「ラウ。何見て・・・なんだ、あいつらか。お子様は元気だなー」
頭上からの声に、ラウはちょっとだけ反応を示すと、窓辺についていた肘を
離して場所を空ける。
当然のように青いマントが横に滑ってきて、壁にもたれかかるようにしながら
雪で真っ白な中庭を覗きこんだ。雪に反射した光がまぶしくて片目を僅かに細める。
「ルックに聞こえてきたら切り裂き決定だよ、フリック」
ラウがちらりと目線を上げて笑いかければ、聞こえないから言ったんだと
返ってくる。
「しかしルックがあんなことするなんて珍しくないか」
「珍しいっていうよりもルックがやりたがると思う?」
「うん?」
二人が窓から見ている光景。それは、この城の城主ユウリと、石板の番人ルック
の雪を投げ合っている姿だった。
誰が見ても間違いなく、雪合戦と呼ばれるもの。
「ちょっとそこ」
低くもなく高くもない。少し硬質な声が白に埋め尽くされた中庭に響いた。
庭の真ん中辺りに並んだ針葉樹林の下、置かれた三人掛けのベンチで、その声
に反応したものがひとつ。
あさっての方向を見ていたユウリは耳に入ってきた声に気付いたものの、自分
に向けられたものかどうか迷った。大体、それは人に対してかけられる言葉
だろうか。
しかし、この場所にいま声をかける対象がいるとすれば、それは自分に他
ならなく。
嫌な予感というには確信に近いものを抱きながら、ユウリはベンチに腰掛けた
まま恐る恐る振り返った。
「・・・ルック〜」
やはり。バチリと目が合い、果たして予感的中となったのだった。
「一応聞くけど。僕に言った?」
ルックは渡り廊下から出入り口の際に立っていて、中庭には出ずに少しでも
外気から身を守ろうとしているように見える。ご丁寧に肩の上からは、薄手だが
膝のあたりまである大きめの布をかけて、しっかりと両腕を抱えていた。
「頭を冷やしたところで、脳の動きは良くなっていないようだね。君以外に
誰がいるっていうのさ」
「寒さで体は縮こまっても舌の動きは絶好調だね、ルック・・・。
相変わらず口ばっかり悪いんだから。ま、いいや。僕に何か用があったの?」
言った後、いつもは自分がルックに言われる言葉だと思い出し、なんとなく
居心地が悪くなった。ルックも同じように感じたのか、顔を顰めてみせた。
「・・・別に」
「よ、用もないのにヒトを『そこ』呼ばわり・・・!」
がくりと深く頭を垂れる。
「ルックの心無い一言に僕の静かな場所と時間は破られたわけ?ありえないよー」
へなへなとベンチに手をつくと、積もった雪に手首まで埋まった。
「ありえないのは君だろ」
「何が。っていうかやっぱり用があるんじゃないか」
「用なんて立派なものはない。通りすがっただけだ」
「あーもう、いいから言ってよ。そんなところで止められると気持ち悪い」
「じゃあ言うけど」
「うん」
「君、一体いつからそんなところにいるわけ」
「・・・はい?」
質問されるとは思わなかった。
が、とりあえず質問に答えるべく空を仰いでみれば、うす曇の空からぼんやり
と縁取るように見える太陽の位置は、来た時からそれほど変わっていない気がする。
「えっと。時計を見てたわけじゃないからなんとも・・・。どうだろ、小一時間
ってとこかな」
「・・・誰がバカ正直に答えろって言った」
「え、ええ?ルックが聞くから答えたんじゃないか。ちょ、ちょっと待って、
一体何が言いたいの?」
ルックの言葉に翻弄されていたユウリは突然冷静さを取り戻した。
さっきから支離滅裂なのはルックであり、それにまともに受け答えする方が
間違っている。そんな考えに行き着いた途端、ユウリはにわかに不機嫌になった。
が、それに輪をかけて眉間の皺を深くしたのはルックだった。
「わからないほうがおかしくない?キミ、この寒空の下、その軽装で!正気の
沙汰と思えないよ!!」
