ラウとユウリはバナーの村へ舟で向かっていた。

 普段ラウがトラン共和国へ戻る時は、ビッキーの瞬間移動で ユウリと共にバナーの村までとばしてもらう。そしてラウはひとりグレッグ ミンスターの自宅へ、ユウリはまたたきの鏡で城へと帰っていくのが習慣と なっていた。
 ラウにしてみればバナーの村にでさえ、自分ひとりをとばしてもらえば 充分だと思っているのだが、新同盟軍盟主殿は思わぬところで義理堅く、 ここまで送ると言ってきかない。
 ところが今回は、数日前からビッキーが風邪をひいてしまい、どうやら 瞬間移動がいつにも増して怪しいという。
 それを知っても彼女にお願いしようとするほど、 ラウもユウリも勇気はなかった。
 それで今、こうして地味な旅を続けているのだった。



 元々ラウはこういった旅が好きだ。グレミオとも気ままな旅を続けていた が、飽きるなんてことはなかった。
 だから今回の出来事も嬉々として受け入れ、 のんびり帰ろうとしていたのだが。

 隣に立っている、自分より幾分背の低い、頭に金の輪っかをはめている少年を チラリと見やった。

 彼まで一緒に行くと言い出したのだった。
 軍主なんだから、そんな数日も城を空けるわけにはいかないだろうと説いた が、たまたま近くにいた軍師までが今は急ぐ用もないから息抜きとして行っても 良いとお墨付きを出す始末。もちろん急用が出たら即刻呼び戻すという条件付き ではあるが・・・。

「ラウ。口がへの字になってるよ」
「え」
 いつの間にか、濃い茶色の瞳がこちらを向いていた。
「僕が一緒に来るのは迷惑だった?」
 肩から斜めにかけた布のカバンに無意識の内か、手をやりながら言う。 カバンの端からはまたたきの鏡の取っ手が覗いていた。
「別に迷惑だなんて言ってないじゃないか」
「・・・あ。いいよ、とも言われてなかった、ね」
 突然思案顔になったユウリにラウは吹き出した。
「あっはは!そういう発想が面白くてユウリらしいよね!」
「そこは笑うところじゃないよ!」
「ごめん、ごめん。でも悪い意味じゃなくてさ」
 まだ笑いの止まらないラウを見て今度はユウリが口を歪める番だった。
「ただ、軍主の君をこうも連れ出していいものかなって思ったんだよ。 しかも今回はお供もなしだし」
「お供なんて必要ないと思ったからだよ?」
「でもはじめシュウはビクトール達を連れてけって言ってたのに」
「それは・・・ビクトール達も本当は忙しいって知ってるし。今回ラウについて いきたかったのは僕の我侭だから・・・」
 そこで言葉を切ると、少しあらたまってユウリは言った。
「ラウに対しても我侭だったね。うん、ごめん。ちょっと 調子に乗りすぎたかな」
 すまなさそうに目線を下げるその様子にさっきまでの幼い感じはない。
「だーから。僕は困ってないって。困るとしたらお城の方だろ? 僕は正式には同盟軍じゃないのに、軍主の君を連れてる。それはいかがなもの かな。ユウリにもわかるだろ?」
「・・・うん」
 会話がそこで途切れた。ラウがそっとユウリの表情を窺うと、なにやら 考え込んでいるようだった。ジャマをしないように川の方を向いて、船べりに 両手、そして頭を置いた。
 川のやや冷えた風と、温かい夕日が肌に心地良かった。

「うん、そっか」
 ユウリの声に顔を上げる。
「結論が出たみたいだね」
「うん。やっぱりこのままバナーの村まで行くよ」
「うん?すぐに帰るって言うのかと思った」
「もー、そんなに僕を早く返したい?」
 ユウリは手をグーの形にすると、ラウの腹にぽこんと当ててきた。
 ちゃんと冗談を冗談として受け止めて笑うユウリの姿にラウは安心する。
「シュウが自分からああ言う時は本当にいいって思った時だけだよ。僕が 同伴者をいらないって言ってもそれ以上反対しなかったし。せっかくだから 甘えとく」
 握りこぶしを顔の前まで持ってくるとニコリと笑う。よく考えて出した 結論なのだろう、反論する力を奪うようなスッキリした笑顔だった。

