ナナミは額に滲んだ汗を手の甲で拭うと、ふっと短い息を吐いた。
「洗濯おしまいっ」
 少女は水気を含んだ洗濯物がぱたりぱたりと風にはためくのを満足げに眺める。
 風に乗せて届く、隣接する森からの鳥の囀りにしばらく耳を欹てた。
「あ。そうだ、ゲンカクじいちゃんに今日の報告をしよう」
 思い出して踵を返すと、さして広くない庭を走って横切る。
「じいちゃん」
 ゲンカクの墓の前にしゃがみこんで両手を合わせる。
 戦争が始まる前、キャロの街で暮らしていた頃は毎日欠かしたことが なかった。そして、戻ってきてからも欠かしたことはない。
「・・・うん」
 長い祈りにも似た『今日の報告』を締めるように頷くと、立ち上がって なんとはなしに我が家を眺めた。



 懐かしいこの家に辿りついてから既に何週間かが過ぎていた。
 街のはずれに位置するこの道場は予想通り誰も寄り付かないままになっていて、 ナナミはなんら苦労することなく生活の場を得ることができた。
 懐かしい思い出に浸りたいだとか、この街で過ごした日々に生きていきたい とか、そんなことを求めて戻ってきたのではなかった。

 自分の居場所は義弟と幼馴染、この二人の傍か、でなければこの道場しか思い つかなかったのだ。

 思えば二人がユニコーン少年兵部隊に入ったときも、この道場に一人でいた。 二人がケガをしていないか、いつ戻ってくるのかと、毎日そわそわしながら。

 くすりと自分の口から漏れた笑みに小さく驚く。
 昔のことを思い出して懐かしさに笑えた自分に。
 ナナミは再びほろりと口元を綻ばせた。

 キャロの街に足を踏み入れて歩いてみれば、思ったよりも荒れていないことに 人知れず安堵の息を漏らした。活気はなくなっているものの、街並みはさして 変わっていない。
 都市同盟領との境に位置する街なので、それなりの覚悟はしていたのだ。
 さらには幸か不幸かハイランド兵士らの姿もなかったため、思いのほか自由に 歩き回ることができた。
 しかしそれに伴い、現在の戦況はほとんど伝わって来なかった。が、街に 兵士がいないという事実は、最終戦が近いということをナナミに気付かせるには 充分だった。
 そしてナナミはそれ以上の情報をわざわざ知ることを願わなかった。



 ゲンカクとユウリ、そしてジョウイの思い出の詰まったこの家での一人暮らしに 不安がないことはなかった。あるいは温かい思い出に押しつぶされるかも しれないとも思った。
 けれども静寂に包まれた優しいこの場所は、ひたすらにゆっくりと時間が 流れていて、逆に心は安らいだ。
 ただぼんやりと縁側に座って一日を過ごしたり、思い立って家の掃除に 明け暮れたり。やらなければならないことは何も無く、気の赴くままに一日一日 を送っていた。



 飛んできた虫が頬を掠める。
「びっくりしたぁ」
 頬へ手を当てて、もうどこへ飛んでいったかわからない虫へと視線を巡らす。
 やがて足元にある切り株に腰を下ろすと空を仰いだ。
 ナナミはここに戻ってきてから、空を見ることが多くなったという自覚があった。
「ホントいい天気。・・・ねえ。そっちも晴れてるのかな。ユウリ・・・ ジョウイ・・・?」
 穏やかな笑みと共に、空へ語りかけた。この二つの名前に反応する者は傍に 誰もいない。少女は胸に両手を添えるとそっと瞳を閉じる。



 二人が敵同士という立場で真正面からぶつかっても得たいと願っているものは 何か、理解できなくて苦しかった。
 ハイランド兵とは戦えるのに、彼らを指揮するジョウイとは戦いたくないと 思う、この矛盾。
 刃を交える日がいつか来るのだろうかと怯えていた日々。
 ユウリとジョウイのどちらかが倒れる日が来るかもしれないという、心の底に 常にあった恐怖。
 何もかもが掴めず、ほんのすこし気を緩めば泣き出したくなるくらいに不安で。
 いつだって走って逃げ出したかった。




 ロックアックス城の冷たい石造りの廊下の上。
 放り出された手足は思い通りに動かず、抗えば抗うほどに力を奪われていく ようだった。
 白く靄のかかった頭で、重たい瞼を無理やりこじ開ければ。
 今でもあの時のユウリとジョウイの姿はハッキリと思い出すことができる。
 疑心なんてこれっぽっちもない、互いを信じきった二つの背中。
 変わってなんか、いなかった。
 涙が零れ落ちたのは、何の苦しさからだったろうか。




 ユウリとジョウイが大切。
 偽ることのない、わたしの本当の気持ち。

 だから、決意した。
 それがたとえ二人を悲しませることになろうとも。
 わたしにもそれくらいの覚悟が必要だったのだ。

 その時。
 わたしは少しだけ、二人のことを理解できたような気がしたのだった。




 顔を上げて目を開ければ、視界いっぱいの、真っ青な、空。




 わたしは遠いキャロの街で、同盟軍のためでもなくハイランドのためでもなく、 ユウリとジョウイのためだけに祈る。
 わたしだけは二人のためだけを想って。
 二人の代わりに、二人を想う。




 傷ついていませんように。
 傷ついても癒されますように。
 どうかその想いを遂げることができますように。




 どうか。




 この空を伝わって、わたしの想いが届きますように。
e n d

これは、2主とジョウイにもう会わないつもりでキャロへ戻ったナナミです。

グッドエンドの際に、回想で出てくる病室のエピソードについて。
わたしはど〜もアレが納得いかなくって(笑)
いえ、ナナミならあれも有りなのかもしれませんが・・・。ムムム〜。
ということで、わたしなりのナナミです。公式を無視してる気がして(無視 してるでしょう)心苦しいのですが。

当然のことながら2主が悲しむことを知りつつ、死んだことにしてまで同盟軍を、 2主の傍を離れることに決めたんですよね。
なのでそれくらいの覚悟があってもいいかな、と思い・・・ました・・・。 (ドッキドキ←小心)
冗談じゃないですよ、「実は死んでませんでした」なんて後から言われても!(笑)
じゃあ死んでしまった方がいいのかなんていうのは別問題です、そりゃ 生きてた方がいいですよ!(力説)

そんなこんなで、二人の帰りを待つナナミじゃなくて、二人を遠くから想う ナナミ。というお話でした。