ラウは午前中を図書館で過ごし、早めの昼食をレストランまで行かず酒場で 軽く済ませると、一度部屋へ戻ろうと大広間へ足を踏み入れた。
 吹き抜けがあるためか、ここには人が多く集まっていても窮屈な感じはしない。
 ちょうどお昼という時間帯のせいだろう、人通りは若干少ない。 数人と挨拶を交わしながら奥へ進む。
 そして階段までやってくると、目の前に佇む少年に片手をあげた。
「や」
「・・・・・・何か用?」
「相変わらずだね」
 その変わらない反応を楽しんでいるようなラウにルックは迷惑そうな顔をする。
「へらへら笑って『やあ』とか返して欲しいとでも?死んでもごめんだね」
「いや、それはこちらから遠慮しとくよ。愛想のいいルックなんて見た日には こっちが昇天しそうだ」
 真面目な顔で返されて、ルックは二の句が告げなくなってしまった。ラウは彼の様子に 気にも留めず続ける。
「午前中、ずっと図書館にいたんだ。ここは充実してるね。面白い本がたくさん あるからしばらく通おうかな」
「へえ、そう。通うほどここに滞在するつもり?」
 嫌味を込めて言ってみれば。
「うわー。暗に早く帰れって言ってる、それ?」
「そう取ってもらっても間違いではないね」
「はいはい。ルックの言葉をいちいち真に受けてたらもたないよ」
 ラウも慣れたものでルックの口の悪さにひるむことはない。ふと笑う。
「・・・・・・何」
「いや。君とのこういうやり取りもなんだか懐かしいなぁと思って」



 トラン共和国へ向かった軍主一行が、予定より遥かに遅れて戻ってきたのは もうだいぶ前のこと。
 ビクトールとフリックといった猛者が付いているからとあまり大きな騒ぎには ならなかったのだが、ナナミやアイリは随分と心配していた。
 そうして元気に戻ってきた軍主の隣には、同じく赤い胴衣を身に付けた少年が 立っていた。
 聡明さに溢れた顔つきや、多くの目線にもかまわず悠然と歩を進める 様は、到底少年のものではなかったが。
 城内の者たちに、彼がトランの英雄であると知れ渡るのに、大した時間は必要 なかった。



「・・・隠居生活から出てくるとは思わなかったけど」
「僕もだよ。なんでだろう?」
「僕に聞かないでよ。・・・この件に関しては君は一切かかわらないと思ってた」
「今でも戦争に関わりたくないって気持ちは変わらないけど、ユウリ個人は別、と でも言っておこうか」
「理解に苦しむね。君は人とも関わりたくないんだと思ってた」
「直球だね」
 歯に布着せぬルックの物言いには慣れているはずなのに、やはり 苦笑せざるを得ない。
「オブラートに包むように言った方が良かったとでも言うのかい」
 くだらない、と視線を放り出す。
「じゃあルックはどう思う。僕は関わらない方が良かったと思う?」
 その言葉に顔を戻してみれば、ラウは腕を組み、笑いながら答えを待っている。
 ルックは驚きを隠しながらラウの顔を見つめた。自分の口の悪さは直るとも 直そうとも思わないが、先ほどの発言は彼にとってギリギリのラインでは なかろうかと我ながら感じていた。
 それを彼は笑って聞き、さらに自分の意見を聞こうとしている。
「・・・別に。君が何をしようと、それによって何が起ころうと僕には関係 ないし、興味もない」
「ルックらしい貴重なご意見をアリガトウ」
 び、と小さく舌をだす。
 ルックは一瞥するだけで、ラウの嫌味にも顔色一つ変えなかった。



 庭の方からきゃーあ、という子供独特の甲高い騒ぎ声が響いてきた。
「お昼ご飯も終わる頃かな。また賑やかになりそうだね。僕は部屋で のんびりさせてもらおうかな」
 ラウの左手には深緑色の表紙の本と、紺の表紙の本。2冊ともそれほど厚くは ないが、紙の変色具合から年代モノだと推察できる。
「読書しながら昼寝?いい身分だね」
「贅沢だろう?こんないい天気の日は窓を開け放して日の光を浴びながら 読書するんだ。図書館もいいけど、部屋だったら寝転びながら読めるし」



 ラウに与えられた部屋は元客室なので間取りも広く、眺めも良い。
 トランの英雄が同盟軍の軍主と交友があるという事は悪くないとして、 軍師シュウもラウの滞在を快諾した。
 ただ戦争へは赴かないという条件には やや顔をしかめていた。せっかくの大きな戦力を、と思ったのだろう。
 しかしユウリの都合に合わせて兵法や武芸などを教えることのできる人材は 貴重であった為、結局ラウの条件すべて飲む形になったのだった。 ラウの存在は同盟軍側にとってデメリットよりもメリットが断然大きかったのである。
 かくしてラウは公認の軍主ユウリの個人的協力者になった。



 ルックは何気なく顔を階上へ向けた。
 この吹き抜けも大きなガラス窓がいくつも はまっていて、大広間の中心へ自然の光がふんだんに入り込むような設計に なっている。
 ルックの立っている場所には直接日が当たることはないが、 ガラスを通して落ちてくる陽の光のカーテンの姿を見ることができた。
 あらゆる方向から聞こえてくる様々な音や声。時折窓を横断する鳥の影。



 ふ、とルックから小さな息が漏れた。
「・・・まぁね。僕の想像に違わない君なんて面白くもなんともないね。 これくらい意外なことをしでかす方が君らしいんじゃない」
「・・・・・・」
 ぽかーんとするラウに気付いてルックの顔が不機嫌に歪んだ。
「なんだよ、何か言いたいことあるの?」
「いやー・・・。思わぬ言葉を聞いちゃったな、と思って。はぁ、ルックも3年で 成長したね〜」
「君に子供扱いされたくないんだけど!」
「おっと」
 ルックが右手を上げようとすると、ラウはいち早くひらりと一歩後ろに跳び下がる。
「切り裂きに襲われる前に退散させてもらうよ」
「さっさと部屋でもグレッグミンスターでも行けば。ったくウルサイのが増えて かなわないったら」
 階段を駆け上がるラウの足が止まった。
「へえ、良かったじゃないか。たまには大声も出さないとストレスたまるよ」
「僕は大声出すほうがストレスたまるんだよ・・・」
 怒りが滲んだ静かな発言に、ラウは急いで手をふった。
「あ」
 と、上げかけた足をまた止めて、階段から覗き込むようにルックへ声をかけた。
「良い午後を、ルック」
 ルックの耳にエレベーターのドアの開く音、続いて閉まる音が聞こえてくる。
「・・・・・・君もね」
 微かに動いた唇は、そんな言葉を紡ぎだした。



 大広間には午後のうららかな空気が満ち始めていた。
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うっ、ルックが変。なんだ最後の妙にいい人な発言は。 (自分で書いときながら)
時間が経っても自然と軽口を叩ける仲だといいなって感じで。