ラウはデュナン城の屋根へ続く階段を昇りきり、木造の小さな扉を開けた。
 蝶番の軋む音と共に、風が吹き込んでくる。湖の上を滑ってきた風は冷やされ、 頬に心地よい冷たさを運んでくれる。
 屋根へと足を踏み入れ、ラウは想像以上に明るい太陽の光に目を細めた。



 前にここを訪れた時はここデュナン城の城主、ユウリと一緒だった。 フェザーに乗ってこの一帯を空から案内してくれたのだ。
 今、所要でもあるのかフェザーの姿はない。
 危なげなく屋根の上を南東の方角へ歩いていき、適当な場所で立ち止まる。
 そして徐に腰に下げていた布袋を手に取ると、結んだ紐をほどき、中身を手に 掴んで空へと放った
 色とりどりの花々が風に乗ってあっという間に彼方に運ばれていくのをラウは じっと見送った。
 その顔に浮かぶのは穏やかな笑み。

「・・・テッド。テッドがいなくなってからもう5年だ・・・」

 緩やかな風が通り抜けて、ラウの柔らかい声をそっと乗せて遠くへ運んでいく。
 ラウは静かに目を閉じると顔を上げた。

「テッド」

 ただ、意味もなく大切な名を呼ぶ。
 その名は口にするだけで、何故かとても心に優しく響き、ラウの顔の表情を より一層柔らかくした。
 瞼を閉じていても尚感じる太陽の光をほんの少し遮りたくなって、 右手を目の上に翳した。

 右手。

 誰の死もが、自分の紋章のせいだとしたら、と恐ろしく思った時期があった。
 違うと勇気付けてくれたのは一緒に戦った仲間たちであり、 また思い出の中のテッドだった。

 テッド。親友であり、悪友だった彼。

 300年という長い放浪の生活をしていたとは思わせない、明るい笑顔の 持ち主だった。
 一緒に過ごした数年間、彼はさまざまなことを教えてくれた。それは小さな イタズラに始まり、罠の作り方、歴史、星の位置からわかることにまで至った。
 そして死して尚、自分に教えてくれている。
 たとえそれが刹那であろうと、その時、その出会いを大切にしていたテッド。
 笑顔で日々を過ごすことのできる強い心を持っていたのだと知ったのは、 彼と離れた後だった。もちろん失う前に知ることなど不可能だったし、 もしくは一生知ることはなかったのかもしれないと思うと複雑な気分に させられるけれど。

 そこまで考えて口の端にだけ小さく笑みを浮かべる。

 もしも、だなんて。
 なぁ、親友?

 『なぁ、親友?』
 これは彼の口癖の一つ。昔、そう言われる度に笑いながら、 うんと答えていたものだが。
 何時の間にか、自分の中でも口癖になっていたようだ。気付いたときには 思わず苦笑したが、嫌な気分ではなかった。

「テッド」

 あの時の傷がきれいに癒えたとは言い難く、時折どうしようもない苦しさに 襲われることも、胸の痛みに涙が零れることもある。
 それでも、このように緩やかで幸せな時間を過ごすことができるように なったことに誰にともなく感謝する。
 もしくは自分を取り巻く、全てのものに。
 そして、このように思えるようになった自分自身にほんの少し自信を持って。

 くすりと笑った。

「負けてられないもんな?」

 バーカ、300年早いんだよ。

 頬を撫でる心地よい午後の風に、そんな親友の言葉を聞いた気がした。
e n d

フッチや2主人公を絡めたのも考えたんですが、簡略化。
あまり語るよりも淡々としていた方がいいかな、と思ったのですが。