ユウリはぽかんとして、それから自分の姿を見下ろしてみた。部屋へ戻るところ
だったからコートは着ていなかったが、シャツの上から少し分厚い生地で仕立て
られたジャケットを重ねて、きっちりと首元からボタンをかけてある。パンツも
ジャケットと同じ生地で作られたもので裾は開いているけれどブーツを合わせて
いるのでそれほど寒さは感じない。
ベンチに座る時には自分が腰掛ける部分だけは簡単に雪を払ったし、それに
風は元からほとんどなく、今は雪もやんでいる。
「・・・指摘されるほど軽装でもないし、そんなに寒くもないよ」
「見てて寒いんだよ!!」
それじゃあ見なきゃいいのに、とは心の中で呟く。
それよりもいつの間にか中庭に出てきたルックに気がそれた。ざくざくと
大げさなほどに音を鳴らせながらこちらへと近づいてくる。
あたたかい城内から出てきたせいか、より一層腕に力を入れて自らを
抱え込んでいた。肩にかかっていた布はなくなっていたので渡り廊下に置いて
きたのだろうと推測する。確かにこの場所を歩くにはあの布は邪魔にしか
ならない。
「帰るよ」
未だにベンチに座ったままのユウリの手を取る。
手袋もせずに外気に対してむき出しになっていた肌は勿論冷たくなっていて、
ルックは思わず掴んだ手を離した。
「うわぁ、露骨!」
からからと陽気に笑う少年をルックは睨みつける。
「うるさいな。君が悪いんだろ?どんな神経してるんだよ、こんなになるまで
外にいるなんて」
「ずっと外にいるつもりなんてなかったよ。でも別にこれくらいなら平気だな」
やはりけろりと答えるユウリにルックは白い息を盛大に吐き出した。
「君には何を言っても通じないみたいだね。気にした僕がバカみたいに思えて
きたよ」
「あ。ごめん。そっか、気にしてくれたんだ」
嫌味と自分への皮肉を込めた言葉は、ユウリにまっすぐ受け止められてしまった。
素直に驚きの目を向けられ、ルックは気まずさから言わなければ良かったと後悔
した。が。
「でもルックは寒がりだね」
頭が真っ白になったのはほんの一瞬。次の瞬間、頭の中でプツンと何かが
弾けた。
「ね、とかわかったように言うな!僕の反応が普通だろ!」
「そうかな。今年は暖冬じゃない?」
答えてくるユウリの平然とした態度が妙に気に障る。
「暖かくても冬なんだよ!わかってる!?」
さすがにユウリも喧嘩を売られているのだろうかと思い始める。なんだか
よくわからないが、責められっぱなしというのも気に入らない。
「・・・普通は暖かい冬だと思う」
「屁理屈なんて生意気な」
「どっちが屁理屈!?」
「ホンットに心配して損した!風邪でもなんでもひくがいいさ!」
「ルックに心配されるほどヤワじゃありませんっ!」
いつのまにかユウリはベンチから立ち上がり、ルックもまた歩を進め、
二人の距離はすでに1メートルほどになっていた。
ふっ、とルックが鼻で笑った。それは明らかにバカにしている笑い方で。
「バカは風邪ひかないって言うけど、バカは風邪をひかないとわからない、の
方が正解かもね」
「うっ。そりゃあ風邪をひくことなんて滅多にないけど・・・でもそれは寒さに
慣れてるからだからね!」
「ふぅん、やっぱり」
「何がやっぱり?ちゃんと僕の言ったこと聞いてる?」
無表情にすいっと顔を背けて、聞いてません、とわかりやすく示す。カチンと
くるが、口を開く前に少し考える。
「・・・ルックは風邪ひきやすそうだね」
その言葉に何を感じ取ったのか、ルックは黙った。
「体、鍛えた方がいいよ?接近用武器なのに、いつも後方支援に回っちゃうし」
「・・・僕は魔法が得意なんだから当然だろう」
「接近戦が苦手とも言うでしょ」
「減らず口を」
「どうとでもいいなよ、僕はルックよりバランスいいもんね」
ユウリも負けじと言い返す。事実、その通りであった。輝く盾の紋章を手に
