夢から醒めた。
体を起こすと時間を見る。横になってからまだ1時間と経っていない。
大きな窓へと目を移せば、その向こうの空に月が輝いていた。
満月。
あの時から変わらない。
いや。もっとずっと昔から変わることのない月。
ほんの数ヶ月前にユウリと語り合った時にも、幼い頃に二人して森で迷った時
にも、同じように空には月が輝いていた。
月は、自分達を包んでくれる、とても暖かいものだったのではなかったか。
夢の中で僕はゲンカク師匠の道場へ向かっていた。
右手には紙袋。その中には母上が作ってくれたクッキーが詰まっている。練習
の後いつもお茶をするから、その時に食べようと思っている。母上の作る
クッキーは美味しいから、きっとみんな気に入ると思う。
その前に今日もユウリに勝たないといけないけれど。
横開きの扉を開くと、玄関にはゲンカク師匠が腰掛けていた。
早いな、ジョウイ。と、目を細めて笑う。
僕は挨拶をしてから、ユウリは?と尋ねた。
部屋で着替えているはずだ、
という返事をもらって、お邪魔しますと家にあがっていく。
ユウリの部屋に入ると、ユウリは金色の輪っかを額につけているところ
だった。
あれはユウリのお気に入りで、今やトレードマークにもなっている。
おはよう、ジョウイ。今日は負けないよ!
そう言ってファイティングポーズを取ってきたので、
僕も負けじとポーズを取った。
できるものならやってみな。
そうして二人で笑い合った。
ユウリが僕の右手の紙袋に気が付く。
母上の手作りクッキーだと言うとユウリは目を輝かせた。
ねえ、ジョウイ!
僕を見上げるユウリの目にピンとくる。
・・・じゃあ、こっそり一枚だけ。紙袋から一枚ずつ取り出した。
と、背後で勢いよく扉が開いて、元気な声が広くはない部屋一杯に響いた。
ちょっとーーー!!!いつまで待たせるの、ユウリ!!?
ビックリして危うくクッキーを喉に詰めそうになった。
あっ、うそ!ジョウイもう来てたの?・・・って二人して何食べてるのぉ!?
ずるいよ、私も入れなさいよー!!!
口にクッキーを咥えていて話せない僕ら
を無視して、僕の右手から紙袋を取り上げるとナナミも一枚取り出した。
わあい、いっただっきまー・・・。
あっ。
ナナミの意気揚々とした声と、僕らの緊張した声が重なる。扉の前には
ゲンカク師匠の姿。
・・・3人とも・・・。今すぐ道場に集合ーーー!!!
その掛け声に、僕ら3人は背筋を伸ばして、道場へ一目散に駆けていった。
稽古の締めにやった練習試合では、僕はユウリに負けてしまった。
すごく悔しかったけれど、練習後に縁側でいただいた、ゲンカク師匠の淹れてくれた
お茶と、母上の作ってくれたクッキーはとっても美味しくて、僕は悔しいことを
すぐに忘れてしまった。
僕はお茶を飲んで、ふぅと息をつくと青空を見上げる。
ゆっくりと移動していく白い雲をながめて、今日もいい天気だな、なんて思う。
そして隣でクッキーをほおばる親友に声をかけた。
明日はゼッタイ負けないからね。
それを聞いたユウリは嬉しそうに白い歯を見せて言った。
僕もゼッタイに負けないよ、と。
暖かく、幸せな夢。
どうして、いつ、醒めてしまったのか。
今この瞳に映る月は、昔感じた暖かさは無く、ただひたすらに
冷たく孤独だった。
どうしようもなく淋しくなって、瞼を下ろす。
こうして目を閉じている限り、あの月を見ないですむ。
このまま眠ってしまったら、あの夢の続きを見れるだろうか。
それとも。
明日になれば、夢を見たことすら忘れてしまっているのだろうか。
頬を一筋の冷たい涙が伝い落ちた。
end
今までで一番早く書けたお話。そのわりには、好きかもしれないです。
坊ちゃんや2主で書こうと思ったことはナイショ。(にしてないよ!)
そして今までで一番のシリアスだわ、そういえば。