「もうすぐ新しい風が吹くよ」
笑ってそう言ったのは誰だった。
あの無駄に出来が良くて、くえない笑顔で人の間をすり抜ける、だが根っこはとことんお人好しなあいつだったか。
貧乏くじばかりを引いていたのに、腹が立つくらい屈託のない笑顔を浮かべてひたすら走り続けたあいつだったか。
どちらも不思議な風を纏った人間だった。
彼らが歩くと周りに渦が発生し、それは周囲を望む望まないに関わらず巻き込んでいった。
自分の風とは違う風に触れられることに奇妙さを覚えながら、それは決して気分の悪いものではなかった。
は、と熱い息が漏れる。
自分にとって、彼らこそが新しい風だった。おそらく、他の者にとっても。
彼らにとっての新しい風とは一体なんだったのか。
その瞳に映し出される景色より、遥か遠くを見ていた目には一体何が見えていた。
見えない風の何を感じていた。
わからない。
その後訪れた結果が、彼らにとって予見していた通りのものだったかどうかもわからない。
そんなもの。わかるはずもない。
彼らは何も語らなかったから。
抗ったのか、受け入れたのか、それすらも。
声が、聞こえる。
「つまり運命だって言うのかい?」
これは自分の声。
ニコリ、目の前に立つ少年が笑う。
これはいつの光景だろう。随分前のことのようにも思えるし、つい最近のことのようにも思える。
「さあ」
さあ?
「僕にとっての唯一の答えだっただけだ」
人はそれを何と呼ぶと思う。
肩にかかる長さの茶色の髪が頬を滑るのが鬱陶しくて後方に払い、そしてため息をついた。
「・・・だから。それを人は運命と呼ぶんだろ」
「人がそう呼ぶなら呼べばいい」
少年はそう言って、屋上への扉へ手をかける。
「抗うつもりかい?」
我ながら意地悪な質問だと思った。
が、彼はほんのちょっと驚いた顔をしただけで、階下に立つ僕にへにゃと緩く笑いかけた。
「そんなつもりもさらさらないよ。ただ、僕は僕であるだけだ」
僕は彼の言葉をぼんやりと聞き、屋上への短い階段を前に立ち尽くしていた。
「ルック」
名前を呼ばれて顔を上げる。
次いで手が差し伸ばされ、それを掴むために階段を昇った。
蝶番の軋む音。
開かれる木造の小さな扉。
溢れる光。
そして。
「うわ、いい風が吹いてるー!」
本当に、いい風だ。
少年が振り返る。逆行気味の顔には清々しくも優しい笑みが浮かんでいた。
「ねえ、ルック。もうすぐ、」
今。
傍らにひっそり添う温もりへ伝えたい。あの言葉をくれた少年に伝えたい。
自分のしたことが、運命に抗ったことなのか沿ったことなのかはわからない。
ただ。僕にとっての唯一の答えだったよ。
あの時より短くなった髪が風に散らされ頬に当たった。
「ルック。もうすぐ新しい風が吹くよ」
声が、聞こえた気がした。
ああ。
本当に、いい風だ。
e n d
3ルックに手ぇ出しちゃった・・・!
ううう、まだ手を出してはいけなかった気もする。浅い。
いつかリベンジしたいです。