柔らかいオレンジに染まった草原を風が撫でるように走りぬける。
 細かく揺れるその葉先もまた柔らかく、やや小高くなっている丘に座りこんだユウリの 腕にそっと触れる程度だ。風は後ろから吹いてきていたが、髪の毛も邪魔にならないくらい だった。

 さあっと数枚の草が流れ飛んできた。
「・・・ジョウイ?」
 ユウリが振り向くと幼馴染のジョウイが銀色に近い髪をすっかり夕日色に 染めながら立っていた。
 たった今ここにたどり着いたのだろう、胸の上下がいつもよりほんの少し大きい。
「なんだ。気付かれないと思ったのに」
 さらにユウリの座っている場所へ足を進める。柔らかくて風にそよぐ草は、 ジョウイの足音をきれいに消していたのだが。
「気付かれないようにするには風下から近づかなきゃ」
 そばに生えている雑草を数本ちぎると手を離す。草は弱い風にさえいとも 簡単に飛ばされていった。
 ユウリがジョウイを見上げながら自分の隣を指差すので彼は並んで 座りこんだ。

「で、ナナミの調子はどう?」
 他人事のように尋ねてきたユウリにジョウイはあきれ顔を浮かべる。
「言わなくてもわかってると思うけど、君だって対象なんだから。 『どう?』なんてのんきなこと言ってていいのかい?」
「どうあがいたって無駄だもん。ナナミが本気で夕食を作りたいって言い出したんだもの。 止められるわけがないじゃないか」
「・・・ごもっとも。君のその態度は余裕じゃなくて諦めか」
「時に諦めも肝心だよね」
 ふう、と同時にため息をつく。

 ユウリにとっては義姉、ジョウイにとっては幼馴染である彼女、ナナミは今夕食と 格闘中だった。
 普段は野宿の際はほとんどと言っていいほどユウリが食事の担当をしている。
 ナナミの破壊的な料理には二人ともキャロの街にいた時に経験済みだ。 そしてジョウイは家では使用人がいた為に自分で料理をする必要はなく、また ユニコーン少年兵部隊でも野営があっても食事班ではなかったので料理をする 機会はほとんどと言っていいほどなかった。
 そんなわけで3人で旅している今、必然的にユウリが担当することになった 役目ではあった。が、たまにはナナミだって進んで料理をふるまいたい時がある。
 そんな時はただ覚悟を決めるしかなかった。

「ん〜・・・何を作るって言ってたっけ」
「野菜スープ。今日寄った村で鶏ガラ分けてもらったじゃないか、あれを使うって」
「あー、そういえば。・・・ジョウイはそのスープを見てきた?」
「あの材料のどこから出てくるんだろうってくらい黒かったよ」
「うわあ。黒いんだぁ〜」
 ユウリは力の抜けた声を出すとそのままバサリと前倒しになる。
「食べる前に死ぬなよ、ユウリ」
「らじゃ」
 食べてからなら良し、とも取れるジョウイの言葉に片手だけを挙げて応える。
 ふ、と笑い声が聞こえてユウリが目を向ければ、ジョウイが困ったような 嬉しそうな、そんな表情を浮かべていた。
「・・・でもさ。懐かしさも否めないな。なんだか、この場にいるんだなあって しみじみ思うよ」
「ジョウイ〜。こんなことに感動しないで欲しいんだけど」
「あはは。確かにね」
 明るく笑うジョウイにユウリも顔を上げて笑いかける。
「せっかくなら僕の料理の腕に感動して欲しいな」
「ユウリの腕はすごすぎ。ちょっとおかしいよ、あの鍋使いと包丁さばき」
 昔からユウリは(必要に迫られて)料理を作ることはできた。 だが、再会を済ませてから見せた彼の料理の腕前はほとんどプロと言っても良いくらい だったのだ。
「ふたりを養う為に身につけたんじゃないんだけどなあ」
「養うってなんだよ」
 ため息をつきながら首を振るユウリにジョウイが抗議する。が。
「・・・でも否定はしない」
「ジョウイもちょっとは料理覚えてね。今のままだと僕が倒れたりしたらナナミが 食事当番だよ」
「な、治るものも治らないじゃないか!」
「危機感覚えた?」
「ハイ・・・」
 素直に頭を垂れる。
「じゃあさっそく明日から練習しようね」
「えっ、明日?」
「僕の手伝いから始めるんだよ、いい?」
 にこりと笑って人差し指をさされ、ジョウイは口答えができない。
「・・・なんだか僕、立場弱くなったよね・・・」
「何か言った?」
「なんにも」



「ユウリー、ジョウイー?」
 後方から自分たちを探す少女の声が聞こえてきた。
「ナナミだ。スープができたのかな。ナナミー!ここー!ジョウイも一緒ー!」
 二人して手を振ると、丘のふもとにいる少女も両手を大きく振ってくる。
「行こうか、ユウリ」
「うん」
 ジョウイが先に丘を下りはじめ、すぐ後をユウリが追う。
 向かい風が少し強くなってきた。 周囲の色もオレンジから濃い朱と青に変わりつつある。
「ユウリ」
「うん?」
 前を行くジョウイの声は小さくても風に乗ってよく届く。
「ナナミの破壊的な料理もさ、食べれないより食べれる方が幸せだな」
 冗談めいていたけれども、冗談で言っているわけでないことにユウリは 気付いていた。
「うん。そうだね」
 こちらも明るく、でも向かってくる風に負けないように大きめの声で返す。
「さ、走ろうジョウイ。ナナミが待ってる」
 ユウリはジョウイの手を取ると走り出した。

 少女のそばにたかれた火がなんだかとても温かいもののように思える。 薄闇の迫るこの場所でそれはまるで二人の帰る場所を教えてくれているようだ。
 と、くるりとユウリが首だけを回した。
「ねえジョウイ。ナナミの料理はなんだっけ?ハカイ的・・・とか言ったかな」
「・・・ッ。ユ、ユウリ?もちろんとは思うけど、ナナミには黙ってるよね」
「えー、どうしようかなあ」
「ユウリー!!」
 必死のジョウイに対してユウリは声を立ててケラケラと笑っていたが、 笑い声を止めると穏やかな色を湛えた瞳を向けてきた。
「ジョウイがこれからもずっとナナミのスープを飲んでくれたら、ね」
 そう言って微笑んだ。
 ジョウイはユウリの言葉に一瞬目を見開き、それから何とも 形容しがたい複雑な表情をした。
「・・・君も一緒に飲んでくれるなら」
「当然だよ」

 つないだ手を離さずに、火のそばに立つ少女の元へと走って行く。
 二人の帰りを待ちかねているナナミがおたまを片手に嬉しそうに笑っている。
「ユウリ、ジョウイ!おっかえりー!」
end

ほのぼの?
とりあえず2のグッドED後です。
3人が無事再会した後。

いきなりシリアスなのもどうよ、と思って書いたのですが。
中途半端さは否めませんね・・・。
3人がほのぼのしてたら、それで良いですー。
ナナミは2人が一緒にいる姿を見て喜んでいて、
ジョウイは昔みたく3人でいられることに幸せを感じていて、
2主は2人が笑っているのを心から嬉しく思っている。
そんな3人を想像しながら。