ラウは肩に回されたシエラの腕をしっかり掴みながら、彼女の部屋へと 向かっていた。
「いい気分じゃな」
「はいはい、早く部屋に戻りましょうね」
「おんし、わらわを部屋に連れて行って何をするつもりじゃ!?」
「しー、しー!声が高いですよ、勘弁してくださいっ」
「冗談じゃ、ばかもの」
「冗談じゃないと困ります」


 一杯だけもらおうと酒場に寄ったのが運の尽きだった。
 その頃はまだほろ酔い加減だったシエラに捕まり、付き合うことになって しまった。
 よほど気分が良かったのか、ラウが気付いた頃にはシエラはしっかり立つのが 難しい状態になっていたのだ。

 しまったなぁ、と胸中思う。
 今ラウの顔には疲れが見え始めていた。
 時折ふわりと足元が浮いてどこか行きそうになる彼女を離さないようにするのは なかなか大変なことだった。
「うー、部屋は遠いのう。ここで寝てしまうか・・・」
「白コウモリの姿になってですか?こんなに酔ってたら真っ逆さまに落ちるかも しれませんよ」
「それは困る。部屋へ行くぞ」
「・・・はぁい」
 酔っ払いの言動がおかしいのは常ではあるが、それに付き合わされる方は たまったものではない。

 それでもどこかこの女性をかわいらしいと思ってしまうのは、ビクトールの 言葉を借りると「姿に騙されている」ということになるのだろうか。
「近道しますよ。中庭を横切りますからね」
「良い」
 コクリと頷くシエラを見てつい笑みがこぼれた。姿ではなく、彼女の性格が 人にそう感じさせるに違いない。
 ・・・元々の性格なのか、この数百年で形成されたものなのか。 おそらくどちらもだろう。月の紋章のその性質ゆえに、シエラは人と全く 離れた時期が何十年かあったという。それですら想像しがたいが、その後の 数百年も到底平穏とは言い難かったに違いない。

 酒の席で、もう仲間を作らないのかという遠慮のないビクトールの言葉に、 好みの者がおれば考えても良い、と笑って答えていたのを思い出す。
 その笑みにはどのような思いが込められていたのか。
 自分はどのように年を重ねていくことができるだろうか・・・。
 ふとビクトールが彼女を『おばば』と呼んでいたことを思い出した。 もちろんその後ビクトールの頭上に落ちた雷のこともしっかりと記憶に残って いるが。
「・・・僕も『じじい』とか言われる日がいつか来るのかな・・・」
「おんし。『も』とは誰と一緒にしておるのじゃ」
「・・・すみません、失言でした」
 聞いてはいないだろうと思ってたのにしっかり反応されて、ラウは自分の うっかりさに青ざめた。
「まぁ良いわ。今夜は機嫌が良いでの。小僧、二度はないと思え?」
 くくく、と楽しそうに小さく笑うが、ラウはとても笑う気にはなれない。
 しかし、シエラにかかってしまっては自分も小僧でしかないのかと思うと、 自分の小ささを感じずにはいられない。
 隣でほのかに頬を染めながら楽しそうに笑んでいる若い女性(見た目は)を そっと見やる。
「?なんじゃ?」
 目ざとくこちらの視線に気付いて尋ねてきたが、首を振った。
「いえ。楽しそうだなあと」
「・・・楽しいぞ?」
 目元を赤くしながら、てろりと笑う彼女は見た目以上に幼く見えた。



