5人集まるにはやや狭い部屋の中、それでも大きめのテーブルに地図を広げ、
部屋の主である軍師シュウをはじめ、軍主ユウリ、トランの英雄
ラウ、そして副軍師のクラウスとアップルがその周りをぐるり囲んでいた。
地図を囲んでのミーティングを一旦終え、クラウスとアップルの2人が用意
してきたお茶とお菓子を前に、数日前に終えてきた遠征について、討論という
レベルではなく、世間話程度の話題をぽつぽつと語っていた。
「そういえばクラウスっていい声してるね」
唐突ともとれるラウの言葉に、カップを持つ手が各々止まった。
当の本人クラウスも何故自分の名前が出てきたのか理解できずポカンとしている。
ユウリが何の話?とクラウスに首を傾げるという仕草で尋ねれば、クラウスは
わかりませんと、やはり首を振る仕草で答える。
ラウはといえば言いたいことを言って満足してしまったのか、続きを黙して
紅茶を口にしている。
シュウとアップルはそれぞれ2人に特別な接点があっただろうかと思いを
巡らせているようで。
痺れをきらしたのはユウリだった。
「えーと、ラウ。自己完結してしまわないで僕らにもわかるように言ってください」
中途半端な丁寧語でそう話しかけてきたユウリに、ん、と顔を上げて、
「だからクラウスがいい声だって話。別に突飛な話題じゃないだろ?この間の
遠征の話をしていたんだから」
至極当然のことのように言う。
確かについ5日ほど前に帰ってきた遠征についての話をしていた。だがそれと、
クラウスの声がどう結びつくのかがわからない。
突飛です、と返したくなる口をなんとか閉じて、再び考えることにする。何か
忘れているに違いない。
「あっ」
アップルが弾かれるように顔を上げた。
「後発隊としてラウさんとクラウスさんが一緒に行動したときが一度だけ
ありました」
「えっ。あったの?ラウはずっと僕と同じ先発隊にいたとばっかり・・・」
ユウリが驚きに目を丸くすると、ラウは顔を顰めた。
「気付いてなかったんだ?」
「え、ちょっと待って、いつ?そんなことあったっけ?」
ラウは遠征にも呼ばれることがあったが、その時もユウリと共に行動すること
を基本としていた。そうでなければ自分がここにいる理由にならない、と言う
のである。
その為、別行動をする時には事前にラウ本人は勿論、ユウリにも打診される
ことが常であった。
今回、そんな報告を聞いた覚えのないユウリがアップルに目で助けを求めると、
その勢いに押されるように彼女も慌てて答える。
「あのっ。ほら、竜口の村付近を出発した際です。出発してスグにラウさんが
ビクトールに呼び止められて。そのまま後発隊と一緒に出たんです、確か。
早いペースで進んでましたから、1時間半程度で次の目的地である野営予定地に
着いたはずです」
「アップル、ご名答」
ぱちぱちとラウが小さな拍手を送る。
「あー・・・あの時。そうだったんだ。もービクトール〜」
ユウリはようやく納得するが、気付かなかったことをこの場にいないビクトール
の責任にするかのように彼の名を呼ぶ。もちろん冗談のつもりだが。
「ビクトールか。ややこしいことを・・・」
こちら、正軍師の声に冗談の色は全くない。
「それにしてもどうしてクラウスの声?別に今回の遠征で初めて話したわけじゃ
なし」
2人が行動を共にしたという事実は把握できたが。
「それは普段の会話のことだろ。僕がいま話しているのは、みんなの前で指示を
出している時の声」
まだわからないのかとほんの少し呆れたように一同を見渡したラウに、その
場にいたクラウスを除く3人はようやく合点がいって頷いた。
「クラウスの声かあ!うん、角のないクリアな声質っていうか。でも少しソフト
で耳なじみがいい感じ。僕が初めてクラウスのそういう声を聞いたのって、まだ
敵同士だったときだ」
「・・・え」
