すでに暗くなり、たまに家の前にある頼りない外灯だけが辛うじて道を 照らしている。
 そんな小さな街中を歩く二つの影があった。
 ひとつは短めの赤色のマントと、額に紐を巻いて長い髪を揺らしている 小さい女性の影。
 もうひとつは長い青色のマントにやはり青いバンダナを額に巻き、その端を 肩よりも下に垂らした男性の影。こちらは男性にしては華奢な体つきかも しれない。
「ったく、ビクトールのやつ。これで何回目だ?」
 男性が小さな舌打ちと共に言葉を吐く。
「4回目?5回目だったかしら」
 答える女性はどこか愉快そうだ。
「それにフリック、あなただって歓迎するって言ったじゃないの」
 フリックと呼ばれた青年は彼女にバレない程度に顔をしかめた。
「そ、それはオデッサが歓迎すると言ったからだ」
「あら、私のせいにするの?」
 赤いマントが半円を描いてくるりと翻り、フリックを見上げる。その表情は 責めるような言葉とは反対にとても楽しそうだ。
「そうじゃないけど・・・でも俺はオデッサほどにアイツらのことを信用して いない」
「テオ=マクドールに関係する者たちだから?でもビクトールは彼らはお尋ね者 だって言ってたじゃない。実際に帝国兵に探されていてもう少しで見つかる ところだったわ」
「俺はビクトールのことも完全には信用していない」
「フリック」
 オデッサの口からはあ、と呆れるようなため息が漏れた。
「疑いつづけたらきりがないわ。それにビクトールは確実に仲間を増やして くれている。・・・時々強引に連れてきちゃって困る時もあるけれど」
 おどけるように肩を竦めてみせたオデッサはそれからフリックの肩をぽんと 叩いた。
「リーダーたる者、他人を信用することも大事よ。懐が大きくないとついて きてはくれないわ」
 フリックは叩かれた肩に手をやりながら面白く無さそうに呟く。
「オデッサは人を簡単に信用しすぎる。俺が疑うくらいでちょうどいいんだ」
「ふふ、言うわね。でもね、ビクトールと同じように私もあの子が気になって いるの」
「あの子・・・?テオ=マクドールの息子か」
「ラウ、よ。まだ名前を覚えてないの?・・・あの子、帝国から反逆者と 疑われて不安なはずなのに、どこか気品があって凛としている。そして・・・ とても不思議な瞳をしているの」
 そりゃあいいとこの坊ちゃんだから気品のひとつやふたつ・・・、とフリック は思ったが口には出さなかった。出したが最後、オデッサに軽蔑の目を向けられ るかもしれない。それだけはゴメンだ。
「まぁ確かにオドオドした感じじゃないな、子供のくせに肝が座ってる。瞳云々 は俺にはわからないけどな」
「それは残念ね。私はとっても気に入っているのよ」
 前を進みだすオデッサの背中に向かってフリックは眉を寄せたが、子供と張り 合ってどうする、と首を振った。
「・・・で、だ。ラウ、か。どうするだろうな?実際のところ父親が大将軍じゃ あ帝国に戻りたいだろう」
「そうでしょうね。テオ=マクドールの悪い噂は聞いたことないわ、たぶんいろ んな意味で実力のある人なんでしょう。クレオさんとグレミオさんの様子を見て いてもとても慕われていることがわかる・・・」
 フリックは頷きはしないものの反論もしなかった。それは確かにわかったのだ、 真面目そうな女性に、人の良さそうな男性、そして聡明そうな息子が慕う人物が、 そこらの腐った帝国兵と同じとは思えない。
「・・・そうよね、立派な父親を見て育ったのなら尚更帝国の反逆者でいるのは ツライわよね。つまりは解放軍には参加しえもらえない、か」
 濃い闇の中に軽く吐き出される息の音。
「・・・わからないさ。心当たりのない反逆罪で追われているのだとしたら、 その疑いが晴れればあるいはってこともあるだろう?」
 足を止めたオデッサが振り返って長い睫を瞬かせた。目に弱い外灯のあかりが 入り込んで、茶色の瞳の端だけがキラリと光る。
「フリック。あなたからそんな言葉が聞けるなんて」