 もうすぐ向かいの廊下へたどり着くという時、その廊下からやや控えめに 声がかけられた。
「おや。シエラ殿にラウ殿ですか?」
「クラウスさん?」
「まぁクラウスさま!」
 弾かれたようにラウの肩に回されていた腕を外すと、(酒に)潤んだ瞳を クラウスへ向けてまるでピンクの花びら舞うような声を出した。
「クラウスさま、どうされたのですか。こんな夜更けに」
 クラウスの元へ向かおうとするシエラの足元は危なげで、それを心配した クラウスは庭へ自ら駆け降りてきた。クラウスの伸ばした両手をシエラは ふらりとよろめきつつもしっかりと掴む。
「ありがとうございます」
「ど、どうされたのですか?」
「シエラさん酔ってるんです、すみません」
 ラウが後ろから謝ると、シエラが振り向きざまに睨んだ。
「いいえ、お気になさらず。ほんの少し酔っただけですわ」
 クラウスの方へ顔を戻すと可憐に微笑んでみせる。
 が、さすがにクラウスもシエラの 様子が『ほんの少し』程度ではないと察し、微かに苦笑してラウを見た。
「ええと・・・お部屋にお連れするのですか?ご一緒しますよ」
「部屋に連れていくつもりですが・・・クラウスさんは用事の最中だった んじゃないんですか?」
「いえ。シュウ殿とミーティングをしていたのですが、もう終わって部屋へ 戻るところでしたから」
「ラウはもうよい。クラウスさまがいらっしゃれば・・・」
 シエラがクラウスの肩に頭をもたせかけながら言う。
 前半と後半とで言葉遣い が変わってしまっていることに本人は気付いていないに違いない。
「・・・と仰ってますがどうしましょう。女性一人くらいでしたら私だけでも 大丈夫と思いますが・・・」
 丁寧に尋ねてくるクラウスに、ラウはきっぱりはっきり首を振った。
「いえ、僕も行きます。心配ですので」
「そうですね」
 シエラを女性一人うんぬんと言うあたり、クラウスがシエラのどれほどに 気付いているのか甚だ疑問である。
「では参りましょうか。シエラ殿、段になっていますので足元に気をつけて 下さい」
「そんなに私のことを心配してくださるなんて・・・」
 ポ、とさらに頬をバラ色に染めるシエラを見ながらラウは、クラウスの身が 心配だとは間違っても口にしないでおこうと心に誓った。



「シエラさん、部屋ですからね」
「うむ」
 横になりながら頷くシエラを見て、クラウスがラウに耳元に口を寄せた。
「シエラさんでもこのような状態になるのですね。可愛らしいなんて言ったら 失礼かもしれませんが。・・・あ、いえっ、その」
 クラウスは言った後に赤くなって、急いで部屋から出て行ってしまった。
 後姿を目で追いながら、ラウは同じような感想を持っている人がいることに 妙な感動を覚える。
 そしてもう一度ベッドの上の背を向けて横たわっているシエラを見てから、 部屋を後にしようとしたところ。

「ラウ」
 寝てしまっていたのかと思っていたシエラの声に驚いて思わず声を出しそうに なる。
「び・・・っくりしました。はぁ、寝てたんじゃないんですか」
「寝ておったわ。・・・ひとつ、思い出したのでな」
「・・・・・・?」
 ラウはその場に立ったまま次の言葉を待った。
「この生を受けて、・・・数百年が経った」
 背を向けたままのシエラの言葉はカーテンも引いて暗くした部屋に響いて、 耳に届いた。
「多少の孤独は否めんが・・・悪くはない」
 短い言葉の中にシエラの様々な思いが感じられ、すうとラウの心に染み入った。
「・・・それは楽しみです」
 我知らずと笑顔を浮かべていた。
 シエラはそれだけじゃ、と言うと辛うじて片手を上げてひらひらと振って みせた。それに応えるようにラウは速やかに廊下へ出て、そっと 声をかける。
「シエラさん、おやすみなさい」
 シエラの上げていた手は既に下ろされて、眠ってしまったのか身動きひとつ しない。

 ぱたり、という空気音のみをさせてドアは締まった。
e n d

シエラーv
何が好きって、クラウスに対しては過度に乙女なとことか、ビクトールと なんか馬が合ってそうなとことかが!
外伝でナッシュといい雰囲気だったのにも参りました。
そう考えると何故クラウスに乙女なのかがわからない・・・つまりは見た目が 好みだと?これこそ乙女心ってやつ?!

『多少の孤独』なんてものじゃなかったと思いますが、苦労話などをする人では ないだろうという勝手な想像で。