強い相手と戦うことが多くなってから、右手の紋章を使用する回数が増えていた。

「・・・・・・っ」
 クラリ、と空が回った。
 意識的に足で踏ん張ってなんとか体を支える。
「ユウリーっ、やったね!!」
 前列にいた姉のナナミとカスミに笑顔で応える。
「仕留めたのは僕じゃなくてカスミさんだよ」
「いいえ。ユウリさまが全回復してくださったからです。おかげで 思いっきりモズ落としができました」
「カスミさんカッコ良かったーっ。いいなあ、わたしもあんな技が欲しいなあ」
 楽しそうにはしゃぐ二人の姿に微笑みつつ、そっと左手で右手を包んだ。



 そんなユウリをラウが少し離れた場所から見ていた。
「おい、ラウ」
 前列にいたビクトールがラウに近づいてきて、声をかける。
「さっきなんかアイツおかしくなかったか」
 親指でクイと背後を指す先にはユウリ。ラウは視線を隣にいたルックへ移す。
「・・・ルックは気付いた?」
 ルックはラウとビクトールの視線から顔ごと背けながら返事した。
「気付いたとして何」
「聞いても無駄か」
 あっさりと諦めたラウにルックは何故かムッとした。
「あの紋章のせいじゃないの。あいつ、前にも紋章を使ったあとで陰で膝を ついてたことがあった」
「俺はそんな話聞いてねえぞ。で、なんでだ?」
「君に報告の義務があるわけ?それに僕も他には知らないよ。 ユウリだって見られたくないから陰に行ったんだろ。それなのに声をかけるほど 僕はお節介でも悪趣味でもないね」
 散々な言い方だが間違ってはいない。ビクトールはへいへいと肩を竦ませてみせた。

「ユウリぃ、どうしたのー?もちょっと周る?」
 ナナミがひょこりとユウリの前に顔を出した。
 先ほどから見廻りも兼ねて 遠回りをしつつ進んでいたが、もう城の姿が見えてきていた。 まっすぐ向かえば1時間ほどで城にたどり着くだろう。
「あ、うん。どうしようか・・・」
「今日のところはこれくらいにしよう」
「ラウさま?」
 ラウの発言にカスミが小さく首を傾げる。
 ラウは軍主の協力という形を取っているので、自ら行動の 指示を出すことはしていなかった。その為、今のラウの発言はカスミに 疑問を抱かさせてしまったのである。
「ルックがさ、ちょっと天気が心配だって言うから。な、ルック?」
「えっ。・・・まぁ・・・そうだね」
 苦虫を噛み潰したような表情のルックにもカスミは腑に落ちない表情を 見せたが、隣のナナミはそれには気付かず空をぐるりと見上げた。
「うーん、確かに雲が出てきたみたいだねー。風も強くなってるみたい。 じゃあお城に帰ろっか?」
「・・・それじゃ僕は先に帰らせてもらうよ」
 言うなりロッドを振り上げたルックの腕をビクトールがすかさず掴む。
「何」
 ルックの周りを取り巻いた風は急速に収まったが、代わりに氷の視線が ビクトールに容赦なく突き刺さる。が、ビクトールはあえてそれを無視した。
「お前、ナナミとカスミを連れて帰れ」
 耳打ちされた内容にルックが思いっきり眉をひそめる。
「ごめんだよ。またたきの鏡でアンタらと一緒に帰ればいいじゃないか」
「ユウリはここに置いてってもらう。ちっと話してえんだ」
 声をさらにひそめてそう言ったのだった。
「・・・・・・お節介」
 心底呆れたような声色だったが、今度は断りはしなかった。

「おい、ナナミにカスミ。ルックが城まで送ってくれるってよ」
「えっ、本当?!今まで頼んでもやってくれなかったのに!」
「あの。皆さんは・・・?」
 両手を組んで喜ぶナナミの横で、カスミはとりわけラウを窺いながら控えめに 尋ねた。
「ルックは野郎は送らねえんだとさ。こ〜の隠れフェミニストめ!」
 はっはっは、と豪快に笑う大男の傍で、緑衣の少年は炎だか氷だかわからない くらいの凄まじい空気を放つ。
「ごめん、ルック。頼むよ」
 その彼の肩に、ラウは少々の同情を込めて軽く手を置いた。

