ある夜のこと。
ユウリが部屋にたった一つ残った灯りを手に寝台へ歩み寄った。
こちらに背をむけた姿勢で既に横になっていたラウは動く気配もなく、もう眠ってしまっているように見える。
ユウリもいまから何かをするつもりはなかったので声をかけることなく灯りを消した。
「ユウリ」
「あ、ごめん。もう寝てるかと思って火を消しちゃった。まだ起きてる?」
「ううん」
「そう。えっと、言葉切っちゃったね、なに?」
「ユウリ」
「?うん」
そのまま次の言葉が出てこない。
不思議に思いながら、ユウリも横になった。シーツの冷たい肌触りと、それを微かに伝わってくる体温の存在が気持ちよい。
目の前にあるラウの背中と自分との間に空間が生じているせいで、新たな空気が滑り込んでくる。自分の肩にかかるシーツをひっぱって、身体の間に沈めてみた。
「ユウリ」
「うん」
ふたたび上がった声に視線を後頭部へ上げる。
こちらを向かない顔がどのような表情を浮かべているのかは当然伺い知ることができない。
何をためらっているのかわからない。そもそも、ためらっているのかどうかさえ。
ただ、待とうとだけ思った。
ラウが話すのをやめても構わない。
もしも、彼が何かを話そうとしているのなら、せめてその時聞くことだけはできるように。
「君は」
ユウリの名を呼ばずに話を切り出した。
ラウにとっては先ほどから続いているのかもしれない、と思った。
そうであるなら。
次の言葉を待つだけだ。
「僕の紋章が怖くないの?」
ラウの口からその問いかけを聞く日が来るとはユウリは思わなかった。
彼は尋ねないだろうと、そんな根拠のない自信さえ持っていた。
けれど。ラウは言ってしまった。
ならば。
自分も言ってしまって、良いのだろうか。
そう思ったと自覚する間もなく。
まるで反射のごとく喉をのぼってきた言葉をユウリは止めることができなかった。
否。止めようという気持ちなど湧いてこなかった。
「僕が怖いのは」
「ラウがひとりで勝手にいなくなること」
「黙っていなくならないで」
カチッ。
時計の長針と短針が同時に天を指す。
もう、知らなかった昨日には戻れない。
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「紋章が怖くないのか」という問い自体は、2人の間になんら影響を与えません。
もっと言っちゃうと、どうでもよいことなくらい。
でもユウリの言葉はラウ坊にとって藪蛇。
けれどユウリにとっては文字通りの意味以外に深い意味合いはありません。
実はとっても表面的な会話。だからこそ直球。