なんだか途方にくれた様子をしていたクラウスがユウリの言葉にようやく
顔を向ける。
「ほら、ラダトをハイランドが占拠するっていう時」
「ああ、あの時・・・」
ユウリがクラウスを指差せば、クラウスも思い出したと頷いた。そういえば
言葉を交わしたのもこの時が最初ではなかったか。
「初めて見たのはトゥーリバーだったけど。クラウスの第一印象、怖い人だった
なあ」
くすくすと笑う。
「私、ですか?父上ではなくて」
「クラウスだよ。キバ将軍は・・・とても大きな人だという印象だった」
「将軍たるもの、という理想像のような方ですな」
口を挟んできたシュウにユウリはチラと人の悪い笑みを返す。
「シュウもよく怖いっていうイメージ持たれるけど、そのまんま怖い人だよねー」
「望むところです」
ちっともダメージを受けない軍師に、軍主は小さく舌を出す。
「・・・実際のところ、静かな人ほど恐ろしいというのはあると思うな」
やんわりとラウが脱線しそうになった話の軌道修正を図る。
「あっ、そう、それ。淡々と話すんだもん、これからハイランドの支配下に
置きますって。あれじゃハイとしか言いようがないっていうか」
「いや、軍主、それは困るよ」
思わずラウがつっこむ。が、ユウリは肩を竦めて笑った。
「ラウだって言われてみたらわかるよ、きっとそう思う」
「ふぅん・・・。じゃあクラウス。やってもらおうかな?」
と、言って、期待を込めた目をクラウスに向けた。
「えっ?ええっ、じゃあと言われましても!?」
慌てふためくクラウスをアップルは気の毒そうに見やって、それからシュウを
見上げる。彼女の視線に気付いたシュウは、ただ小さく首を振った。
関わらないほうがいい。そう、意を汲んだアップルもまた、小さく頷く。
「あ、思い出した。クラウスに声をかけられたとき、本当は止まるべきじゃなかった
と思うんだけど動けなかったっけ。フィッチャーが後ろで泣きそうになってた
のを覚えてる」
「フィッチャー・・・ああ。彼は面白い人材だな」
ラウがフィッチャーなる人物を思い出して感想を述べると、シュウも同意を示した。
「ええ。彼はみかけによらず使える人間ですよ」
「へえ、珍しい。シュウが素直に人を褒めるなんて」
どこかからかいの混じったユウリの口ぶりにもシュウは眉一つ動かさない。
「彼の場合は出来そうに見えないところが短所であり長所でもありますがね。
それでも頭のキレる人間には違いない」
フィッチャーが必要な人材であるという認識はユウリにもあるため、それ
以上は慎む。
と、じっと考えこんでいるクラウスの姿が目に入った。
「どうしたの?」
「・・・あ。いえ。あの時・・・ユウリ殿と、ナナミさん。それからビクトールさんが
いらしたのは覚えているのですが・・・。フィッチャーさんもいらっしゃったの
ですか?」
一瞬の間。
最初に吹き出したのは誰だったか。
「あっははは!!いたよ、いたー!」
「くっくっく、言うね、クラウス」
「・・・確かに存在感の薄い男ではあるが・・・っ」
「そ、そんなに笑っちゃ失礼ですよ・・・!ぷっ、くくっ」
笑い渦巻く中。
笑えない人間が、1人。
しまった、と内心思った。
なんてことを軽々しく口にしてしまったのだろうと、後悔が後から後から
押し寄せてくる。自分の発言がどんな結果を呼び寄せるか想像ができない
ようで軍師が務まるだろうか。答えは否。
(・・・・・・。自問自答している場合ではないし、自分のことはどうでも良い。
そんなことよりも今は)
正軍師と、同僚である女性は心配ないだろう。だが。少年2人の瞳が生き生きと
しすぎている。
「・・・失言でした」
「うん、本当に覚えてないだけだよね。だって初対面だった上に、街の人たち
だって大勢いたんだし」
ユウリは頷きながらもお腹を抱えて苦しそうに笑っている。