「それじゃ、お先にー」
 不機嫌そうな少年がロッドを振ると、満面の笑みで手を振っていた少女と頭を 軽く下げた女性は、風の渦と共に一瞬にして消えた。
「いつ見ても鮮やかなもんだな」
 ビクトールが口笛を吹いた。
「・・・・・・それで・・・その。この面子で残ったってことは 何か僕に話がある・・・ってこと、なのかな・・・?」
 ようやくおずおずと出てきた茶色みがかった黒髪の少年に、ラウとビクトール は揃って首を向けた。
「当然」



「別に何もないよ」
 注がれた二つの視線に負けて、我知らず声が小さくなる。
「嘘つけ。さっき聞いたんだが、前にもああいうことがあったそうじゃねえか」
「えっ、見てた人いたの?!・・・あっ」
 しまったとばかりに口を手で押さえるが、もう遅い。
「やっぱり今回だけじゃないんだ。いつから?」
「いつからっていうか。最近」
 ユウリは観念したように首をひとつ竦めて白状した。
「立て続けに使ってると体の調子が悪くなるみたい」
「立て続けって、今日はそんなに使ってないだろ?」
 ラウの問いかけにユウリは頷きながら人差し指と中指の二本を立てる。
「それにユウリレベルならちょっとやそっとで疲れることもないと思うんだけど」
「や、やっぱり変、かな」
 やや真剣な面持ちでユウリが尋ねると、ラウもまじめな顔で答えた。
「変だよ」
「ラウ、お前真剣に答えてるか?」
 ビクトールが苦笑しつつ、ラウの頭にとう、と手刀を落とした。
「ったぁ。真剣だよ、失礼な。ビクトールこそ茶々入れるなら黙っててよ」
 頭を押さえながらビクトールを睨み上げる。
「俺も本気で心配してるっつうの。それでだ、始めにおかしいと思ったのは いつなんだ」
「え。・・・いつだったかなあ?」
「覚えてないくらい前ってのは最近って言わねえんだよ」
 ビクトールは嘘のつけないユウリをじとりと見やった。そしてラウへ顔を向ける。
「ラウもあの頃そういうことあったのか?」
「ん?いや。僕は特には。そりゃ大きな力を使いすぎれば疲れたけど」
 『けど』で二人の視線がまたユウリに集まる。
 ユウリはビクリとしてから、愛想笑いのようなぎこちない表情を浮かべた。
「もう全然大丈夫だから。たぶん寝不足、うん」
 最後の『うん』は自分に言い聞かせているようでもあった。

「・・・ま、本人がわかんないって言うなら俺らにわかるわきゃないか」
「ごめん」
 うなだれるユウリの肩をラウが軽く叩く。
「謝らなくていいから、ちゃんと何かあったら相談するんだ。とりあえずこの事に 関してはもう僕らは知ってるんだから隠さないこと。・・・わかっているとは 思うけど、君の問題は君だけの問題ではないんだから。いいね?」
「は、はい」
 あまり見せることのないラウの少し厳しい口調に、思わず敬語になる。
「おい、ラウに相談する前に俺らにしろよな。なんつってもお手軽だぜ?」
 その空気をあっさりと払う陽気な声が入ってきた。 俺ら、とはこの場にいない友人フリックのことも含まれているのだろう。
「でも同じ軍の人だと言いにくいっていうこともあるんだよね〜」
 ラウも綺麗な歯を覗かせてにやりとビクトールに笑いかけた。
「くっ、嫌な笑い方だな!」
 気の知れた二人のやりとりにユウリがようやく顔をほころばせた。ラウが 気付いて同じように笑いかける。
「ん、その調子。僕やビクトールでなくたって誰でもいいんだよ。君のことを いろいろな面から大事に思う人がそれこそたくさんいるんだから」
「・・・うん」
「ラウ。お前オイシイとこ取りだな」
 のそりとビクトールが少年たちの間を割って入ってくるが、ラウの手が ビクトールの顔を押し戻す。
「ビクトールはどっちかというと貧乏くじ引くタイプだね」
「うるせえよ!!」
「ラウ、本当のこと言っちゃいくらビクトールだって傷つくよ」
「・・・俺はいま、お前の言葉に傷ついた・・・」
「あっ、ごめん」
「素かー!!!」
 頭を抱え込むビクトールにラウとユウリの明るい笑い声が被さった。



