クラウスが軍主の部屋に書類や資料を抱えて入ると、部屋の主がドアノブに手 を伸ばしていたのであろう姿のままこちらを見上げていた。
「もうちょっと待ってくれたら僕がドアを開けたのに」
 あと少しだったのに、と悔しそうに言う。
「でも随分早かったですね。名乗ったあと、すぐ開けたと思ったんですけど」
「ノックの時点でクラウスだってことくらいわかるよ。あ、持つよ」
 手伝おうと伸ばす少年の手を、副軍師はやんわり首を振って断り、職務机へと 向かう。それほど重くもなかったし、それより細かい枚数のものが多くあった ので、下手に手渡すよりも最後まで運んでしまった方が良いとも思った。
「休憩中でしたか?」
 外の様子でも見ていたのだろう、椅子が机側ではなく思いっきり窓側を向いて いた。
「バレちゃったか」
 イタズラっぽく舌を出す少年に微笑む。
「構いませんよ。それに朝の分はもう終わってらっしゃるようですね」
「うん、一応」
 少年は同盟軍軍主という立場に置かれるまで、デスクワークというものに 携わる機会がまったく無かったというが、教えてみれば 乾いた大地が水を吸収するが如く、面白いように知識を付けていった。 それでもやはり体を動かしている方が好きなようではあったが。
 クラウスは机の端にまとめられていた書類の束を手に取って、一番上の一枚に さっと目を走らせる。そして、二枚目、三枚目。
「・・・はい。では確かに」
 その様子を緊張の面持ちで眺めていた少年は、肩の力をすとんと抜くと息を 吐いた。
「軍師って大変だね。戦略を考えてるだけじゃだめなんだから」
「それは軍主も一緒ではありませんか。皆の前に立つだけではだめでしょう」
「うん?うーん・・・でも、こう・・・。ほら、僕が自分ひとりで出来たらいい のにさ、チェックやフォローが欠かせないし」
「それも一緒です。軍主は戦場において兵士たちだけに戦わせればいいというわけ ではないですよね」
「あれっ。うん。んーでもさ、兵士たちと一緒に走り回るのは軍主の務めの内 だし」
「ええ。ですから、あなたと一緒に書類を見るのも私の任務なんですよ」
 ようやく合点がいったのか数回頷く軍主に目を細めて、次いで持ってきた書類 を机の上に並べ始めた。
「いつものとおりですが、こちらに目を通していただきサインをお願いします。 今回は報告書が多いので、それほどお時間を取らせることはないと思います。 あと、この三件分については資料を用意してますので、ご覧下さい。それと 最後に」
 机に並べられていく紙を眺めていた少年が顔を上げる。
「この本はシュウ殿からの差し入れです」
「・・・うわ。これまた嬉しくない差し入れだね・・・」
 クラウスの手から直接渡された厚さ3cmの本にはさすがに顔が曇る。 角の磨り減った表紙をぱたりと開き、続いて紙をぱらぱらと送ってため息を ひとつ。
「挿絵がない」
「残念ながらそのようですねえ」
「歴史書や戦術についての本だったら地図とか図解とかあって面白いんだけどな。 選り好みしてる場合じゃないのはわかってるんだけど」
 シュウの差し入れは賞味期限が短いから早く完食しないといけないんだよね、 と目尻に力を入れて言う。
「そうですね。生モノですので出来れば3日以内に完食してください、との ことです」
 冗談っぽい口調ではあるが、その内容はなかなかに厳しい。嫌だと言って いられない実情はわかっているが、それでもつい酸っぱいものを口に入れたよう な顔になってしまう。
「はあ。了解いたしました。シュウ軍師には努力しますとお伝えください」
 わざとらしく畏まった言い方をして頭をふかぶかと下げると、副軍師が小さく 笑う。
「ええ、確かに承りました。・・・ですが私から伝えなくても知ってらっしゃい ますよ」
 少年は俯き加減のまま頭を掻いたが、ほんのり赤くなった頬は 隠せてはいなかった。
 クラウスが言うまでもなく、それは少年も感じているに違いない。そして クラウスの言ったとおり、逆も然りである。けれど、二人はあまりそういった ことを表に出そうとしない。ひょっとしてそんな掛け合いを楽しんでいるのでは ないか、と青年は考えたりもするのだが。
 少年は顔をあげると照れ隠しだろうか、歯を見せて笑いかけた。
「ふふふ。シュウが厳しい分、クラウスの優しい言葉が妙に照れくさいな〜」
「さて。優しい言葉で誤魔化して、ということもありますよ。申し訳ありません、 もうひとつ頼むことを思い出してしまいました」
「うわっ。なんかその言い回しがシュウを彷彿とさせる!」
「おや。うつってしまいましたか?困りましたね」
 クラウスの感情表現は常に控えめだが、微笑んでいることからやはり冗談の つもりらしい。
「ホントに困るよ」
 少年が楽しそうに肩を揺らす。
「だってさ。同盟軍にはクラウスがいなきゃ」
 思いがけない言葉クラウスは目を軽く見開いて幼い軍主を見つめた。
「・・・思わぬ御礼をいただいてしまいました」
「あれ、随分安く済んじゃったかな」
 くすくす笑うユウリにクラウスも口元を綻ばせる。だが、次に恭しく胸へ 片手を添え、軽く頭を垂れるとこう言った。
「なによりも嬉しいお礼です」
「え。・・・あ、うん。いえ。ど、ういたしまして」
 クラウスの反応に驚きを隠せず、しどろもどろになりながら返事する。そして 咳払いをひとつすると、頬杖をついた状態で目の前の青年を見上げた。
「クラウスは真面目なときと冗談言うときの区別がつきにくいから難しいよ」
「それはまた。私はいつも正直であるよう心がけていますよ」
「あー・・・そうだねえ」
 負けた、と少年は眉を下げた。