「そうそう、クラウスに非はないさ」
「その言い方!じゃあ誰に非があるっていうのさ」
「それを僕に言わせるか?」
ああ。冗談が冗談に聞こえない。
ケラケラと明るい笑い声を立てる2人の前で、みるみる青くなっていく青年。
「・・・ごほん。ユウリ殿、ラウ殿。そろそろご容赦願います」
さすがに自分がいつまでも笑っていては示しがつかないと思ったのか、
シュウが年少2人を諌める。
「はい」
返事は良いものの、互いに掴みあった肩は震え続けている。
さてこれはどうしたものかとシュウが思案していると。
「あ、あの・・・。ユウリ殿、ラウ殿!」
クラウスが少し勢いをつけるように声を上げた。
真剣な青年の様子に笑いはピタリと止む。
「本当に私が悪いんです。ですから、これ以上フィッチャーさんのことは・・・。
お願いします」
もともと白い顔をさらに青白くして、困りきった表情で懇願され。
「はい」
2人揃って素直に頷いた。
「猛獣使い・・・」
小さくシュウの口がそう動いたのに気づいたのはやはりアップル。しかし
あらゆる可能性を考えるなら、反応を返すことは賢明と思えなかった。アップルは
残念ながら聞こえなかったフリに徹することにする。
「いま。シュウなんか言った」
耳ざとくユウリが聞き取り、シュウを見上げる。
アップルが自分の選択に心の中で盛大な拍手を送っている隣で、シュウは平然と
軍主の呼びかけに答える。
「ええまあ。ただ驚いただけですよ。何事においても今のように素直に聞いて
くださるといいんですけど」
「心外だなぁ。僕がいつシュウに反抗した?」
「あなたは相当な頑固者ですよ」
ユウリは肯定も否定もせず、肩をひょこりと上げて応える。
と、その肩に隣から手がぽふりと置かれた。見てみるとなにやら思案顔。
「ラウー?」
首を倒して尋ねてみるが、こちらを向いてはいなかった。しかし一人
納得したかのように頷くと、ようやくユウリの顔を見た。
「ユウリ。今の新鮮だった。さっきユウリが言ってたことがわかった気がする」
軍師一同は、この人はまた何を言い出したのだろうと訝しげな表情を浮かべた
が、ただ一人名を呼ばれた少年だけは嬉しそうに笑って応えた。
「やっぱり!?ラウもそう思った?」
「思った」
「思った!」
手を取りあって異様な盛り上がりを見せ始めた少年ふたりに、軍師トリオは
本能から後ろに下がった。温度差のありすぎるこの空気は不安しか呼び起こさない。
次の瞬間、嬉々とした二つの顔がクラウスへ。
「指示して、クラウスっ!」
「もう一回!」
「え、えええー!!!?」
「あなたたちっ。クラウスで遊ぶのはよしてください!有能な部下をなくしたくありません!!」
「兄さん、その言い方もどうかと思います・・・」
アップルのツッコミは正しいものの、シュウ正軍師の言葉のおかげで年少組
の勢いが止まったのは事実。
しかし、その後クラウスがピンクの幻影に追いかけられるのとは別に、時折
一つ、ないしは二つの熱い視線を感じるようになったとか。
どうやら野望は潰えていない様子。
e n d
裏葉碧十様へ。
7777HITのご報告と、リクエストありがとうございます!
小説で「Wリーダーと軍師の誰か」というリクいただきました。
誰か、という素敵選択幅に、誰にしようか考えた挙句が3人になってしまいました。
・・・人数多!!す、す、すみません、なんかまとまりが・・・あわわわ。
し、しかもどこか副軍師中心?いや、副軍師いじめというか。
このWリーダー揃うとつるんでしまってなんだかタチ悪いですね。(ヒトゴト
のように!)
こんな「Wリーダーと軍師S」になってしまいましたが、宜しければお納め
ください!
まったくもってハリキリすぎて空回ってます。
でもリクいただけて嬉しかったです!本当にありがとうございました。
また懲りずにおいでいただけると嬉しいですv