昼下がりの城下町は意外なほどの静けさで覆われる。昼ごはんを終えて子供たちは昼寝の時間なのかもしれない。
人通りもまばらな石畳の路を、ビクトールとフリック、そしてナナミとユウリが歩いていた。
ふと足を止め視線を空へやった弟に、少し前を歩いていた姉が気付いた。
「どうかしたの、ユウリ?」
「うん、歌が・・・」
耳を澄ませてみると、確かに細くてゆっくりとした女性の歌声がナナミの耳にも届いてきた。
「へえ。子守歌だな」
ナナミの声に後方の様子を知り、ゆっくりと戻ってきながらビクトールが言った。
ユウリが小さく繰り返す。
「子守歌・・・」
「ふぅん。これがこっちの子守歌か」
最後に戻ってきたフリックの言葉にビクトールが驚く。
「トランじゃ歌わねえのか?俺はメジャーな子守歌だとばっかり」
「少なくとも戦士の村じゃ歌わなかったな。キャロじゃどうだった?」
問われたに違いない姉弟が顔を上げた。
めいめいに不思議な表情を浮かべている。先に口を開いたのは弟だった。
「う、うん。初めて聴いた。・・・でもなんだか懐かしい感じがして」
「あれっ。ユウリは覚えてないの?」
ナナミの素っ頓狂な声に、ユウリは目を瞬かせた。
「えっ、ナナミ知ってるの?どうして」
「知ってるよー。じぃちゃんがたまに歌ってくれてたもん。ユウリってば一緒に聴いてたはずなのにねえ。歌詞全部は覚えてないけど、曲なんかは覚えてるよ。あはっ懐かしい〜」
ナナミが嬉しそうに笑うと、ユウリも納得がいったように笑顔になって頷いた。
「そっか、それで懐かしい気がしたんだ」
「ん。じゃあナナミはこの歌がこっちの地域のものだって知ってたのか?」
新たなフリックの問いかけに、ナナミは珍しく曖昧に首を捻る。
「んんー。随分昔のことだけど近所の家に赤ちゃんが産まれて遊びに行ったときにね、歌ったんだ。そしたらその子のお母さんに『なんのお歌?』って聞かれちゃって。他意はなかったと思うんだけど、なぁんとなく歌っちゃダメだったのかなって思って。それ以来歌わなくなった」
そっか、都市同盟領で歌われてる子守歌だったんだー、と感心する。
「すごい発見しちゃった、びっくり」
やや興奮に頬を染めたナナミがビクトールを仰ぐ。目の合ったビクトールは肩を竦めた。
「俺だってビックリさ」
「やっぱり特徴があるものだな、地域性というか。俺の知ってる子守歌よりもスローテンポで音の変わり方が面白い。ふぅん、いい歌じゃないか」
フリックが相棒の肩を叩きながら言う。
「俺はこれしか知らねえから比較のしようがねえがな・・・悪い歌じゃあねえと思ってる」
この歌を聴いて、この場所で育った。
あとの言葉は胸のうちで紡いだ。
何かを吹っ切るように、思い切り鼻から空気を吸い込む。
「よぉっしゃー!!どうだ、ひとまず俺の美声でこの子守歌を歌ってやろうか!?お前らみんな寝るまで歌ってやるぜ!!」
「え〜っ、ビクトールさんに歌われちゃせっかくの美しい思い出がねー」
「悪夢にうなされそうな」
「むしろ眠れないんじゃないかなぁ・・・」
「お、お前らなあ・・・!」
考える余地もなく次々と拒否されて、勢いをそがれたビクトールはがくりと肩を落とす。それでも皆の反応にどこかホッとしないでもなかった。歌いたくなかったというわけではなく、打てば当然のように返ってくるその言葉や態度が。
「あっ、でもね!歌詞教えて欲しいな、なんて」
ナナミが両手をパンと合わせてビクトールの隣に寄った。良い?と上目遣いに尋ねてくる。
「今まで忘れかけてたけど、せっかくだから覚えたいの。じぃちゃんの歌だし」
「あっ。だったら僕も覚えたい!」
ビクトールは姉弟の申し出にキョトンとしていたが、やがて大きな笑みを零した。
「ああ。覚えとけ。そしていつか誰かに歌ってやってくれよ」
ふふふ、と笑うナナミとユウリの様子は血の繋がりはないはずなのに似ていて、微笑ましい。ハイランドで育ったこの2人が都市同盟領の子守歌を知っていた。それが何故かとても嬉しく思えた。
「おっと。そろそろまた賑やかになってきそうだな。俺たちも行こうぜ」
フリックが遠くから聞こえてきた子供の声に反応する。
「うん」
ユウリが応え、先頭を歩き出した。続いてナナミ、フリック。ビクトールは最後尾につき、そして今一度後方を振り返る。新しく建てられた店や家、大雑把ではあるがそこそこに整備された歩道、はためく洗濯物などが目に入った。
今は新都市同盟軍の本拠地となったこの土地。数ヶ月前までの荒れ果てた面影はもうそこにはない。そして数年前にあった村の面影も。
それでいい、と思う。誰かにとっての新しい場所となればそれで。
まだ微かに聞こえてくる子守歌に耳を欹てる。
これから育つ子供たちがこの優しい歌を覚えてくれるといい。
そしていつか、ハイランド中でも当たり前に聴けるようになれば、どんなにか幸せだろう。
そうだ、と思いつく。ナナミにこっちの歌を教える代わりに、ハイランドの子守歌も聴かせてもらおうか。
そんなことを考えながら、少し空いた仲間との距離を詰めるべく再び歩き出した。
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