ことり、と窓の外で音がした。
 いつもの様に部屋で仕事をしていたサヤは、その音を聞きつけて窓を開けてみる。
 バルコニーに、紙に包まれた小さな石が落ちていて。

 包み紙に書かれていた内容に、小さく笑った。



 月見酒



「お、来た来た。ちゃんと気付いたな」
「わざわざあんなことしなくても、普通に呼びに来れば良かったのに」
「あの方が面白そうだったから」
 ご機嫌なシーナに適当な返事を返し、隣に座る。
 真夜中の城の屋上には、当然自分とシーナ、ルックとシファしかいない。


 空を見上げると、闇の中に大きく輝く満月。


「うわ…今日は一段と綺麗だ」
「雲も少ないし、空気の濁りも少ない。月見酒日和だと思うよね」
「全く、結局酒に行き着くんじゃないか」
「いいじゃない。酒は美味しく飲むものだよ」
 サヤの感想にシファが嬉しそうに笑って、ルックがいつもの様に悪態をつく。


 いつもの光景。なのに。

 それがどこか特別に思えてしまうのは、月の為せる業なのだろうか。



「なんか、いつもより膨れて見える。重そう」
 杯を傾けながらサヤが言うと、他の三人も同様に頷いて見せた。
「軽く圧迫感、感じるよな」
「だから綺麗に見えるのかな」
「…そうかもしれないね」
 ルックが最後に頷いて、各々月を見上げる。
 しばらくして、シーナがニヤリと笑って階下の物体を指差した。
「軍主様の像、照らされていい具合に光ってるな」
「え?…あぁ、本当だ。やっぱりあれ、恥ずかしくない?」
 身を乗り出してそれを見て、眉を顰めるが。
「そんなこと無いよ。皆が君に敬意を表して作ってくれた物が輝くなんて、素敵だと思わない?」
「そう…ですかね」
「もちろん」
 シファが言うと、それが本当だと思えるから不思議だ。

「…トランの自分の像には凍り付いてたくせに」
「何か言った?シーナ」
「いいや、何も全く」
「嘘つき」
「黙っとけルック」

 うっかり漏らした失言を耳ざとく聞きつけた二人を宥め、シーナが二本目の瓶の蓋を開ける。
 それを見て、ルックがあ、と小さく声を上げて自らの荷物の中からオレンジをいくつか取り出した。
「忘れてた。たまたまいいオレンジ見つけて。今日酒飲むなら使おうかと思ってたんだ」
 艶やかな果物の色に、他の三人は思わず拍手を送る。
「ナイス、ルック!結局お前も乗り気だったんじゃないか」
「うるさいよ。どうせ使うなら有効活用しようと思っただけ」
「今日くらい素直になれって」
「シーナ、そんなに切り裂かれたい?」
「謹んでお断りいたします」
 顔の前で手を合わせて慇懃に頭を下げてみせるシーナの横で、サヤが嬉しそうにオレンジをひとつ手に取る。
 なんとなく月の光にかざしてみると、丸い縁が光を反射して、綺麗に光った。
 それはまるで、月が太陽を覆った時の金環。
「早速使っても良い?」
「好きに使いなよ。そのために持って来たんだから」
「やった!ありがと、ルック」
 サヤは数本ある酒瓶の中から一番合いそうな物を選び、自らの杯の中で搾ったオレンジと混ぜ合わせる。
 シファがそれを覗き込み、感心して、サヤに微笑みかけた。
「綺麗な色になったね。美味しそう」
「ありがとうございます。シファさんのそれは?それも綺麗ですね」
「そっちの酒を使ってみたんだ。当たりだったみたいだ」
 お互いにね。
 シファがそう言ったのを合図に、二人で笑い合った。


「次は何だろ。また月見か、雪見か、花見か」
「また酒かい。しかも季節ばらばら」
「何にせよ、また近いうちにできたらいいね」
「そうですね。こうやって外で飲むのも、楽しい」


 綺麗な月と、酒と。少し贅沢な一時。
 穏やかな夜は、更けていく。


 そして。


 時代の流れは、過酷なものへと加速していく。
e n d

「水と泡と」様から頂いてきてしまいました。
1万打お礼小説ということでフリー配布されていたのです。柚季様の坊ちゃん・2主・ルック・シーナですよ、酒飲んでますよ!(酒好きの4人ってところが更にツボです)即お持ち帰りです。
柚季様の書かれる4人組がとっても好きです。遠慮のない言葉の中にも親密さがにじみ出ていて・・・。
4人の間で交わされる何気ない普通の会話に幸せを感じてしまいます。
素敵な小説を置いてくださってありがとうございます!