するまで紋章というものを宿したことはなかったが、使ってみればどの紋章も
すんなりと習得できて、今では額と左手にもそれぞれ紋章を宿している。
「秀でたものが一つあるほうが役に立つと僕は思うね。適正適所って言葉を
知ってる?」
「ああ言えばこう言う〜」
「どっちが。だいたい君は生意気だよ」
「ルックが大人たちに対する態度よりよっぽどかわいいもんだと思うよ」
「この・・・」
「なんだよっ」
じりり、と今や至近距離といえる状態で睨みあい。手が同時に伸びた。
前ではなく、足元へ。
「・・・で、今の状態だと?」
投げられている雪玉の勢いは一向に衰えない。話を聞かなければ、雪合戦に
夢中になっている少年らの微笑ましい光景。
「そ。雪合戦と見せかけて、なんてことはない、舌戦の延長」
「言葉にできない分を雪玉を投げて補おうってか・・・ガキだな・・・」
若い、などという単語は出てこなかった。相手にぶつける言葉さえなく、
ひたすら必死に雪を掴んでは投げている様子は、もう原因さえ覚えてないのでは
ないかと思える。もはや喧嘩と呼べるものではなかった。
「ルックもまだまだだね」
にこにこと楽しそうに見下ろす少年を、青年は恐ろしいものを見るような
目つきで見やる。
「ラウ。それルックに聞かれたら切り裂き決定だぞ・・・」
さっき自分が言われたことをそのまま返す。
「僕が素直に食らうとでも?」
にっこりと、それは無邪気に笑う彼を見て、フリックは無意識のうちに後ずさった。
それだけは、それだけは想像したくない。真の紋章の持ち主同士の喧嘩など。
・・・と。そういえば今ルックと雪を投げ合っている少年。彼も真の紋章の
持ち主ではなかったか。
「・・・対する人間が違うだけで手段までこうも変わるものなのか・・・」
脱力気味にこぼす青年に、隣の少年はヒトゴトのように声を上げて笑う。
呆れた顔でラウを眺めていたフリックの耳に、突如中庭からひとつの笑い声が
飛び込んできた。
「ん。・・・なんだ?」
下を覗き見ると、雪の上に座り込んでいる二人が見えた。笑っているのは、ユウリ。
笑いの止まらないらしいユウリに、ルックが肩を上下させながらも少量の雪を
すくってなげつける。対する少年は、まとまりなく空中で散ったそれを
頭に浴びながら笑い続けた。
「ははぁ、これはユウリの勝ちだな」
苦笑し、ルックの方を指差しながらラウへ話しかける。
「さあ。どうかな。考えようによっては引き分け、かな」
「・・・?なんでだ?」
首を捻るフリックを無視するように、
「僕も下に行って来るよ」
と、背を向ける。
「オ、オイ。質問に答えていけよ!」
軽い足取りで階段へ向かうラウの背中に呼びかけた。
ラウはバンダナを翻して振り返り、
「ルックが通りかからなかったら、僕があそこに行っていたってことさ」
笑みを残し、笑い声の響く中庭に向かうべく、階段へと姿を消した。
e n d
まーぶる様へ。
888HITをお踏みいただき、「2主で雪をテーマに」というリクをしてくださいました。
絵か小説かはおまかせとのことでしたので、小説で。
が、しかし。大丈夫でしょうか・・・(汗)
2主はいるものの、ルックやら坊ちゃんやらフリックまでぞろぞろと。
いやいや、それよりもテーマが生きてない。。。
・・・・・・・・・。
ええと。(仕切り直し)
例によってほのぼのですが、こんなので宜しければお受け取りください!!
リテイクもお受けいたしますー(平伏)はい、ご遠慮なく。
せっかくいただいた素敵なお題に忠実でなくてスミマセンー!
でも2主が誰かと口論しているところを書いてみたかったので楽しかったです(笑)
ルックはあんまり格好よくないこと口走ってますがオイシイとこは取ってると
思い・・・ます。坊ちゃんも密っかにオイシイ。フリックはオマケのオマケ。←酷
キリ番のご報告とリク、本当にありがとうございましたv