「やあっぱ、いいよなー」
 レストランのテラス席。
 シーナはテーブルに両肘をつき、その上に小さな頭を置いてにまにま笑っていた。
 同席者の内の一人、同国出身であり建国の英雄は、なにも聞いていないかのように黙って紅茶の入ったカップを口に運ぶ。
 それに倣うように隣席の若き城主もまた黙ったままカップを口へ運んだ。
「・・・どうしたの、この男」
 同席者中、ついさっき(半ば強制的に)席に着いた緑衣を纏った少年が言葉を発した。
 すると、すかさず隣席の城主と、向かい席のトランの英雄とに咎められた。
「しっ!ルック、ここは無視すべきとこだよ!」
「そ、賢くいようよ」
「君らが僕をムリヤリここに座らせたくせに・・・」
 ルックが不可解な表情を浮かべ抗議を終える間もなく、その細腕を服の上からシーナが掴んだ。
「痛ッ!?」
「ふわふわなんだよ!」
「・・・・・・?」
 鋭い声を上げたルックに、何故か満面の笑みを向けるシーナ。あまりのわけのわからなさに、さすがのルックもたじろいだ。
「なんつーか、色とりどり?」
「・・・はぁ」
「なんともいえない甘い匂いがするしさー」
「・・・・・・」
「野郎とは全然匂いが違うんだよなー!同じ人間か?っつーの!肌は柔らかいし、あの笑い声のかわいらしさったらっ。まるで砂糖菓子だな、うん、芸術品だな!」

 言葉の通じない生物を見るような目をしていたルックだったが、ここに至ってようやく理解が及んできたらしい。
 そして心底バカらしい、と深いため息を吐く。
「・・・なんだ。食べ物の話じゃなくて」
「なんで俺が食べ物の話にここまで真剣にならなきゃなんないんだよ」
 シーナの言葉に、向かいに座っているユウリは料理対決におけるシーナの点数を思い出してひとり納得の面持ちをする。
 さらに、
「そうそう。シーナが女の子以上にここまで熱心になれる対象はない、ってね」
 ラウはほんの少し違う方向からシーナを的確に評価する。
「おまっ」
「ホントのことだろ?」
 しら、と。
 こくり喉を動かして紅茶を飲む姿はあまりに形になっていて、シーナは舌を鳴らさずにはいられなかった。
「ヤな奴だよな、ラウって。こんなにそっけないくせに女の子は集まってくるしよ」
「僕は女性にそっけなくした覚えはないよ」
 ラウが呆れた視線を投げかけてそう答えると、
「君は来るもの拒まず、去るもの追わずだよね」
 ルックもまた呆れたようにラウへ向けて言う。
 これにはラウが片眉を上げる。が、特に反論するつもりはないらしい。
 シーナは腕組み脚組みしながら首を捻る。
「俺も来るもの拒まないぞ?」
「去るものも追うのがシーナだよね。ていうか、シーナは節操がなさすぎるんだと思う」
 それまで発言らしい発言をしていなかったユウリが吹き出して言った。その途端にシーナは自らの胸のあたりを掴んで机に突っ伏す。
「えっ、シーナ!?」
 向かい側でユウリが腰を浮かせてシーナを心配そうに見下ろすが、両隣のラウとルックはそ知らぬフリだ。
「お、お前に言われるとダメージでか・・・!!」
「図星なだけに」
「ラウ、うるせえ!」
 顔の向きだけ机の上で回転させる様子は、はっきり言って怖い。ラウは眉間に皺を寄せて、その奇妙な物体にアッチを向けと手で払う仕草をした。

「で。いつからこんなくだらないこと言ってたの」
 シーナがラウの方へ向いてしまったため席に座りなおしたユウリへルックが話しかけてきた。
「ちょっと前。最近城下に越してきた人たちの中に可愛いコがいたんだってさ。僕とラウが歩いてたらイキナリ腕捕まれて強制的にここに連れてこられた」
 ユウリが律儀に答えを返すと、ルックの目線が遠くなる。聞くんじゃなかったと思いながらも、小さな疑問が新たに浮上した。
「・・・キミはともかく、よくアイツも黙ってここまで来たね」
 アイツと該当する人物は一人しかおらず、耳に届いていたらしいラウがすぃと片手を挙げて応える。
「不本意ながらシーナの気迫に押されて。あと、ユウリも捕まってたし」
 ああそう、とさらに目線を遠くに運ぶルックと、
「半分は僕のせいって言うの!?」
 と目を丸くするユウリ。
「放っておけないだろ」
「放っておいてくれて結構ですー、僕はシーナが何言うか聞きたかったんだもんね」
「その言い方かわいくない。目を白黒させてたのはどこの誰だっけ?」
「そっちこそ!」

