レックナートが消えた後、ジョウイは再び自分の両手に視線を落とした。手のひら。そして甲。右手の甲にはいまだ黒き刃の紋章が宿っていた。

 ぐ、と力を込めると拳が締まる。たったそれだけのことが不思議だった。ほんの数分前までそれすらできなかったのだから。

 あの女性は僕達が紋章の呪いに打ち勝った、と言っていただろうか?何が。何に打ち勝ったのだろう。
 頭の中は依然として晴れず、現状がすこしも把握できない。

 確かなことは。
 自分がまだ生きているということ。
 そして。

「ジョウイ」

 鼓膜を震わせる優しい音。
 すべてを許すようなその声に、導かれるように首を動かした。

 そして。
 彼がここにいるということ。

 何か言わなければと思ったが、何を言ってよいのかわからない。唇を中途半端に開き、そして何の言葉も発することなくまた閉じた。

 敵同士だった。
 互いにかける言葉があるなら敵大将に対するそれだった。
 同じ部屋にいながらその距離は果てしなく遠く、2人の間に在る見えない、だが、絶対的な壁に、再び道が交わることはないのだと絶望すら覚えたのはそう遠くはない昔のこと。

 まず何を言ったらいいのだろう。今、目の前にいる彼に。
 ごめんなさい?ありがとう?
 何を一番言いたかったのだろう。
 黙っている彼へ、困惑の内に目を向けた。

 目が合った途端、彼の茶色がかった黒目が柔らかく細められる。
 もう見ることがないだろうと思った懐かしい笑み。
 瞳と同じ色の髪が、赤く焼けた空気に微かに揺れた。

「・・・・・・ユウリ」

 無意識のうちに唇から出てきた言葉に呆然とした。
 声に出さず、もう一度唇に乗せる。
 ユウリ。
 それは、大切な、大切な、親友の名前。
 敵の大将ではなく、大好きな幼馴染の。

 瞬きを忘れた目から、熱い涙が零れ落ちた。

 先に伸びたのはどちらの手だったか。

 もう、この手を遮る壁はない。
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