ぱしゃっ。

 水音というには硬いような。そんな音に、ユウリは窓の外へ視線を投げた。
 資金稼ぎと鍛錬を兼ねての外回りを終え、ホールでパーティメンバーと別れた直後だった。
 石板の前へ戻ろうとするルックの背中へ、じゃあ、と声をかけたところ、その音に気付いた。
「雨音・・・?」
 確かに空は灰色だった記憶がある。誰だったかが降り出しそうだとも呟いていた。
 窓ガラスのはまっている場所まで小走りに駆け寄る。すると、途端に目の前のガラスに何かがぶつかってきた。
 水と氷が窓ガラスに伝って落ちる。

「・・・みぞれが降ってきたみたいだね」
「ルック」
 なんの気まぐれか、魔法のエキスパートはユウリの後ろまでやってきていた。
 あまり驚くと機嫌を悪くさせてしまう、と慌てて驚きを隠す。
「何変な顔してるのさ」
 機嫌は悪くならなかったようだが、どうしてこうも口が悪いのだろう。
 今更ルックの登場に驚いたなんて言えるわけもなく(言ってしまったらそれこそ隠した意味がない)、こちらが不機嫌そうな顔をしてみせた。
「ああ、悪かったね」
 くすりと笑って謝るルックに、今度こそ驚いて目を丸くした。
「変な顔は元からだっけ?」
「ルック!?」

 ぱしゃり。

 水と氷が砕ける音が耳に届き、振り上げた腕を下ろす。ふ、と息を吐くと、それは白く短い尾を引いた。城内とはいえ、窓に近い場所では空気も冷えている。
「寒いはずだよね。雪になるかなー」
「雪にはまだ早いんじゃないの。みぞれがいいとこ」
 窓の外に興味がなくなったのか緑の法衣を翻し、背を向け石板のある方向へ歩き出した。
 ユウリもなんとなく後にならう。
 ルックの吐く息も白い。
「こんなに寒いのに。雪として落ちてこれないんだね」
 言いながら、どこか沈んだ気持ちになった。しかし、
「みぞれっていう名前があるくらいだから、雪とは別ものと考えるべきじゃないの」
 ルックが白い息とともに軽く言った言葉に、ユウリは足を止めた。
「・・・何?」
 後ろからの足音が途絶えたため、ルックが眉を顰めて振り返る。
 思いっきり面倒くさそうな顔をするくせに、気になって振り向くあたりが几帳面というか、神経質というか。
 しかし、ユウリはいま違うことに気を取られていた。
 呆けたように瞬きを繰り返し。
「今、すごくいいこと聞いた気がする」
 ようやく、そう口にした。
「へえ」
 ルックはつまらない返答を聞いてしまったかのような口ぶりだ。

 ぱしゃり。

「んー・・・でもやっぱり中途半端な気がしない?」
「君は、そう言って欲しいわけ」
 間髪入れずに返ってきたルックの言葉に、今度は返答に困ってしまう。
 一体どういう意味。
 ルックから返事を催促するような目線が投げかけられていることに気付き、小さく睨み返した。
「何」
 ルックにとってそんな視線はなんの牽制にもならず。
「・・・今、すごく嫌なこと聞いた気がする」
 憮然とした表情のまま、素直な気持ちを述べた。
「へえ」
 今度は何が気に入ったのか、口の端をツと上げた。けれども嫌な感じはしない。
「・・・ルックは得だね」
「は?」
 話の繋がりがまったくないユウリの発言に、ルックは途端に眉間に皺を寄せる。
「普段笑わない分、笑った時に、相手にものすごくいいものを見た気にさせる」
「・・・なんだい、それ」
 珍しく困惑の表情を浮かべたルックの袖を、ユウリが引っ張った。
 何、と問いかける前にユウリが口を開く。
「ルック。あったかいお茶飲まない?おごるからさ」
 満面の笑みに、毒気を抜かれたルックは捉まれたままの袖を振り払うのも忘れている。
「さっきアップルが軍師が呼んでるって言ってなかったっけ」
「外回りから戻ったばっかりじゃないか。体温めるくらい罰は当たらないよ」
 けろっと即答するあたり、忘れてはいないらしい。
 あの軍師の呼び出しをくらっておきながら後回しにできる者など、この軍主を含め数名しかいないだろう。
 勿論タダでは済まない場合もあるのだが、軍主も軍師もそんな駆け引きを密かに面白がっているような節も窺える。
「・・・あっそ」
 どうでもいい、といった響きが存分に含まれた返事に、ユウリは嬉しそうに頷く。
「決まりだ」
 2人の足の方向が、ホール左側に伸びる階段へ移る。

 ぱしゃり。

 背後から追ってくるように聞こえた水と氷の砕ける音は、耳に心地良く響いた気がした。
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