 ビクトールが大きく伸びをして骨をぼきぼき鳴らした。
「さぁって俺らも帰るか」
「うん。・・・・・・あれっ」
 肩から下げた布カバンにやったユウリの手が止まる。
「なんだよ、今度は」
 ユウリがひきつった笑いを浮かべて、ビクトールとラウの顔を交互に見た。
「お、怒らないでね。・・・ナナミがまたたきの鏡を持ってたんだ。忘れてた」
 その言葉にへろりとビクトールが地面に膝をついた。
「どこまで抜けてんだ・・・」
「ご、ごめんってば!」
「うわあ、ルック・・・が戻ってくるはずないし。これは歩くしかない、と」
 ラウは長めの前髪をかきあげて、観念したようにそう言った。
 背後でゆらりと立ち上がる大きな影にユウリが体を硬直させる。
「・・・ユウリ。お前、今からそこの川で水汲んでこい。俺に飲ませろー!!」
「はいぃー!!」
 飛ぶように川へと下りていくユウリを見送って、ラウは大げさにため息をつく。
「意地悪だな。頑張れば30分の距離なのに」
「いいんだよ。ちったぁ使ってやった方があっちも少しは気が楽だろ」
 二人してクスリと笑う。
 ようやく川に着いたユウリはカバンの中を探っている。 たぶん水筒を出そうとしているのだろう。

 ラウの顔をビクトールが覗き込んだ。
「どうした。まだなんかあるのか」
「うん。何かがひっかかってスッキリしないと思って」
「脅かすなよな」
 おどけるように肩を竦めてみせるが、その思いはビクトールにもあるに違いない。 ひとつため息をついて、呟く。
「・・・お前もそうだったがな。肝心なことはなかなか口に出さねえ」
「そうだっけ?・・・はっきりとわかるまでは口にしたくないっていうのは あったかもしれない。やっぱり出来る限り余計な心配はかけたくないものだから」
「その方がこっちとしては心配なんだけどな」
「それもわかる」
 お互いしょうがないな、と苦笑した。
「結局は自分の出来ることを精一杯するしかないってことか」
「そうだね」
 そう答えながらも漠然とした不安を捨てきることはできなかった。
「ビクトール」
「うん?」
「ユウリを守ってやって。僕が手助けできるところはほんの一部だけだ」
「何いまさら言ってやがる。もちろんだ。それも俺一人じゃ無理だけどな」
「それも当然のことだよ」
 ふっ、と頭上からの軽い笑い声にラウが顔を上げようとすると、ガシリと大きな 手がバンダナで包まれた頭を掴んだ。
「うわっ?!」
「お前も心配性だな、ハゲるぞ!それともこのバンダナは若ハゲ隠しか?」
「なっ!フリックじゃあるまいし・・・。バカ言ってないでこの重い手を 退かせ!!」
 ははは、と大きくて気持ちよい笑い声が夕焼けに染まり始めた野原に響き わたる。

「ラウ、ビクトール!なに笑ってるの?」
 いつのまにか水を汲み終えて、水筒を手に走ってくるユウリの姿があった。
「ユウリ、聞いて驚くな。実はこいつのバンダナはな・・・」
「ビクトールッ、嘘を教えるなー!!」
「バンダナが何?聞きたい、聞きたい!」
「ユウリッ?!」



 そんな3人を密かに見ていた影がひとつ。
「・・・アホらし。自力で帰りな」
 吐き出すような小さな呟きが、一陣の風と共に消え去った。
e n d

まだ命を削っていると知る前。軽いノリでこの話をしてみたいな、と レッツチャレンジ。
軽すぎて何が言いたかったんだ的な面も出ちゃいましたが。

Sレンジがあと一人しか入らなかったから(笑)、腐れ縁のどちらかを削る ことになったんですが、ノリ良くするためにビクトール採用。
そして出番を外されたフリック。ひどい疑い(?)をかけてしまいました。 ごめんー!

ルック・ナナミ・カスミの出番少なっ。でも結構おいしいとこ取りなのはルック。