誓いの言葉を口にする。
国が栄えていくことを。平和が続くことを。
永久の平和を。
それはとても儚い願いかもしれないけれど。
e n d
フリー万歳…!
2主が国王ーvそして2終了後だというのに坊ちゃんとシーナとルックが揃ってますね!ああ、なんでこんなにじ〜んときちゃうんだろう・・・!
オマケに宰相様までいらっしゃるじゃありませんか。2主をはじめ、この3人ともうまく付き合ってらっしゃる様子。ふふふふ。(嬉しいらしいです)
これからも影ながら応援しております。今回も素敵な4人をありがとうございました!!