 俄かに火花散る元リーダーと現リーダーのやり取りをシーナは胡乱な目で眺める。
「実際はこうなのになぁ。サギっぽいよな」
 ぴたりと動きを止めた二人に、
「あ、お前じゃなく、こっちな」
 とシーナがラウを指差す。
 特にショックを受けたようでもないらしいユウリはシーナへ向けて舌を出した。
「そう言うけどさ」
 と言い出したのは指差された少年の方。
「ユウリって結構モテるよ。知らないの、シーナ?」
 え、と固まるシーナ。ルックはやっぱり興味がなさそうに一人静かにお茶を飲む。
 そして当の本人はあっさり否定した。
「いや、ええと。僕、モテないよ」
「本人、こう申しておりますが」
 シーナに意見を仰がれたラウは、それでも事も無げに肩を竦めて答える。
「少なくとも僕の目にはそう映ってるよ。昨日は先月城下に越してきた・・・栗毛の長い三つ編みのコにプレゼントもらってたし、おとついは・・・まっすぐの黒髪が印象的なコに花束もらってたよね」
「ラウ、お前全然名前覚えてないのな。でもそれでわかってしまう俺が悲しい!!」
 ワッと泣き伏すシーナに、ルックがちらりと視線を投げかける。
「なんで話をしたこともない相手の名前を覚える必要があるのか、そっちの方が理解に苦しむよ・・・」
「やっとしゃべったかと思えばソレか、ルック!ていうか、ユウリ〜?お前本当のことかあ!?」
「ホント、だけど」
「うっそー!」
「・・・ホント。でも、僕の場合は軍主だし。それくらいの認識はあるけど」
 淡々と、モテると自惚れるほどのものは持ってないよ、悲鳴を上げるシーナへ告げる。
 それを言うなら、と続けるのはラウ。
「僕の場合は色眼鏡かけて見る人も多いよ」
 色眼鏡とは『英雄』というフィルターのことを差すのだろうとは、そこにいる誰もがわかる。
 が、ユウリは首を傾げた。
「うーん。ラウの場合はこの際あんまり関係ないっていうか・・・」
「同感。こいつ、認めるのも悔しいけど嫌味なくらいに目立つからな。それに、それ言ったら俺は大統領の息子だぞ?」
「放蕩息子にそれほど価値があるとは思えないね」
「うーん。しかも硬派な放蕩人ならともかく、軟派な放蕩人じゃあ引っ掛ける気にもならいんじゃ」
 シーナの発言を、ルックは一刀両断し、次いだラウは同意に留まらず微かな希望すら残させなかった。
「ひ、ひどいっ」
 テーブルの上に泣き伏せるトラン大統領の息子の頭へ、ユウリは苦笑いのうちに手を下ろした。
「でもさ、そうでなきゃシーナじゃないよ。僕はそんなシーナが好きだし」
「うわあっ、全っ然嬉しくねえー!!」
「コラ。どこまでも失礼なヤツだな」
 ごいん、と。再び机に突っ伏したシーナの頭上に、ラウはユウリの手を丁寧にどけてから改めて拳骨を落とした。
 それから、放っておきな、お茶が冷めるよ、と何事もなかったようにカップへ手を伸ばす。やはり倣うようにお茶を飲みだす、若き城主。

 椅子を鳴らしてルックが立ち上がった。
「ん。行っちゃうの?」
 そう尋ねるものの、ユウリの声に止めるような色はなく、ただ確認のみの言葉で。そうだろうという確信のうちに言っている。もともと無理やり巻き込んだのだ。
「これだけ付き合えば充分だろ」
 ルックのそっけない言葉にユウリはニコリと応対した。その隣のラウは無言で片手を軽く挙げる。
 ルックはそれを無表情のまま受けてから、視線を移動させて一人の人物のもとで止めた。
「・・・砂糖菓子、ね」
「あん?」
 眼下のシーナを見やってルックが呟くと。未だブチブチと呟きながらテーブルと頬を密着させたままだった彼は、首を擡げ突然なんだと目をぱちくりさせた。
「僕の認識では、キミの頭の中ほどに甘くてふわふわなものはないよ」
 ひらり、緑の法衣が小気味よいほど綺麗に円を描いて翻り。
 一瞬の静寂の後、意味不明の叫び声と二つの笑い声がテラス席に響き渡った。
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「わたがし」から先に連想したのは「女の子」。「頭の中」は後からです。
シーナの扱いが酷くてすみません。けど、好きです。かなり。