 僕の時も大概こんなリーダーは見たことないって言われたけど・・・ ユウリもきっと言われてるんだろうなあ。

 胸の中だけで呟いて、口には出さなかった。
「ユウリがそう思うなら僕はこれ以上なにも言うことはない」
「あれ、同意もしてくれないんだ。冷たいなあ」
「僕の同意が欲しいの?」
「ううん、いらない。だってもう決めたもん」
「なんだよ、それは」
 どうでもいいような短い言葉のやり取りを楽しんでから、進行方向へと目を むける。
「次、右に回り込んだらバナーの村が見えてくるね」
 この先で大きく右へ湾曲する川を見つめながら残念そうに言うユウリに ラウが笑う。
「ビッキーの風邪が治ればまたいつでも来れるじゃないか」
「ラウってばそうじゃなくて〜」
 へたりと船べりに額を下ろす。金輪がぶつかったのだろう、金属の 小さな音も聞こえた。
「うん、ユウリ。わかってるよ」
 ラウの静かな返事にユウリが顔を上げると、黒い瞳と濃い色の瞳が赤く 染まりつつある空間でまっすぐに繋がる。
 と、突然ラウはにぃっとやんちゃそうな笑顔を向けてきた。
「どうせまた来るんだろ?グレッグミンスターにさ」
 黙っていると、整った顔立ちと育ちの良さが相まってちょっとした美少年だと ユウリでさえも思う。
 が、こんな笑顔を浮かべるときはそこらの少年と 変わりはしない。むしろ手のつけられない悪戯小僧のような印象を醸し出す。
「・・・どうせってなに」
「僕はユウリが迎えに来なけりゃ基本的にあっちには行かないからね。 そういう意味だよ」
 さらなるからかう様な笑みにユウリは悔しくなってイーッと歯をむいて みせた。
「どうせ行きますよっ!」
 ユウリの返事にラウは声を上げて笑い出した。
 ユウリはどこまでいっても意地悪に なりきれないタイプだ。思うつぼ、という反応を見事に返してくれる。
「いつまでも笑ってろっ。嫌だって言われても行ってやるから」
 拗ねたように言う少年の頭を、今度はラウが手をグーの形にして小突いた。
「いつでもおいで。待ってるよ」
 ユウリはそっぽを向きながら、小突かれた箇所に手を置く。
「・・・今の言葉忘れないからね」
「怖いなあ」
 隣でくつくつと笑うラウの足をユウリが軽く蹴った。

 いつのまにかバナーの村の船着場が見えていた。
 夕日もだいぶ傾いて、 川面は鮮やかなオレンジ色と濃紺色が隣り合った不思議な色合いを見せている。

「今日はバナーの村で泊まっていこうかな」
 迫りつつある夜に溶け込むような声を、ユウリはもう少しで聞き逃すところ だった。
「今日中にあの森を抜けていくのは面倒くさいし」
 面倒くさいどころではないのだ。
 普通の人ならば、少なくとも昼前には出発して夕方迄には なんとか抜けてしまいたいと思う森である。
 しかし、このトランの英雄はいつも事無げに手を振って、 フラリと森へ入っていく。確かに今日はいつも よりも遅い時刻だけれど。
「それにコウにも会いに行かないと次に会った時が怖いしさ」
 そういえば、以前帰れないようにと棍を隠されてしまったことがあると 言っていたのをユウリは思い出す。
「ユウリはどうする?」
 突然振られて驚き、反応が遅れる。
「えっ、僕?が、何?どうするって?」
 ラウは慌てるユウリに構わずに、立てかけてあった自分の棍を手に取った。
 と、ゴトリと舟が何かにぶつかり、足元を緩やかではあるが大きく揺らした。
「わあっ!?」
 咄嗟にラウの手にしている棍に手を伸ばして、なんとか倒れるのを防ぐ。
「どこ見てたんだか。もうバナーに着いたよ、ホラ」
 今の衝撃はこの船着場に舟がつけられたものだったのだ。舟に乗っていた他の 客も自分の荷物を手に下船の準備をしていた。
「く、暗くて着いたの気付かなかった・・・」
「ぼんやりしてるからだよ」
 ラウは笑いながらサッサと舟の降り口へと向かう。ユウリも急いで 並べていたトンファーを手にすると小走りに追いかけた。
「で、返事は?」
 先に橋へ降りたラウがこちらを向いて声を上げた。
「返事って?」
 乗船客の最後になってしまったユウリが暗くなった足元に気をつけながら降り立つ。
「本当に聞いてなかったの?」
「ううん、聞いてたよ。でも『どうする』って何のことだかわからない」
 本気でわからなくて困っている様子の少年に黒髪の少年は苦笑した。
「ユウリもバナーで泊まっていくかどうかを聞いてるんだってば」
「え」
「まぁユウリはまたたきの鏡を持ってるからワザワザ泊まってく必要はない んだけど。気まぐれに。コウも喜ぶと思うよ」
 その間にもラウはそう長くもない橋を渡りきり、岸へと足を踏み入れた。
 首だけ後ろに向けると、立ち止まってしまっているユウリに「どう?」と 目で問いかけてくる。
「っ、うん!泊まってく!!」
 弾かれたように笑顔で返事をすると、一目散に走ってラウに追いつき並んだ。
「あはは、ラウの気まぐれが移ったんだろってフリック達に言われそう!」
「ちょっと待って、僕のせいにするつもり!?」

 二人の笑い声がすっかり紺色に染まった空気を伝わって、小さな村に響いた。 向かう宿屋からは柔らかいオレンジの灯りが漏れている。
end

家路というかなんというか。
Wリーダーの仲が良いといいな、という願望を織り交ぜて。
坊ちゃんも2主もお互いに割と遠慮がない感じで。とは言え、坊ちゃんが そういう態度を2主にしなければ、2主は軍主らしく接しようとしたのでは ないかなーと思います。
坊ちゃんは人の警戒心をものともしないタイプ。2主は人の警戒心を解くタイプ。 って勝手なイメージ。