「さってと。涙が出るくらい嬉しいシュウの差し入れも控えていることだし、 そろそろ取り掛かるかな」
 その体には不釣合いなほどに大きな机を前に、少年軍主は気合をいれて 腕まくりをした。
 クラウスは辺りに置いてある不要であろう資料や本を手際よくまとめる。 それを持ち帰る必要書類と一緒に胸元に抱えようとして、動きを止めた。
「ああ。忘れるところでした」
「ん、追加?置いておいてくれたらいいよ、大丈夫、ちゃんとあとから見るから」
 目線のみ上げるがすぐに書類へ戻し、手にしたペンの頭を机の空いたスペース に向けた。
「ええ、そうさせていただきます」
 カサ、と乾いた音がして、視界の端に書類ではないらしい何かが机上へ おりてくる影が映った。不思議に思い顔を上げれば、そこには片手に乗るくらい の大きさの茶色い紙袋。
「・・・・・・?」
「頑張る我が軍主殿へ。私からの差し入れです」
 きょとんとした瞳を向けてくる少年へ、性格をあらわしたような柔和な笑顔で 応えた。
「ク、ラウス〜!なに、何?」
 察した途端にペンを放り出し、顔を喜びに染めながら紙袋へ手を伸ばす。
「ここへ来る途中、女性たちが賑わっていたので尋ねたところ、ハイ・ヨーさん が新作のお菓子を作って配っているというので。ちょっとレストランへ寄り道 してきました」
「うわ、美味しそうー!えっ、食べていいの?」
「勿論どうぞ。・・・と、言いたいところですが」
「ああっ!」
 青年の遠慮がちな視線に、我に返ったように自分の手にある紙袋、その下に ある書類の交互へ目を忙しく行き来させる。
「シュウ殿からの差し入れと共にと思ったのですが。・・・おなかも空いて らっしゃるようですね。ではこうしませんか。今からお茶を入れてきますので、 お茶が用意できるまで書類に目を通していていただけますか?」
 副軍師のその提案に、軍主は歳相応の笑顔でクラウスをまっすぐに見上げた。
「うん!ハイ!!」
 では、と青年は微笑んで静かに一旦退室をし。部屋は再び少年のみとなり、 しばしの間、紙を捲る音とペンを走らせる音が広い空間を支配した。



 そしてクラウスが盆に乗せたポットから湯気と香りを漂わせながら、再び 少年の部屋をノックして名乗り上げると、ドアノブへ手を伸ばす前に扉が開いた。
 出迎えた少年が誇らしげにピースサインを向ける。
「報告書は半分目を通した!だからクラウスも一緒にお茶にしよう!」
e n d

クラウスとシュウとで、同盟軍軍師の飴とムチペア。
シュウと2主との間には信頼関係、クラウスと2主との間には 兄と弟のような関係があると嬉しい。勿論主従ですよ!