いつものように、宰相から受け取った書類を捲ろうとした手が止まった。
「おみあい」
「ええ。お願いします」
間があって。
国王専用の椅子に座っていた少年が、首をゆるゆると、やがて激しく横に振りはじめた。
「いやいやいやいや!そんなことペロッと頼まれても!?」
「お嫌ですか?」
「お嫌です!!」
「では、そのように」
「ええっ?断れないから受けたんでしょ!?」
「・・・受けたいのか受けたくないのかどっちですか」
「受けたくないけど!」
「では仕方がありません」
「・・・そんなんでいいの?」
「よくはありませんよ。如何に上手く断るかが問題です」
私やクラウスに任せていただければ結構です、と言う。
少年は顔に疲労の色を浮かべ、椅子の背にもたれこんだ。
「シュウってば人が悪い。僕がこういう反応するってわかってるくせに」
「それはまぁ。でもたまには私たちの苦労も知っていただこうかと思いまして」
「え。ひょっとしてこういうのってしょっちゅう?」
シュウは少し首を傾けることで無言のまま肯定する。
「でもつまりは政略結婚でしょ?相手の女性も気の毒だよね」
「どうでしょう。一概に気の毒だとは言えないのでは」
「それは何。女性が政略結婚を望む場合ってこと?」
「それもありますし。逆にただあなたに会ってみたいと思っている女性もいるかも、と」
本棚へ近づき、資料やらを手際よく収めていく。読んだ覚えのあるものもあれば、ないものもある。ないものについては今後読む必要があるものだろうと見当が付く。
目線をシュウの手元からその広い背に戻した。
「お見合いだって出会いのひとつとは思ってるよ。けど、相手は僕だよ?純粋に人生の伴侶を求めて僕とお見合いしたいなんて人いるのかなあ」
「全くいない、とも思わないでしょう?」
「そりゃあ、ねえ・・・」
たぶん自分以上にシュウはわかっている、国王と血縁関係を結びたいと思っている人々は五万といるということを。けれど。確かに、世の中にはいろんな人がいるのだろう。
それでも、もし何の見返りもなしに自分と結婚したいと思う人が出てくるとしたら。随分と変わったヒトだと思わずにはいられない。いたとしたら。自分はどう相対するだろうか。
「・・・想像がつかない」
「?なにか仰いましたか」
本をしまっていた手を止め、シュウが振り返る。
「あー、ううん」
口に出していたか、と唇を押さえた。再び作業にもどったシュウの背を見つめながら、考える。
こんな立場になってしまった以上、普通に恋愛はできないだろうと思う。たぶん、それは不老になったということよりも影響があるのだ。
「紋章持ちってことよりも、国王っていう方が分が悪いってどうなんだろう?」
「国王の座は、誰にとってもわかりやすく目に見える権力ですから」
最後の一冊を仕舞い終え、執務机に歩み寄ってくるシュウを、頬杖をついたまま見上げる。
「・・・面倒だ」
「まったく同感です」
と、答えながら、どこに隠し持っていたのか、写真らしきものを取り出すと裏向けて机に伏せた。
「?」
何の写真だろうとまったく警戒もなく手を伸ばす。
指が写真に触れる直前にシュウの声が下りてきた。
「お見合い相手の写真ですよ」
ギシッと腕どころか体全体の動きが止まった。
首を、油を注し忘れたからくり丸のように軋ませながらなんとか上を向く。
「も、も、もらってきちゃったの?」
「そういうことになりますね」
「・・・遠慮します。見て、どなたかわかってしまったら余計に失礼だ」
「ご随意に」
シュウは写真を表が見えないように机から掬い上げ、胸のポケットにしまった。
「ねえ。見たら、どうするつもりだった?」
「ですから見る前に情報を提示したではありませんか」
このギリギリさがいやらしいと心底思う。
それでも選択を与えてくれたことには感謝せざるを得ない。
「そんな苦虫を噛み潰したような顔でこちらに見ないでください」
「原因は誰だと思ってるのさ」
「はて」
イッと歯を剥いたら、シュウはあまり感情の起伏を見せない整った顔に笑みを乗せた。存外に、嫌な笑みだ。
しばらく黙って睨みつけていたが、盛大に息を吐き出して両手を挙げる。
「もーいいや。とりあえず、悪いけど断っておいてね」
どのような意図でのお見合いかはわからないけれど、やはり断ることに多少の罪悪感はある。顔写真を見なかったことが唯一の救いだ。
シュウはええ、と言ったあとに、けれど、と続けた。
「あなたが今、こういったことに重きを置かれていないことは理解していますが、また懲りずに持ってきます」
「・・・?」
形式として、受け取る必要のある時があるという意味ではないらしい。(そんなのはとうの昔に理解している、つもりだ)そういえば元々彼に結婚を止めるような動きは見えない。てっとり早く、ストレートに聞いてみることにした。
「結婚しろって?」
「またあなたは・・・随分と極論に走ったものですね。強制するつもりはまったくありませんよ。ただ、悪いことだとは思わないということです」
自分が不老であることをわかっていてそう言っている。シュウの言葉にはもちろん悪意のカケラも見当たらない。その分、奇妙なことを言っているように思えてしまうのは、当然のことだろう。
「ごめん、よく理解できない。シュウは時々難しいことを言う」
「お前は時々難しく考えすぎる」
目を合わせ、お互いに仕方がないな、と軽く笑い合った。
「シュウ」
くだけた雰囲気はそのままに、親しげに宰相の名を呼んだ。
シュウも気軽に目線を送ると、少年はニコリ、とそれはそれは無邪気に笑って。
「不老のこの身をデュナンにしばし縛るのは、この指輪だけで充分だと僕は思ってる」
右手の指に嵌った指輪を、宰相に見えるように挙げてみせた。
それは、同盟軍時代に軍旗ともなった、羽と、そして現デュナン国のシンボルともなっている盾が彫りこまれた、王印。
シュウは絶句していたが、ユウリは何事もなかったように書類へペンを走らせ始めた。
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たぶん、しばらくしたら2主が「シュウのお嫁さん探しをしよう」とか言い出します。