「べ、別にアイツらに仲間になって欲しいわけじゃないぞ!オデッサがまだ決ま ってもいないことにガッカリしているようだったから、可能性のひとつとして 言っただけで・・・!」
「嬉しいわ、そういう風に言ってもらえて。そうね、まだ決まってないことに ガッカリするなんて良くないわね。ああ、気持ちが軽くなったわ!」
 頬をピンク色にして喜ぶ様子を見せるオデッサに、フリックは余計なことを 言ってしまったのではないだろうかとやや後悔した。
「ねえ、明日からの活動についてサンチェスやハンフリーたちともあらためて 相談したいわ。もう戻りましょう?」
 すでに街の外れの辺りまで来ていた。ここから180度方向を変えて戻ること になる。
 オデッサは小走りにフリックの元へ走りよると、前触れもなくその手を掴んだ。
「オ、オデッサ?」
「宿までこうして帰りましょうよ、なんだかとっても気分がいいの。今は誰か と手を繋いでいたいわ」
 上機嫌に笑うオデッサにフリックは複雑そうな顔を向ける。
「・・・誰かとって・・・」
「嫌?」
「いや、嫌じゃないけど、問題はそこじゃなくて」
「?いいのよ、無理強いするつもりはないから」
 と、いとも簡単に手を離してしまい、スタスタと歩みを進め始める。足取りは 軽快であっというまに距離を離された。
「ちょっ・・・!嫌なんて言ってないだろっ」
 慌てて追いかけると、後ろからオデッサの手を掴み取った。
「きゃっ、ビックリした」
 その勢いにオデッサは肩をびくりとさせてフリックを仰ぎ見た。
「わ、悪い」
 フリックは自分の顔が熱くなるのを感じた。頼むから彼女にバレませんように、 と願う。幸いここは灯りが届いていない。闇に慣れた目に相手の顔や姿がわかる が、その色までは認識できないに違いない。
「ううん、私もこんなことで驚くなんて恥ずかしいわ」
 くすりと笑うと、繋いだ手をその流れにまかせてゆらゆらと揺らしながら歩き 出す。その歩みは先ほどよりも幾分遅い。石畳に触れたブーツのかかとが時折 高い音を鳴らす。
「・・・ねえ、フリック」
「うん?」
「勝ちましょうね、私たち」
 心なしか握った手に力が入る。
 オデッサのこの言葉をフリックは何度も耳にしたことがある。突然にこの言葉 をかけてくるのだ。何度目かに、一体どう返して欲しいのだろうと考えたことが あったが、口から出てきた答えはやはりいつもと同じだった。そして今もまた。
「ああ。俺たちは勝つ」
 ふふっと小さな笑いが彼女の口から漏れた。
 気付けば宿の前までたどり着いていた。宿の前に置かれた、その他の家屋より も明るい外灯にオデッサの顔がひときわ明るく照らし出される。
「フリックがそう言ってくれるから、私もまた前を向いて歩き出せるわ。 ありがとう」
 こちらへまっすぐに茶色の瞳を向けて笑いかけた。それは解放軍リーダーと して浮かべる優しい笑みではなく、無邪気にさえ見える明るい笑顔。
 また小さな肩を宿へ向けると、ドアを開ける。中からおかえりなさいませ、 と声が聞こえてきた。
「オデッサ。俺も君がいるからここで頑張れる」
 オデッサの足がピタリと止まり、そっと茶色の目がフリックを見つめた。
 部屋からの明かりを背にしたせいでオデッサの表情が見えづらく、 フリックは目を細める。
 彼女の口元には淡い笑みが浮かんでいた。
「・・・副リーダー、頼りにしてるわ」
 それは何故か少しだけフリックの心にひっかかった。
 だが、その期待に応えたいという気持ちの方が勝り、白い歯を覗かせて笑った。
「ああ。まかせろって」
 にっこりと微笑み返す彼女に先ほどの違和感はない。

 置時計がボーンボーンと重いが響きの良い音を立てて、床と共に横へ滑る。
 地下のアジトに灯りが差し込んでいった。
e n d

オデッサの素敵さに何度目かのTプレイにしてようやく気付きました。
そしてTフリックの始めの方なので熱く仕立てあげてみました。